第8話:大きな一歩

「ん~~」

今日はもともと布団に入る時間が遅かったうえに昨日の失態もあり、めちゃめちゃ寝つきが悪い。もうここ数日ずっとこの早い時間に起こされているため今日もこの時間に起きてしまったが…流石にきついな、もう少し寝ようかな…。

そんなことを思っていると何やら外の様子がいつもとおかしい。騒がしさも静けさも混じったこの雰囲気…もしかして広場からか…?でもこんな早い時間に集まるなんて…

何があったんだろうか…?

そう思いながら俺は身支度を始めた。


あれから少し経ち、軽く身だしなみを整えて身支度を終えた俺は小走りで広場に向かっていた。やはりまだ筋肉痛で足が痛むがまあこのくらい許容範囲だろう。

そうしていると俺は人が集まっている広場の方に着いた、訳だが…なぜかみんな複雑な顔をしている。何か焦ったような不安そうな顔。というか朝っぱらにこんな人が集まったことがあっただろうか。何をすれば良いのかわからず右往左往していると後ろから気配がした。

「ユーギリ君!おっはよう!」

テトラだ。こうやって話しかけられる感じ…とても既視感があるな。前みたいベコンを頭に乗っけているし。

「昨日はありがとね!すごく美味しかったよ!」

テトラは天使のようなはじけた笑顔でそう答えた。昨日の…ああ、レンから預かった水筒のやつか。それどころじゃなくて一瞬そのことを忘れていた。

「ねぇ、今日なんでこんなに人が集まっているか知ってる?」

「えっ…知らないです…。知らないんですか…?」

俺はテトラの方を向いてそう言った。テトラも何で集まっているか知らなかったのか…。

「そうなんだよねー。人が集まっていたから勢いで来ちゃったけど…何があったんだろう?」

さあ?俺も知りたい。でもこんなに集まっているんだ。何かあるのは間違いないだろう。

すると辺りのざわめきがより激しくなった。なんだなんだと周囲をキョロキョロと見渡すとここに来て初日に会った長の姿が見えた。しかも何やらボロボロの身なりをした 2 人組を連れていた。その二人は顔がやつれていて生気を感じられない。大丈夫だろうか…?

「みんな少し聞いてくれー!」

長は声を張ってそう言った。そうすると集まっていた人達はゾロゾロと長の方を向いた。俺たちも例に漏れず長の方を向く。

「実は今朝、本部への接触を試みて少し前に出発した調査隊が帰還した。行方不明者を一人出して。」

その場が凍りついたのがわかった。行方不明…?元々は 2 人組ではなく 3 人組だったということか?しかも行方不明のまま帰ってきたって…それって…死んだっていうことじゃないのか…?すると長は件の 2 人組を前に出した。

「通信が途切れてしまった赤嶺山脈のカイバル窟を進んでいた時のことです…。途中までは順調に進んでいたんです…。でも長い長い洞窟の出口が見えてきた時、「奴」が現れたんです…10 年前に赤嶺山脈に現れたあの怪物が…!しかも聞いていた大きさとは全然違う…この世の生物とは思えないくらいの大きさだったんです…!

それで全力で逃げたんですが……気づいたらバロンとはぐれてしまって……」

あの怪物って…長が前言っていた巨大生物のことか…?しかも聞いていた大きさとは全然違う奴が現れたって…

周囲の絶望したような顔を見て、俺も同じように絶望する。死者を出しながらやっとの思いで倒した奴だ。そいつと同一種かどうかはわからないが一人犠牲者を出したということは見かけだけではないのだろう。

「ということだ。だが俺はまだサルトルのことを諦めてはいない!現状本部からの救援は見込めないだろう。なので今ここで俺は救出隊、いや討伐隊のメンバーを募りたいと思う。今回も前回と同様、いやそれ以上の大所帯で行きたいと思っている!メンバーが集まれば今日にでも出発したいところだが皆にも心の準備というものがあるだろう。別にみんなに無理強いをするつもりはない。

だが本部からの討伐隊が見込めない以上、本部との導線は自らの手で開かねばならない。だからこの難局を乗り越える力になりたいと思った人は是非この討伐隊に参加していただきたい!」

長はそう言って頭を下げた。周囲の人は神妙な面持ちで考え込んだ。そりゃあんなこと言われたら心が揺らいでしまうよな。

でも本部との導線が途切れたって…それって俺もその赤嶺山脈を超えることが現状ではできないっていうことだよな…。情報を整理して冷静に考えてみると衝撃的な事実に行き着いてしまった。討伐隊がその怪物を倒してくれないと俺たちは先に進めないというのか…。すると俺の右手が誰かに握られた感触がした。

俺が慌てて振り向くとテトラが俺の手を握り、こちらを見つめていた。

「この集落で立ち往生することになっちゃったね…」

うん、まあそれは察していたんだが…急にどうした…!何でそんな何か言いたげな顔をしているんだ…?

……何か試されているのか…?テトラは少し間をおいて後こう言い放った。

「ねぇ…一緒に討伐隊に参加してみない…?」

……は?は?はぁ?こいつは何を言っているんだ…?討伐隊に参加するって…話を聞いていたのか…?討伐隊に参加するということは伝説上の怪物を倒しに行くってことだぞ…?俺たちみたいな虚弱な子供が行けば怪物のおもちゃにされるのは目に見えているだろう。

「案外気張って行ったけど何にも出くわさなかったなんてこともあるかもよ…!それでうまく山脈を越えれればそのまま討伐隊とは別れて本部に向かうこともできるだろうし。

あとこう見えても私、結構動けるんだから…!足手まといにならない自信はあるよ!長だって許してくれるって!」

ええ…案外出くわさないかもって…それは希望的観測すぎないか…?それで怪物と出くわしてしまったらそれこそ一巻の終わりだぞ…?テトラは動くことはできても俺はそんなうまく動くことはできない。これは長が許してくれるかどうか以前の問題だ。

テトラの提案は無謀すぎる。俺は下を向き、テトラに無言の抵抗をした。

「あ、別に無理強いしている訳じゃないし、私はユーギリの決断に従うけど…でも私は着いて行った方がいいと思う。

もし、討伐が失敗したりすることがあれば…もうどうしようもなくなると思うから…。」

……確かにそうかもしれない。前みたいに討伐がうまくいかなかった場合、いつ本部までの道が開かれるかどうか…考えただけでも気分が悪くなってしまう。実際犠牲者、いやまだ死んだと決まったわけではないが行方不明者が出ているし、何より前の怪物よりも桁違いでデカいんだろ…?デカさで強さが決まるわけではないが、前回の知識が通用しないことも容易に考えられるだろう。であればうまくいかない可能性だって十分ある。

だったら一縷の望みをかけて討伐隊についていった方がいいというわけか……。ともなればテトラのあの提案は一理あるともとれるか……。

「どうする…?」

テトラは再度俺に尋ねてきた。俺はこれまでにないくらい追い詰められていた。討伐隊について行っても超高リスクなのだが…集落に残ったところで討伐隊が帰ってくるかはわからない。周囲の雰囲気を見てみてもそれを感じることが出来る。ああ長が威勢よく言ったものの、実際今長のもとに集まっているのはたったの3、4人だ。当然普通の狩りとは違う。そして何より調査隊の生き残りの鬼気迫る様子を見て戦々恐々してしまったんだろう。それは俺だって同じだ。あんな落ち武者のような格好で声を震わせながら話されたら誰だって怖くなる。さあ、

どうしたものか……。今ある情報で冷静に判断するとこのまま集落で待っていた方がリスクも少なくなるし、普通は待つ方を選択するだろう。でも……もし討伐隊が帰ってこなければ俺たちの旅は終わりになるのだろう。そりゃ本部までの唯一の道が現状通れなくて、本部からの救援もない。そうなれば現状最後の希望はこの討伐隊だけだ。

ここで旅が終わる……やっぱりそんなのはいやだ。前に比べればここの人たちの印象も大分よくなったし、案外居心地も悪くないと感じ始めている。でもだからといって本部に行かなくてもいいやと思っているわけ訳ではない。そりゃもちろん本部に行ったほうが長く生きれるっていうのもあるんだが…、何だろうか…なぜか俺は直感的にだが本部に行かなければいけないと感じるのだ。確かにここに来てからだいぶ俺の価値観は変わった。でもこれだけは揺るがないという自信があった。

それにテトラと本部まで送り届ると決めたのだ。ここに残るということはその決め事を無下にするのと同義だろう。一度決めたことをそう簡単には曲げたくない。そんな義理な感情があった。

でもやはり怖い。もしついていけば確率で言えばもしかしたら死ぬ確率の方が高いかもしれない。そんなところに飛び込む勇気があるのだろうか?……いや勇気があるかどうかじゃない……やるか、やらないかだ…そんなことはとっくにわかっている。でもテトラ相手に話一つ繰り出せなかった俺にそんな決断ができるのだろうか…?

刻一刻と時間が過ぎ、その間もずっとテトラは俺を見つめていた。まるで俺に YES と答えて欲しげな顔をしている。

わかっている…変わるためにはここで首を振るべきであるということくらい。生き死にの問題ではない。

でもわかっているはずなのになぜか俺の頭は上下ではなく、左右に動こうとする。

ダメだ…!縦に動くんだ……!

その瞬間、俺の右腕が誰かに掴まれる感覚がした。テトラだ。そして俺の手をつかんだと思えばグイッと俺の腕を引き、歩き出した。テトラの腕や足取りはとても力強く、先導されているせいで後ろ姿しか見えないが彼女は怒っているようにも感じれる雰囲気を漂わせていた。

急にどうした…!?

あまりにも俺の返答が遅いので遂にしびれを切らしてしまったのか…?ていうかどこに向かっているんだ…?引っ張られているせいか足取りがおぼつかないが気を取り直してテトラが進んでいる方向を見るとそこには長がいた。

えっ?もしかして長のところに俺を連れて行こうとしているのか…?

マズいマズい…よくよく考えると初日に長に暴言を吐いて、逃げて行ったっきり会ってないじゃないか…!?完全に忘れていた…ヤバい、このままじゃ本当にまずいことに…。

しかし無慈悲にも俺はいつの間にかテトラと共に長の前にいた。初めて俺はこの時、テトラを恨んでしまった。俺の判断

に従うって言ってくれてただろう!?


「ということなんですが……どうですか……?」

テトラは経緯をすべて説明し終えたようだ。長はその説明を終始真剣に聞いており、ところどころでうなずいたりもしていた。

一方そのころ俺はというと…終始下を向き、気まずそうに突っ立っていた。逃げ出すこともできないこの状況……地獄と言ってしかるべき空間だった。だがこれからより過酷な長の追及の時間が待っていることを俺は察していた。

「ふむ……山脈を抜けれたらそれで討伐隊から離脱する…まあ無理な話ではないな……しかもユーギリ君はパーソナルロボットを持っている。この集落にもちらほらパーソナルロボットを持てている人はいるが討伐隊の中にパーソナルロボットを持っている人はいない。パーソナルロボットは主人の命令しか聞かんように設定されているからな。そうなれば少しの間だったとしてもユーギリ君が参加するとこちらとしても大いに嬉しい限りだ。

……だが一つ聞いてもいいか…?テトラ……?」

急に話のトーンが変わったな。長はテトラを凝視している。というか初日のこと…根に持っていないのか…?だったらありがたい限りだが……

「ユーギリ君の承諾を得たのか…?この話の。」

その場は一瞬にしてピりついた。長は変わらずテトラを見つめている。テトラはその視線から逃れようと目線が泳ぐ。まずいな……

「い、いえ……」

これまでに聞いたことのない弱々しい返事だった。このテトラの返答を聞いても長は表情を変えない。

「なぜまだ承諾を得ていないのに俺のもとに来たんだ…?まさかユーギリ君が意思を示す前にわざと勢いで押し切ろうとしたわけじゃあるまいな…?」

長はまだ表情を変えずに声のトーンも一定にさせてそうテトラに問いかけた。怖すぎるだろう…!?

「えぁ……その……」

テトラはもはやろくに喋れていない。まるで俺みたいなしゃべり方だ。

「パシッ!」

軽く高い破裂音がその場に鳴り響いた。テトラは体勢を崩して顔は右を向いていた。一発のビンタがその場の空気を一変させた。いつの間にか長は眉間にしわを寄せている。

何だよ…この修羅場は…!

「ここは人目に付く…。俺の部屋でじっくり話そうか……」

ひぇぇ……怖すぎるだろ…!?部屋でって……二人きりで説教するってことか…?そうすると長はテトラが俺にしたようにテトラの手をつかんだ。

「ユーギリ君。しばらくテトラを借りる。どうなるかはわからんが…とりあえず君は自分の家に戻っていてくれ。あとのことは心配するな。」

長は少し顔の表情をやわらげそう言った。どうなるかはわからんって……テトラに何をするつもりなんですか!?

もしかしてこれ以上テトラに俺を任せられないとかと言って俺の旅は唐突に終わりを告げるなんていう展開もあるのか…?

いやだ、そんなのは…せっかくテトラと一緒に本部にたどり着くってそう心に誓ったのに…!確かに無理やり連れてこられたが…でもそれは俺が勇気がなくて…一歩を踏み出せなかっただけだ。別にテトラの提案を拒否していたわけではない。裏を返せば勇気がなくて立ち止まっていた俺の背中を押そうとしてくれたんだ…!テトラは長に引っ張られ、恐怖からだろうか…?今にも泣いてしまいそうな顔をしてる。

……まずい……!

気づくと俺はテトラの腕をつかむ長の腕をつかんでいた。え?

何してるんだ…俺?

ヤバい……どうしよう…。長

とテトラは驚いた様子で俺を見ていた。

ヤバい……


「行きます。僕も討伐隊に参加します…!」


ああ……やっと言えた……なんでこんな遅くなってしまったんだろう…。頭の仲が真っ白だ。なぜこのタイミングで言えたかはわからない。でも自然と言葉が出てきた、そんな感触がする。

「ほ、本当に言っているのか…?嘘をつかなくてもいいんだぞ…?」

「断じて嘘ではありません!」

次々と言葉の最適解が頭の上から降ってくる……そんな感覚さえした。そしてそんなおれの決意がこもった言葉

を聞いた長は何かを察したのか、すっと顔の表情をやわらげた。

「そうか……そうだったのか…。すまない、先走ってしまったな。……テトラもすまなかった。」

長は声のトーンも戻し、テトラの腕を放し、そう優しい言葉を投げかけた。テトラは何も言わずあっけにとらわれていた。もっといざこざがあると思っていたがすごい手のひら返しだな。

「ともなれば今日にでも出発したいところだが……そういえばまだ君のパーソナルロボットの修理が済んでいなかったな。」

「は、はい。あっでも早ければ今日中に修理が終わるって言ってました…!」

「そうか……わかった。出発の日時は追って連絡する。それまではしっかり休んでいてくれ。」

「は、はい…!」

「……改まってだが、本当に参加してくれてありがとう。しかしわかっていると思うがこの旅はかなりの危険が伴うぞ…。もし気が変わったらいつでも言ってくれていいからな。」

ああ、なんて優しいんだ。初日に俺が突き放したというのに何でここまで紳士でいられるんだ…。このやさしさには感謝しかない。このやさしさに思わず甘えたくなってしまったが俺は迷わずこう答えることが出来た。


「いえ……心変わりすることはありません。絶対に怪物を倒しましょう……!」


俺は今日やっと変わることが出来たと思う。

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