第一章 死体の沈黙

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『ごめん。遊びに行きたい気分じゃない』

『なにがあったか知らないけど、一回、会って話そうよ。俺はミキちゃんが生きづらい社会なんて、社会のほうが悪いと思ってるぜ』


 スマホの画面を覗き込んでいると、急に、「うまくいってる?」と声をかけられた。振り返ると、余裕の笑みがあった。


 先輩のウルルだ。乙女チックな名前だが、可愛らしい雰囲気はない。華やかな金髪で、大きな目にはイエローのカラコンを入れている。兄貴と呼びたいような頼もしさで、堂々と顔を近づけてくる。


「病んじゃってますね、かなり」

 下顎を引いてまで大きな声を出したのは、店内が騒音に包まれているからだ。

「今日、来てくれるか、マジでわかんないです」

 困ったような顔をしながら、スマホの画面を向けた。


 ウルルは、どれどれ、と興味津々に覗き込んで、一度うなずくと、にやっと口の端を上げた。それはいつもアドバイスをするときに浮かべる表情だ。その顔になったときのウルルが的外れなことを言ったことはいままでに一度もない。


「ゴリ押しだな、これは。ホントに行きたくないなら既読無視するだろ? じゃなかったとしても、短い返事になる。こんだけやり取りしてるってことは、お前と話したいってことだから、ゴリ押しすれば来てくれる」

「来て来て、一緒に話そうよ、って?」

「文面は自分で考えろ」

 しごく最もなことを言い捨て、ウルルは、店内へと顔を向けた。軽く見回してから、去り際、ぽんとひとつ背中を叩いてくれた。そのままなにも言わずに行ってしまったが、がんばれよ、と言われたのと同じような心強さがあった。


 まだ一人前ではない西島智――店内ではサトシで通っている――は、女の子の状態を適切に見極める自信がなかった。がんがん行くべきところとぐっと抑えるべきところを、明確に区別することができない。


 個人的にお手本にしているウルルからのお墨付きがあれば、もっと自信を持って積極的に挑める。


 西島は、またスマホの画面を覗き込む。ミキちゃんから、『ブラックになってる自分の姿を、サトシに見られたくない』と新たなメッセージが届いている。


 たしかに、と思った。

 わざわざこんなメッセージを送ってくるのは、会わないための言い訳をしたいからではなく、精神的に辛いからこそ積極的に求めてほしいという気持ちの表れだ。


 西島は、今度は迷うことなく、長文を送った。


『俺の前で着飾るなよ。そのままのミキちゃんでいいんだよ。そのままで。そのままの自分を愛そうよ。説教くさくなっちゃったけどさ、ブラックなミキちゃんを見たからって、俺がミキちゃんのこと、嫌いになるか? 辛いときこそ、ちゃんと会って話そうよ。俺は待ってるぜ』

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