Linda in Cambridge

 アレックスがロンドンに移って半年が過ぎた。リンダの中で当初感じたあの不安は徐々に消えていき、杞憂であると自分を納得させようと努めたが、それが完全に消えることはなかった。

 アレックスは忙しい合間をぬって、時々リンダに会いにくる。それがリンダの心の支えとなっていた。

「やっと半分ね」リンダはワイングラスを傾ける。

「そうか、もう半年経ったのか。なに、あと半年なんてすぐさ」ディナーの席でアレックスはカトラリーを手繰りながら言う。

「見解の相違ね。あなたには、このグラスに入ったワインが半分しかないように見えてる。でもね、私にとってはまだ半分もあるの。相手を想う強さの違いかしら?」

「参ったな。その話は長くなる?」

「意地悪な人ね」リンダは残りのワインを一気に飲み干した。

「おいおい、無理しないでくれよ」

「大丈夫よ。アレックス、明日は早いの?」

「ああ、今日は早目に戻るよ」

 食事を終えて、アレックスは胸ポケットに手を伸ばす。

「タバコはやめて」

 その言葉にアレックスは伸ばした手を引っ込めた。

「紅茶を淹れるわ」

「頼むよ」

「次はいつ来れるの?」リンダはティーカップ片手に問いかける。

「分からない、でもクリスマスは戻ってくるよ」

「約束よ」

「ああ、じゃあもう行くよ」アレックスは飲みかけの紅茶をテーブルに戻して立ち上がった。


 数日後、リンダは夜空を見上げると、その日の月は心なしか青く見えた。それが心の中に潜む不安を掻き立て、リンダは衝動的にアレックスに電話をかけた。


「アレックス、そこからも月が見える?」

「ああ」

 いつもと変わらないアレックスの調子に、リンダは胸を撫で下ろした。

 アレックスは、いつかした量子論の話を持ち出してきた。リンダはあの時言いそびれた二重スリット実験の話をしようかと思ったがすぐに思い直す。アレックスはそういった話題に興味がないことは分かっていたからだ。貴重なこの時間は大切にしたい。しばし青い月を眺めていると、それは突然襲ってきた。


 震度七に相当する巨大地震。欧州において、地震とは日本のように身近なものではない。1580年にイギリスを襲った地震では、神罰と恐れられショック死したものさえいた。


「一体何なの?」自分の置かれた状況に理解が追いつかず、リンダは絶叫する。

 石造りのアパートメントが軋み不気味な音を立てる。恐怖のあまりリンダはアレックスの名を叫ぶ。その瞬間、建物が倒壊した。

 気がつくとリンダは瓦礫の下敷きになっていた。近くに落ちている携帯電話からアレックスの声が聞こえてくる。

「リンダ! どうしたリンダ! お願いだ、返事をしてくれ!」

 リンダは必死に手を伸ばし、携帯電話を掴む。

「お願いだ、リンダ」

 リンダは最後の力を振り絞り、その呼びかけに答えた。

「ア……レッ……クス、愛……して……る」

 その手から携帯電話がこぼれ落ち、リンダは息を引き取った。

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