第3話 昔の幼馴染と一緒に過ごす放課後

 その日。夕方五時半を過ぎた時には、石橋義亜いしばし/よしあは学校を後にしていた。


 徒歩で移動し、今、彼女とは街中にいる。


 街並みを見ながら少し歩いたところに、目的となる喫茶店があるのだ。


 洒落た感じの外観で、今風の印象が強い。

 オープンしてから一年くらいの場所であり、早川未宙はやかわ/みそらからしたら新鮮な場所だと思う。


 二人は扉を開け、入店する。


 いらっしゃいませと店内から声が聞こえ、奥からやって来た女性スタッフに案内され、四人用の席に向き合うように座ることになった。


「メニュー表は、こちらになっております」


 店員はそう言って立ち去って行き、テーブル上には商品が見える形でメニュー表が置かれてあったのだ。


「何にする? 好きに決めてもいいし」

「うん」


 未宙は頷いた。

 それからメニュー表をジッと見ていた。


「義亜は何にしたいの? 私は義亜と同じものにしたいなって」


 彼女から視線を向けられ、問われる。


「何か、おススメってないの?」

「おススメか……ここに入店するのも今日が初めてだしな」


 そう言われると逆に悩む。


 洒落た感じの喫茶店に入店するのも、人生で初めてといっても過言ではないのだ。


 ここはコーヒーやケーキを選ぶのが定番といったところだろうか。


「えっと、多分ね、ケーキがいいと思うんだけど。ブルーベリー系のケーキとか好きだったろ」

「覚えてくれていたんだね」

「まあ、当たり前だろ。そういうのは」

「でも、義亜はそれでいいの?」

「まあ、ブルーベリーケーキも嫌いではないからな」

「だったらいいんだけど」


 未宙は再びメニュー表を見ながら考え込んでいた。


「飲み物はコーヒーでいい?」

「え、義亜って、コーヒーとか飲むの?」


 彼女はパッと顔を上げ、正面にいる義亜の顔を見つめてきた。


「そりゃ飲むけど」

「昔は好きじゃないって」

「それは昔の話だろ。人の味覚とかは変わるもんなんだよ」


 義亜は威厳を持って返答しておいた。


「未宙は他にはいらないのか?」

「一応聞くけど、会計はどっちがするの? 割り勘? 割り勘ならそれでもいいんだけど」

「割り勘のつもりで考えていたけど、何か食べたいものでもあるの?」

「あるよ」

「なに?」

「このパンケーキ」


 彼女はメニュー表の名前を指さし、自己主張していた。


「これ、二つあるし、一つ注文すれば分けて食べられるでしょ?」

「そうだね」

「一緒に食べるなら、割り勘してほしいなって」

「どうしても食べたいのか。それも追加って事で」


 義亜は一通り決まったところで席に座ったまま挙手した。


 遠くにいた女性スタッフが、それに気づいて近づいてきたのだ。


「ご注文をお伺いしますね」

「このブルーベリーケーキとコーヒー。それから、パンケーキも追加で」

「ご注文は以上ですね」


 その場でスタッフが注文内容を復唱した後、少々お待ちくださいと言って、駆け足で立ち去って行ったのだ。


 店内を見ると、少しだけお客の数が増えてきたような気がする。


 スマホの画面をチラッと確認すると、時刻は六時半を過ぎた頃合いになっていた。


 ここの喫茶店は、六時半を過ぎた時間帯から夜のメニューも追加で注文できるらしい。

 夜のメニューに限っては事前に予約しないと、そのメニューが提供されないようだ。


 二人が入店した時、二つのメニューが丁度交差するタイミングだったという事。

 ゆえに、店内が忙しくなっていることを理解した。




「今日はありがとね」

「いや、俺は特に何もしてないけど」

「だって、私のために手伝ってくれたじゃない。用紙の束をホッチキスで留めたり。手伝ってくれなかったら、結構遅くになっていたかもしれないから」


 未宙から感謝されていた。

 そこまで大した事はした感じではないけど、彼女から直接的にお礼を言われて嫌な気分にはならなかった。


「これからも何かあったら、一緒に手伝ってくれる?」

「え、まあ、いいけど」

「よかった。私ね、本当は一人で委員長が務まるか不安だったの。それに相談できる人もいなかったし」

「え? でも、同じ中学校から一緒の人はいないの?」

「一応いるんだけど」

「そうなんだ。じゃあ」

「でもね。その子とは別のクラスだし、頻繁に相談できるわけじゃないから。出来る限り、身近な人が良かったの」


 知らず知らずのうちに、義亜が頼られる事となっていた。


「義亜は断らないよね?」


 未宙から信頼されている瞳を向けられていた。


「俺はそれでもいいよ」


 幼馴染の頼みなら今後の事も考えて受け入れておいた方が得策だろう。


「ありがと。昔から優しいよね」

「そ、そうかな」


 彼女の笑みを見ると、やはり照れてしまう。


 これはこれで受け入れて正解だったのだろうと内心思っていた。


「それと、もう一つあって。義亜とは昔のように付き合っていきたいなって。私考えてて」

「付き合う」

「えっと、友達としてって事!」


 未宙は慌てて言葉を訂正していた。


 友達か……。


 男女のような関係でもよかったのにと思うのだが、自分の方から、そういった大胆な発言は出来なかった。


 ただの現状維持のような間柄として落ち着く事となる。

 それから、十五分ほどで店員がやってきて、注文した品がテーブル上へと並べられるのだった。




「あーんしてあげる♡」

「いいよ、こんなところで」


 周りにはそれなりに人がいて、知っている人がいない分まだマシだと思うのだが、恥ずかしく感じる。


 心の中では彼女から食べさせてほしいという思いはある。

 しかしながら、一周回って、やはり、気恥ずかしく感じ、遠慮がちに断ることにした。


「えー、昔は普通だったし」

「どうした? 急に」


 学校にいる時とは少し様子が違う。


 心を開いて笑みを見せ、優しい口調で話しかけてきてくれているからだ。


 彼女の笑顔が見れるのは嬉しい事だけども、急に積極的になられると対応に困る。


「ここに、知っている人もいないでしょ?」

「そ、そうだけど」

「じゃあ、口を開けて」


 未宙からそう言われ、義亜はゆっくりと口を開く。


 本音で言えば、彼女からの想いを受け取りたいのだ。


 義亜の口内に、彼女がフォークで掬ったブルーベリーケーキの端が入る。それから咀嚼することになった。


 ブルーベリーの味もする中、彼女から食べさせてもらえたという幸福感の方が勝っていたのだ。




 未宙と共に同じ空間で放課後を過ごせている事にテンションが高まっている最中、義亜はとある子と視線が合う。


 それは丁度、喫茶店に入店してきた佐久間梨花さくま/りかだった。

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