第31話【とにかく、凄い美人であることは伝わった】

 次の日、風呂に入り、着替え、食事を済ませ、ミウリアの家でリラックスしていると、インターフォンが鳴る。インターフォンが押したのは、ストラーナ・ペリコローソだった。


「暇だし出掛けない?」


「別に構いませんが……えっと、アインツィヒ様は、どうなさいますか?」


「俺様は別に構わねぇけど、どこに行くんだ?」


「近場を適当にって感じかな? どこに行くとかは特に決めてない」


「分かりました……支度するので、少し待って下さい……」


 リビングに戻ったときに、エンゲルとメランコリアに、ストラーナと出掛けて来ることを伝え、それから支度を済ませ、玄関に戻る。


「支度は済ませたみたいだね。さっき気付いたんだけど財布持って来るの忘れちゃったから、家まで取りに行っていい?」


「ええっと、すぐ近く、ですので……私は、構いませんが……その、アインツィヒ様は、どうでしょう?」


「財布取りに行くくらいなら別にいいぞ」


 ペリコローソ家は、決して大きくはないが、それなりにお金を掛けていると分かるものだった。


 庭に除草剤を撒いているストラーナな父親がいたので、ミウリアは挨拶した。話では知っていても、直接対面するのは始めだったため、最初は誰なのか気付かなかったアインツィヒも、すぐにストラーナな父親だと気付き、初めましてと挨拶した。


 ストラーナの父、リベルタ・ペリコローソは、ありきたりな挨拶の言葉を述べた後、「娘の友達なら臓器でも血液でも色々融通するよ。アバトワール病院ならいくらでも用意出来るからね」と、とんでもない発言をした。


「なければ作ればいいだけだからね。適度に殺すのも医者の仕事という奴だ」


 思っていても口に出してはいけない内容を、平然と口に出していた。とてもじゃないが、医者の発言とは思えなかった。娘と娘の友達の前だから言っているのだろう。基本的に患者の前では言わないのだろう。せめて娘の前だけにして欲しい。反応に困る。


「お前が医者を名乗るなよ。本物の医者に謝った方がいいんじゃないか?」


 反応に困ると思いつつ、アインツィヒは、ドストレートに思ったことを口にした。


「ホンモノ、ですけどね……リベルタ様は」


 命の恩人であるため、あまり辛辣なことは言えないが、実際に医者を名乗るには問題のある人物であることは否定出来ない。本当に病気が原因亡くなった患者もいるのだろうが、アバトワール病院で亡くなった患者の内、少なく見積もっても最低でも三割は、人為的に死んでいるだろう。


「捕まらないで下さいね……」


「そんなヘマはしないから安心してくれ」


 リベルタは所謂女顔で、線が細く、服を着て体格が分かり難い状態だったため、最初は上背がある女性かと勘違いしたくらいだ。父親ではなく、母親と勘違いした。明らかに男性と分かる声だったため、話した瞬間に男性であると分かった。


 ストラーナの姉と言われても、納得することが出来るくらい可愛らしく、若々しい見た目をしているが、中身は娘同様にえげつない。


(見た目も中身も似ている親子だな……)


 親子としての相性が良いのかもしれない。


 しかし、このような人物が、一体どうして子供を作ったのだろうか。彼女の母親は、一体どのような人物なのだろうか。非常に気になった。


 何かの拍子に子供が出来たとしても、育てるとは思えなかった。今こうしてストラーナがここにいる以上、きちんとかはともかく、育ててはいる訳だが、それでも子供を育てる姿が想像出来なかった。勝手に育ったと言われた方がまだ納得出来る。親というのは決していなければならないものではない。勝手に育つこともあるだろう。


「お前の母さんってどんな人なんだ」


「さぁ? お父さん自身もよく分かってないみたいなんだよねぇ」


「えっと、それは……訊いても、宜しいこと、なのでしょうか?」


「大丈夫大丈夫、全然オーケーよ」


「ええっと、では……改めて。ストラーナ様のお母様は、あの、一体、どのような方……なのでしょうか?」


「昔お父さんと体だけの関係があったっぽくて、そのときに私が出来たらしいのよ。産まれて少ししてから『貴方の子よ』とだけ言って、どっかに消えたらしいんだよねぇ。あくまでも体だけの関係の相手だから素性とかもよく知らないって言ってた」


「そうなのか……」


「赤子の内蔵は滅多に取れないから、最初はバラして売ろうと思っていたみたいだけど、見た目が自分に似ているから──自分バラすみたいで嫌だなと思って、やめたみたい」


「えっ」


「今はそんなこと考えてないみたいだけど、お父さんの気紛れが発動しなかったら、今頃死んでいたかもしれないのよね」


 父親に似ていたから殺されなかったと、本人はサラッと語っているが、話を聞かされている二人はサラッと流すことは出来なかった。似ていなければバラバラになって、今頃誰かの体の中が生きる羽目になっていたということなのだから。


 そのような経験を積んでいるのに、他人の体から臓器を切り離し、売り飛ばすことが出来ているのだから、ストラーナのメンタルはやっぱりどこか狂っている。


 狂人の思考回路は、常人の思考回路とは相容れないらしい。


 己のことを常人と勘違いしているミウリアは、そのような感想を抱く。傍から見れば、彼女も充分狂人であり、狂っていると言われても仕方がない人間性をしているのだが、本人に自覚はない。少なくとも、ストラーナよりはマシだと思っている。


「面白いくない?」


 アインツィヒが「んな訳ねぇだろ」と言い、ミウリアは無言で首を横に振る。ストラーナはモノクルを弄りながら、「面白いと思ったんだけどなぁ」と、呟く。


 彼女の感性は相変わらず分からない。

 アインツィヒは引いていた。「面白いと思ったんだけどなぁ」という発言には、「うわ、マジかよ」と言い返していた。全体的に見ればそんなことはないが、この中では一番常識的な感性を持っているため、その辺りの感覚は、比較的常人寄りだ。


 そのような会話をしながら、あちこち巡っている内に、時間が経ち、雨が降って来る。天気予報では雨が降らないと言われていたが、予報は所詮予報ということらしい。咄嗟に、適当な屋根の下に移動する。折り畳み傘を持って来なかったことを後悔した。


「ここから家まで距離あるよね? 傘買って移動するにしても、雨激しいし……お父さんはこの時間なら仕事に行っているだろうからな」


「ええっと……でしたら、エンゲルさんに、電話しましょうか? エンゲルさん、休暇取っていますので……多分、家に、いると想いますので……迎えに来て頂けると思います」


 ミウリアが携帯を操作し、今いる場所を伝え、雨が酷いから迎えに来て貰えないかと訊ねたところ、買い物に行っているから、少し待って貰うことになるが、それでも良いなら迎えに行けると連絡が返って来る。


「──ということなのですが……その、えっと、ええっと、それで宜しいでしょうか? 一時間くらい、待って貰うことに、なってしまうの、ですが……」


「雨の中歩くよりはマシだな。俺様は一時間くらいなら、普通に待つぞ」


「傘買って歩くにも、この強雨じゃあ、ちょっとね。軽雨程度なら全然歩くんだけどね」


 満場一致で迎えを待つと決まり、偶然雨を避けるために移動した場所が喫茶店だったので、店まで一時間も待つのは迷惑だろうと、店内に入る。


 雨が激しくなる前に、屋根の下に移動することが出来たので、三人はそこまで濡れていなかったが、店いた三〇代後半に見える男性は、気を遣ってタオルをそれぞれに一枚ずつ渡してくれた。


「急に雨が降って来て、大変だったでしょう。この雨では素敵なお洋服が台無しになってしまうでしょうし……」


「天気予報では晴れってなっていたのに。天気予報って当たらないものよね、本当に」


「ああいうのは鵜呑みにはしないで、あくまでも参考程度にするのが一番良いのでしょうね」


「予報関係なく……折り畳み傘は、その、やっぱり、えっと、ちゃんと持ち歩いた方が、良いと思いました……」


「この雨では体が冷えてしまうでしょうから、宜しければ温かい飲み物でも飲んで行って下さい。紅茶とか如何でしょう?」


「なら三杯お願い」


 ストラーナがそう言うと、男はすぐに紅茶を三杯分用意してくれ、そのときに借りたタオルを返す。座った席がカウンター席だったからか、自然と彼と会話をすることになった。


 彼はこの店の店主で、最近開いたばかりの店らしく、従業員も彼しかいないそうだ。


「皆さんは高校生、でしょうか?」


「そうですが……」


「平日の昼間に学生さんがいらっしゃるなんて、あまりないですが──ああそうか、今は冬休みシーズンか……」


「そうそう、だから皆で遊びに来ていたんだよねぇ」


「もうそんな時期だったんですね。大人になると時間感覚が、高校生のときと変わっちゃって。時間の流れが早くなったような気がします」


「そう、なんです、か?」


「高校生のときは休みが来る日が待ち遠してくて仕方がなかったくらいで。今みたいに一週間があっという間なんてことはありませんでした。同級生の女の子と一緒に、早く休みが来ないかなって言っていた日が懐かしいですね」


 本当に懐かしそうにそう呟くと、ふとミウリアの方に視線を遣る。


「その同級生の女の子──貴方と似た髪色をしていて、体格も殆ど同じくらいなんですよ。だから最初、同級生だったミスティアちゃんかと一瞬勘違いしてしまったんです。顔とかは全然似ていないので、すぐに違うと気付きましたけどね。年齢も全然違いますから」


 三〇後半くらいに見える男と同級生である人物と、現在高校二年生のミウリアでは、年齢が違い過ぎる。寧ろよく、顔も似ていないのに、一瞬でも勘違い出来たな、とアインツィヒは思った。もしかしたら雰囲気や、その他の要素が似て、勘違いしてしまったのかもしれないが。


「ミスティアちゃんは本当に綺麗な子で、学校一の美女とまでは言われたくらいで、当時はファンクラブが存在していたんです。私もそんなファンの一人でした。アイドルを応援するような気持ちで彼女のことを見ていました」


「その人……その、ミスティア、という人……どんな方だったのですか?」


「ファンみたいな子は沢山いたけど、綺麗過ぎるせいで高嶺の花扱いされていたから、友達みたいな子はいませんでしたね。一部生徒からは、神格化に近い扱いをされていましたから……私は、流石に神格化はしませんでしたが、遠い存在に感じて、会話とかは普通にしていましたけど、内心ではテレビの中の女優を眺めているような気持ちだったような気がします」


 とにかく、凄い美人であることは伝わった。


「有名人と、偶然、同じ学校に通っていたみたいな……そんな気分でした。人生で一度あるかないのかの凄い偶然に遭遇したような心地と言えば良いのでしょうか?」


「……スゲェ美人だったんだな、ソイツ」


「そうですね……テレビでも滅多に見掛けないくらい綺麗な女の子でした」


 ──ミスティアちゃん、今頃どうしているのかな?

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