06 トラック(TRUCK)スーツ
転移先の世界、病院で目覚めた里咲が、担当官と名乗った男、
が、やがてそのわくわくも、次第にしおれていってしまった。
なにしろ本当にその東京、車は半分以上が水素自動車になっていたり、発電は八割がクリーンなものになっていたりする程度で、酒瓶の蓋を集めているマニアや、美術品を投資目的で買う金持ちも変わらずにいる世界、都市だった。せっかく異世界転移したというのに、これはなんともつまらなかった。どうせなら手にした者が世界を支配する秘宝、や、神が作ったとされる聖なる武器防具一式、などを盗んでみたかったのだけれど。
唯一興味を引かれたのは、この東京では、人間の転移できる並列世界は無限に存在すると証明され、そこに干渉するための技術を開発している世界だ、という事実。異世界からの人間召喚はその実験の一つだという。担当官の退屈な科学解説を聞いて里咲が理解したのは、並列世界にも遠い、近いがあって、遠ければ遠いほど異なった世界であり、里咲は実験の失敗で、そこそこ近い世界から呼び出されてしまった、というもの。ただそれでも存在自体が貴重なサンプルだそうで、採血やDNA採取などを除けば貴賓待遇だった。
そうして、なんだかふにゃふにゃとしたしまらない日々を送る内、里咲に続いてもう一人、だいぶ遠い世界からの召喚に成功したという噂が聞こえてきた。どんな人間が、いやひょっとすると人間以外が召還されたのかも、とワクワクしていたが……やって来た存在についての噂は徐々に薄れ、代わりにその存在がもたらした技術の話ばかりになり……里咲もようやく、あ、死ぬか殺すかしたのか、と気付き……半年後には、そのスーツが完成していた。
なんの頭文字をとったものだったか、里咲はすっかり忘れてしまったけれど……瞬間移動を可能とし、また、異世界への転移さえ叶えるスーツ。
異世界と交易すべきか、収奪すべきか、あるいは未発達の文明を保護するように触れないでおくべきか、という倫理的な議論がまさに白熱化している最中だったけれど、どの陣営も確信していたのは、確実にこのスーツが、人類を次の段階に進化させる、ということ。あらゆる問題を解決できる、まさに無限の可能性を秘めたスーツ。使い方を巡り世界全体で議論が巻き起こり、果ては見えなかった。
だからこそ。
ある日スーツが、研究所から消えていた。
(わーい、もらいまーす!)
現場には、里咲の置き手紙だけが残されて。
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