12
家電量販店でキーボートとマウスを手に取り、厳選していた。悩みに悩み、選び終える頃にはもう昼時。そこでまた、新たな選択に迫られた。
エレベーターで上がるか、下りるかだ。
上層はレストラン街になっており、移動は楽だが全体的にお高い値段設定だ。
下って街に繰り出せば、歩かなければいけないが店は選び放題。ただ休日の昼時だから、高校生が入りやすい店はどこも一杯だろう。
自分がいくら歩くのは構わないのだが、そういうわけにもいかないから悩みどころである。
エレベーターの側でお店探しをスマホでしていると、ふと視界が塞がった。
「だーれだ」
音符がつきそうなほどの弾む声音。
声の主の手によって、目隠しされたのはすぐに察した。
あまりにも古典的な悪戯だ。公衆の面前、恥じらいもなくこんなくだらないことをしかける奴は、ふたりしか思い当たらなかった。そう考えると自分はいるほうだなと思いながら、
「カナセか」
目を塞ぐ手を払い除けながら振り返った。
「お、正解ですみこりん先輩」
案の定カナセがおり、両手を上げながら大きな丸を作っていた。
今日は特に面倒になる相手。それを確信しながら辺りを見渡すと、カナセの背後からヒメがやってきた。
「こんちわっす、ミコ先輩」
「よう、ヒメ。早速で悪いが、このうるさいのを引き取ってくれ。そしてさっさと連れてってくれ」
ふたりで買い物か、なんて世間話に入らずさっさと本題を告げた。
ヒメは顎でカナセを指した。
「これが大人しく言うこと聞くとでも?」
「そこをなんとか。一秒でも早く頼む」
「無理っすね。お連れの人について、関心しかないっすからこいつ」
「くそ……見られてたか」
痛い頭を抱えたかったが、スマホと買い物袋で手は塞がっている。
お連れの人とは、マリちゃんのことである。
デスクトップPCを導入してから二週間。自分専用のパソコンを持つことに慣れてきたので、標準でついていたマウスとキーボードを卒業したい。それを選ぶのについてきてほしいと頼まれ、こうして休日の家電量販店まで足を運んだのだ。
お手洗いにいったマリちゃんを、店を探しながら待っていたら悩みの種が生まれてしまった。
悩みの種はムフフとニヤついたと思ったら、
「それでみこりん先輩、あのS級美少女は一体? デートですか? 付き合ってるんですか、わたし以外の人と……」
ふいに影が差したように丸くした目で遠くを見た。
「卒業して一年。大好きだった先輩と再会してしまったあなた。みこりん先輩と付き合うのは、わたしだと思ってた……。今夜は、帰したくない」
「今すぐ帰れ」
古いネタで小芝居を始めたカナセに向けて、しっしと手を振った。
これで回り右してくれれば楽なのだが、余計に勢いづいて口を回すのがカナセである。
「彼女ですか? 恋人ですか? ラバーですか? さあ観念してください。大人しく吐いたら、かつやくらいなら奢りますから」
「彼女でも恋人でもラバーでもない」
「その一歩手前ですねわかります」
「一歩手前でもなんでもないし、そもそもそんな対象じゃない」
「ふっ、あれだけデレデレしちゃって、そんな言い訳は無理でしょ」
手を広げながら、やれやれとカナセは肩を持ち上げた。
「あんなみこりん先輩の顔、初めてみましたもん。恋ですね、完全にあれは恋しちゃってる顔ですね。お相手のみこりん先輩を見る目なんてもう、恋する乙女そのものでしたもん」
「すぐそうやっておまえは……」
怒りを通り越して呆れていると、ヒメが冷静に口を挟んでくる。
「でも、俺から見てもそういう風に見えたっすよ」
「ヒメまで勘弁してくれよ……」
信じていたはずの味方にいきなり切りつけられ、肩を落とした。
「一体いつから見てたんだよ」
「三十分前です」
「ヒメ」
カナセが悪びれもせず答えるので、ヒメに目を向けた。するとヒメもまた悪びれるどころか、誇るように答えた。
「むしろ突撃しないよう首根っこ掴んでたことを、褒めてほしいっすね」
「うん、それはよくやった」
基本僕らは、カナセに振り回される側だ。覗き見という形とはいえ、三十分も大人しくさせていたのは素直に偉い。
「同じ高校の方っすか?」
「たしかに同じ高校ではあるけど」
「ほーら、やっぱり学校一の美女が、なぜ陰キャな僕を!? 的なラブコメが始まってるじゃないですか」
ヒメの質問に答えると、カナセが勢いづいて捲し立ててくる。
「さすが我らがみこりん先輩。立派にラブコメ主人公デビューしちゃって。ジャンルはジレジレものかよ、さっさと付き合っちゃえよおまえら、って思いながら見てましたもん。四月からそれを引っ掻き回す、付き合いの長い後輩キャラとして参戦するので対戦よろしくお願いします」
活き活きとしながらカナセはペコリと頭を下げてきた。どうあれこいつの場合は、マジで引っ掻き回して来そうだから困る。
「だからそういう関係じゃないって」
「ならどういう関係ですか……まさか、遊びのつもり!?」
驚くように口を塞いだカナセに、不承不承な口調で説明する。
「あの子はアヤちゃんの、うちの姉の血縁上の妹だよ」
「なーんだ、やっぱりラブコメ案件じゃないですか」
押し黙ることは期待していなかったが、目を輝かすのは想定外……いや、僕の思慮が足りていなかった。
「ある日、血の繋がりがないことが発覚したミコミコ姉弟。ふたりを姉弟としてつなぐ、あるいは阻む最後の壁が突然壊れてしまったのだ。でも、姉弟として育ったから今更……と思いながらも相手は初恋の人である。しまい込まなければならない想いは日に日に募り、大きくなっていくばかり。それでも姉弟としていられないジレンマが、みこりん先輩の心を蝕んでいった。そんなとき、初恋の写し身とも言える相手が――ぷぎゃ!」
スマホの角で頭を小突くと、カナセはブサイクな声で鳴いた。
頭を押さえながら涙目で、カナセは訴えかけてくる。
「いきなりなにするんですかみこりん先輩!」
「昭和のテレビはこうやって直していたらしいぞ」
「だってラブコメ、それもエチエチ案件じゃないですか! だってそうでしょう!? 絶対に一線を越えてはいけない初恋のお姉さんの写し身と、みこりん先輩がラブコメしてるんですよ! お姉さんの裸を見てるみこりん先輩は、もうお相手の裸体を知っているようなものじゃないですか! そんなのもうエチエチです! エチエチが止まらないじゃないですか!」
「やっぱ叩いてもダメか……」
押し黙るどころか勢いづいてしまった。
「だから前に言ったじゃないですか。引っ叩かれてもこいつは止まんなかったって」
カナセの後ろで、ヒメは憐れむようにぼやいた。
「でも軽くとはいえ、ミコ先輩が手を出すのは意外でしたけど」
「まあ、それはな」
ヒメの指摘にドキっとしながら、曖昧な返事しかできないでいた。
うるさいとはいえ、カナセは女の子だ。手を出した時点でこちらが悪い。
つい手を出してしまったのは、図星を突かれてしまったからだ。
認めたくはないがアヤちゃんは初恋である。そしてマリちゃんを見ていると、時折重なることがあるのだ。
今のマリちゃんの年齢のときの、アヤちゃんの裸も見たことがある。だからこそマリちゃんに情欲を抱くときは、その姿がチラつくのだ。
そんな自分が嫌だった。
だからどれだけマリちゃんが好きになろうとも、付き合いたいとだけは考えない。心にそう決めたのだ。
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