繋がれた男、縛られた女

Ellie Blue

一度目の目覚め


 目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな、裸足の少女。


 少女は自身の頭ほどの大きさの水瓶を両手で抱えていた。水瓶からは湯気が立ちのぼっている。少女はそれを下に置き、中に腕を差し込んだ。瓶から引き抜いたその手には一枚の白い布。その布を固く絞ると、少女は丁寧に俺の体を拭き始めた。まるで骨董品の手入れでもするかのように。

 体を隈なく拭き終えた後、湯気の立ちのぼらなくなった瓶の中に布を沈め、それを持って少女は俺の前から姿を消した。


 一人取り残された俺は辺りを見回した。殺風景な場所だ。白い大理石の壁と床。壁の隅が見当たらないところを見ると、ここは円形になった部屋のようだ。風はない。温かくはないが、寒くもない。物音は全くしない。己の呼吸音や心音がここまでうるさいものであることを、俺は初めて知った。

 ここがどこなのか、全く見当がつかなかった。いやそれどころか、俺は自分が何者なのかも分からない。今、俺が分かるのは――

 体の後ろ側、斜め上に引っ張り上げられた両腕を引いてみる。腕はほんのわずか動かしただけのところでグッと抵抗を受けた。両の手首に食い込む硬い鉄の感覚。思った通り、俺は壁に繋がれている。腕を引いた時の感覚からすると、この手にかけられた枷から伸びた鎖は、俺の後ろの壁の高い位置にまっているようだ。


 そうこうしているうちに先ほどの少女が盆を持って現れた。少女の持つ盆の上には木でできた深皿が二つと匙が一つ。少女は再び俺に近寄ると盆を下に置き、片方の深皿と匙を持って立ち上がった。

 深皿の中身を木の匙で掬い、二、三度息を吹きかけてから俺の口元に近づける。少女は小柄だったが、俺が前に体を倒す体勢になっているので容易に俺の口元に届くようだ。俺は無言で口を開いた。口の中に流し込まれたそれは、ポリッジというオーツ麦の粥だった。

 一つ目の深皿の中身、ポリッジを全て俺の腹に流し終えると、少女は匙を盆の上に置き、もう一つの深皿を今度は直接俺の口元に持ってきた。深皿の中には水が入っている。その水を口に含む。何の変哲もないただの水だ。少々面喰らっている俺の前に、ポリッジの入っていた深皿が差し出された。口をゆすげということか。俺は口に含んだ水を深皿に吐き出した。

 少女は二つの深皿を盆の上に戻した。その間少女は一言も言葉を発しなかったし、顔色一つ変えなかった。そして決して俺と目を合わせようとはしない。いつも通り。


 〝いつも通り〟? 無意識に頭に浮かんだ言葉だった。

「……こうしてもう、どれくらいになる」

 〝いつも通り〟と思ったということは、俺は少なくとも数回、儀式めいたこの一連の行為を経験しているのだろう。そう考えを巡らせた結果俺の口から出てきた言葉がそれだった。どれくらいのあいだが開いたのかは分からないが、久し振りに聞いた俺の声は存外低くてしゃがれていた。


 伏し目がちな、裸足の少女。身に纏うのは白い粗末なワンピース。少女は〝やはり〟何も答えない。そのまま少女は盆を持って俺の前から立ち去った。俺はその後、再び眠りについた。

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