ヘルメットとリボンタイ
阿野二万休
東京観光案内序文 不法上京者の生態について
東京移民はたいていの場合、新宿駅東口を出てすぐに見えてくる、オルタ前を世界の中心だと思っている。これはまったくおかしなことだ。
というのも都の公式発表で地下五百メートル、地上千五百メートル、全高二千メートルに及ぶ積層都市であるこの東京はどこであれ、世界の中心と言えるからだ。
海抜マイナス五百メートルの最下層、地下第三層から、海抜千五百メートルの最上層、地上第六層までを余すところなく活用した東京都庁、つまりメトロ・ダンジョンは、東京移民がオルタの次に訪れ、その威容を心に刻む場所。だがそれだけではない。
ところがオルタはといえば、これはただのビルである。
地上一層から三層を貫く、全高千メートル近い大型ビルであることをのぞけば、日本中、いや、世界中にある商業ビルと大して異なる点はない。しいて上げるならビル正面に千二十四インチの巨大3Dモニタが掲げられている点だろうか。それにしても、そこまで珍しいものでもない。モニタ横に「東京五輪まであと七日!」と、1677万色に光るLEDで照らされた垂れ幕がかかっているが、これも変わったものではないだろう。重力と運動量を操る靴、
中も平凡だ。入っているのは服屋に飲食店、それから
周囲の風景も、別段、目立つところはない。
雑な遺伝子編集で作られた人型狼というシルエットの
工事用外骨格スーツを操る建設員たちはくわえ煙草を路上に吐き捨てると威勢良くかけ声をあげ、時定処理をほどこし強度が無限となった鉄骨を、延々と続く新宿駅改修工事現場に運ぶ。
青い制服に身を包んだアフリカ系都民の
オルタヴィジョンは公共CMの時間となり、東京最大の賞金首、八億七千万の
BGMは地上第一層のあちこちにある公共スピーカーから流れるラジオ。穏やかに
Get your Bodhi up......
(悟りに乗り込め)
Set your body down......
(体を捨てろ)
Sowaka is waiting......
(薩婆訶が待ってる)
Listen to dat sound......
(あの音に耳を澄ませろ)
BUDDhA-BUDDhA-BUDDhA......
けだるい音色に導かれ歩き続ける無数の
しかし東京に、積層都市に空はない。
頭上を覆うは、本物より本物らしい刻々と移り変わる初夏の青空を映し出すと共に、日光と同波長の快適な光を提供する配光板。
そんな光景をポロシャツにハーフパンツ、ウェストポーチにサングラス、という制服じみた格好で撮影する、世界中から訪れる観光客。
それらすべてを、希望に満ちた表情で眺める東京移民たち。
……これといっておかしなところは、ない。
だからこそ、まったくおかしなことだった。
おかしなことだったけれど、これが現代の、事実上日本から独立したと言われる東京、その中心地とされる新宿、地上第一層の偽らざる姿だ。
……おかしなものをしいてあげるなら……オルタ前に立っている少年と少女の二人組だろうか。
たしかにこの二人組は少し、おかしかった。
煤けた鉄帽、ヘルメットをかぶった少年と、リボンタイが可憐なセーラーワンピースの少女。雑踏の中にあって二人は、目立つ、というほどではなかったけれど……どこか、人目を引くところがあった。
しかし、だからこそこの二人組には語る価値がある。
これから始まるのは、その二人の物語だ。
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