第17話【お情けで生きることは許してあげてるの】
次の日、ゲヴェーアはミウリアにしっかり謝罪をし、頸と胴体が切断されるのは防いだ。頸と胴体切断される件以外がどうなるのかまでは不明だが。
「えっと……あの、こちらこそ、ユーベル様がすみません……」
その際、ミウリアの方からも謝られたが、内心では複雑な気分だった。彼女にユーベルを責める気持ちは殆どなかったからだ。ゲヴェーアに悪いという気持ちはあるものの、ユーベルに対してはちょっとやり過ぎてしまった程度の感情しかないのだろう。
「アイツちゃんと謝ったんだ。まあ、頸と胴体がさよならになりたくないだろうし、馬鹿じゃなければ謝るか」
誰だって断頭されたくはないだろう。ウテナも首が落ちて死ぬは御免被りたい。
「……私は、別に、謝られなくても良かったのですが……それではユーベル様は、納得しないでしょうしね……」
「謝っても納得しねぇだろ、あの狂犬」
アインツィヒの言う通り、彼に許す気は微塵もない。謝らなければ、頸と胴体が斬り離され、謝れば、それ以外の方法で殺されるだけだ。
「えっと、御二方も……研究棟に、用があるのでしょうか?」
そう思ったのは、研究棟に向かって歩き出したミウリアと、同じ方向に歩き始めたからだ。
「ウテナが用があるんだよ。俺様は付き添いみてぇなもんだ」
「ミウリアはエンゲルに用があるんでしょ? なら一つアイツに頼みごとをしてくれない?」
「内容にも寄りますが……多分、大丈夫だと思います」
「多分大丈夫。エンゲルに、■■■■■■■■いる■■が■なのか、について調べて欲しいんだよね。アイツA級職員だし、スペック高いし、イケるだろ」
「それなら大丈夫だと思います……」
「じゃあ、宜しく」
研究棟まで辿り着くと、ミウリアはA級職員の研究室がある方向に行き、アインツィヒとウテナはS級職員の研究室がある方向に行った。
エンゲル・アインザームの研究室前まで移動すると、扉を数度ノックし、中に入って良いか訊ねる。ドタドタと騒がしい音がして、豪快に扉を開いたかと思うと、「ミウリアくん!」と、肩より短いが項が隠れる長さの白銅色の髪をした男が現れる。
その髪は光に当たると独特な輝きを放つ。瞳は深紅の色をしており、その奥には暗い淵が広がっているかのようだ。平素は瞳の奥には光がなく、まるで死んだような冷たさを感じさせるが、現在は光が宿っており、燦然としている。赤い氷輪を思わせる瞳はどこにもない。
彼の顔立ちは、某歌劇団の男役を連想させるほど美しい。高い鼻筋とシャープな顎が、力強さを与えている。しかし、その表情は常に平坦で、まるで何かを失ったような空虚さえあった。
身長は高く、靭やかな体つきが美しさを際立たせている。はまるで舞台上で踊るように典麗で、見る者を魅了何かが存在していた。彼の存在は、まるで闇から生まれたように、周囲に静寂なる美を齎していた。
そんな彼こそが、彼女の信奉者であり、彼女の保護者である男、エンゲル・アインザームだ。
「キミの方から私を訪ねてくれるなんて、嬉しいよ。さぁ中に入ってくれ。茶を淹れよう? 何が良いかな? 紅茶? 緑茶? 焙じ茶? それとも珈琲? 何でも言ってくれたまえ。好きな物を用意しよう。ああ、茶菓子も必要だったかな。色んな物を用意しているから、大抵の物は出せるから。前に言ったことだけどね。前キミが好きだと言ったこの菓子はどうだろうか? 出張先で買った土産がここに置いてあるんだよ。家で渡そうと思っていたのだけど忘れてしまったね。申し訳ない。気に入ってくれると良いんだけど……ああ、それと、キミのお友達達にお土産なんだが、良ければキミから渡してくれないだろうか? 多分気に入ってくれると思うよ。片手で食べれる菓子だから、つまみやすいだろう? ミウリアくん、相変わらず麗しいね。流石私の天使だ。いついかなるときであろうと、愛らしい。至福の、至高のキミに、こうして会えるだけでテンションが上がってしまうよ。嬉しくて嬉しくて仕方がないんだ。天恵というのはこういうことを言うのかもしれないね。世の中に存在するどんな美しい景色より、美しい物や者よりも、本当に美しい。こんなにも心惹かれる存在と出会えるとは思わなかったな。キミほど美しい存在は、他には存在しない。地獄であろうと、天国であろうと、存在しない。あったとしても、ここまで心惹かれることはないだろうね。私はそのことを強く確信しているんだ。何故なら、キミが私にとって唯一無二の天使──」
「紅茶をお願いします…………………………砂糖はなしで。お茶菓子は………………前に出してくれた物で良いです…………お土産、ありがとうございます…………」
「ミルクは?」
「……大丈夫です」
今はだいぶ慣れて来たが、出会ったばかりの頃は言葉を発することすら出来なかった。今でも戸惑いは隠せないが、言葉を失うほどではない。
「……あの、エンゲルさん…………また、お願いしたいことが、あるのですが……宜しい、でしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ。キミのためなら、どんなことでもしよう」
ミウリアが説明を交えながらお願いの内容を口にすると、「キミの頼みだから聞き入れるが……危険なことにはあまり首を突っ込まないでくれると嬉しいが……まあ、無理だろうな」と言った。
同時刻──アインツィヒとウテナは、フェージェニカ・リヴァリューツィヤの研究室を訪れていた。
彼の髪は、深みのある黒紅梅色であり、光を浴びると紅い色調が際立つ。髪は滑らかに流れ、貴やかだ。小紫色の瞳の奥には、吸い込まれるような魅力があり、見る者を惹き付けるだろう。
肌は色白で、美しい花弁のような柔らかさと滑らかさを持っている。肌に触れる光は、彼の美しさを一層際立たせ、まるで月光が彼を優しく照らしているかのような幻想的な雰囲気を作り出す。
顔立ちは端正で、その美しい輪郭はまるで彫刻されたようだ。高い鼻梁、整った唇、そして穏やかな表情は、彼の内に宿る気品と優雅さを表していた。
「もう行ってしまわれるのですか?」
「土産受け取るついでに大親友紹介したかっただけだしね。あんまり長居しても、仕事の邪魔になっちゃうでしょ。後でラーシャにもお礼を言っておいてくれない? こっちお土産を買って来たのラーシャなんでしょ?」
「えぇ、分かりました」
「じゃあねぇ」
「お邪魔しました……」
フランクな挨拶をするウテナに反し、前世で両親にちゃんと躾けられているアインツィヒは丁寧に挨拶した。
廊下に出て、数分歩くと、
「アイツ、スゲェ怯えてたけど、何したんだ?」
「寧ろされた側だぞ」
「へぇ」
「アイツ、ナーダ・ヴォルデコフツォっていうんだけど、現当主の娘で、私の
再従妹と言われ、彼女のことを姿を改めて思い浮かべる。顔立ちはどことなくウテナに似ている気がしないでもない。輪郭は全然似ていないが、目元はかなり似ていた。
「お前に毒盛って生きてるとか、アイツクッソ運が良いな。何で死んでねぇんだ?」
「現当主の娘だからね。現当主のことは嫌いじゃないし、滑稽なくらいこっちに頭下げて来たからね、その姿があまりにも可哀想だったから、お情けで生きることは許してあげてるの」
彼女の生命を脅かす気のある相手を生かしていることを心底驚くアインツィヒに、ウテナは首を僅かに右に傾け、ゾッとするほど悍ましい笑顔を浮かべながら、お情けでの部分を強調しながら、生かしている理由を語る。
「その代わり、私に一生イビられるし、自殺することも出来ない、ある意味では死ぬより辛い思いをしているかもね。私のことを殺そうとしたんだから、当然だよね」
「清々しいくらい、クソだよな、お前」
人を殺しているのに、自分が殺されるのは嫌だというのだから、本当に酷い。
前世では竹馬の友だったため、彼女の性根と価値観が腐っている理由は知っているが、原因について慮っても酷過ぎるとしか言いようがない。本人に言ったら確実に暴力を振るわれると分かっているため、絶対に口にはしないが、瓜の蔓に茄子はならぬということなのかもしれないと思った。
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