第4章〜What Mad Metaverse(発狂した多元宇宙)〜⑤

 自分の身を……いや、経験や記憶をシュヴァルツたちに差し出してでも、彼女を……ももを守らなければ――――――。


 ここにきて、職務として、『ラディカル』のセカイ統合計画を阻止することを目的としているゲルブたちと、後輩女子の安全確保を最優先事項とする自分の利害が対立したことを悟った。


「済まないな、ゲルブ……やっぱり、ももがあのまま囚われているのを見過ごすことはできない」


 そう返答すると、銀河連邦の捜査官は、唇を噛みながら、オレの覚悟を試すように問いかけてくる。


「本当に良いんだね、玄野雄司くろのゆうじ。さっき、キミ自身が言ったように、ボクは捜査官の職務を全うしなくちゃいけない。だから、いざというときには――――――」


「あぁ、ためらいなく、捜査官の仕事を遂行してくれ。ただ、ももだけは……彼女だけは、なんとしても……」


「わかった……浅倉桃あさくらもものことは、最優先で守ることを約束しよう」


 オレとゲルブがうなずきあったのが、十メートルほど離れた場所でももを捕えているシュヴァルツとキルシュブリーテたちにも感じられたのか、オレと同じ姿をした過激派集団のリーダーが、問いかけてくる。


「協議が終わったのなら、そろそろ、貴様らの答えを聞かせてもらおうか?」


 相変わらず尊大な態度を崩さない相手に対して、自分たちの決断が揺るぎないことを示すために即答する。


「シュヴァルツ、アンタの要求を受けいれる! オレが、いまから丸腰でそっちに歩いて行くから、同時にももをゲルブに向かって歩かせてくれ。それが、オレたちが要求を呑む条件だ!」


 声を張って行った返答に満足したのか、シュヴァルツは、鷹揚にうなずき、ももを監視するようにそばに立っていたキルシュブリーテに対して手振りで、何事かを合図する。


「承知した。浅倉桃あさくらももをそちらに向かわせるようにしよう。玄野雄司くろのゆうじ、貴様は、両手を後頭部に添えたまま、こちらに歩いて来るんだ」


 もともと、オレだが、シュヴァルツの要求どおり、両手を挙げてから頭の後ろで組み、彼らのいる方へと踏み出した。


 その瞬間、オレとゲルブの後方で、かすかに空気が変動するのを感じた。


 両手を後ろに組んだままのやや窮屈な体勢で振り返ると、歪んだ空間のひづみから、ふたりの女子生徒があらわれた。


玄野雄司くろのゆうじくん! 決断を早まっちゃダメよ!」


 そう言って、屋上フロアに飛び込んできたのは、オレたち放送・新聞部の部長を務めていた先輩の姿をした捜査官だ。

 彼女の元には、文芸部の代表者である山竹碧やまたけあおいの姿も見える。いや、ここに来ているということは、彼女も、あいらんど高校の生徒ではなく、ゲルブやブルームと同じく、銀河連邦の捜査官という身分だろう(たしか、ブラウとか、そんな名前だったと思う)。


 オレが、ふたりの女子生徒の姿(それは、仮の姿なのだが……)を横目でチラリと確認したのとほぼ同時に、シュヴァルツが威嚇するように口を開く。


「もう、我々の交渉は成立している。邪魔立ては控えてもらおうか、ブルーム」


 彼の言葉どおり、オレの交渉の目的であるももは、こちらに向かって、ゆっくりと歩いて来ている。


 彼女とは、まだ七〜八メートルほど距離が離れているが、オレの歩いている場所からでも、その瞳には生気というものが感じられない。

 おそらくは、ひと月前に同じく屋上で気を失った河野雅美こうのまさみと同様の状態にあるのだろう。


 あの時と同じく、ももの身体や脳にも後遺症が残らなければ良いが……。

 そのことを考えると、彼女の保護には、より多くの人間に関わってもらうほうが良い。


 それらの状況を総合的に判断し、オレは、前方へとゆっくりと歩みを進めながら、背中の方でオレのことを見つめているであろう女性捜査官に声を張って、自分の考え方を伝える。


「シュヴァルツの言うとおりだ! オレのことは良いから、まずは、ももの保護を優先してくれ!」


 オレが、叫ぶように、そう主張すると、『ラディカル』のリーダーは、ククク……と声を殺しながら表情を崩し、ゲルブたちに語りかける。


「物わかりの良い交渉相手だと、ものごとが円滑に進む。ゲルブ、ブルーム……貴様たち、捜査官ともこうであれば良かったのだがな……」


 彼らは、オレの予想したとおり、やはり、以前から浅からぬ関係にあったのだろうか?

 シュヴァルツの一言には、大きな反応を示さなかったゲルブたちだが、後輩女子の身を案じるオレとしては、このまま大人しく、ももが彼らのいる場所で安全を確保する瞬間まで見守ってもらうことを願っていた。


 そうして、緊張感に身体をこわばらせながら、無表情のまま、まっすぐに歩み続けるもものようすをすれ違いざまに観察し、彼女の見た目に外傷などがないことに少しだけ安堵して、歩みを続ける。


 そのまま、五メートルほどの距離を歩き続け、シュヴァルツとキルシュブリーテの元にたどり着くと、ブルームの声がオレの耳に届いた。


「安心して、玄野くろのくん! ももちゃんは、無事に保護したわ!!」


 その声に胸をなでおろすと同時に、シュヴァルツが、声をあげる。


「これで、交渉成立だな。それでは、玄野雄司くろのゆうじ……一緒に来てもらうぞ」


 彼が、そう宣言して、キルシュブリーテが、前回と同じように虚空に謎の空間を作り出した瞬間、オレはさっきまで隣りにいた親友と同じ姿の捜査官と視線を交わした。

 迷いなくうなずいた彼は、懐から取り出した銃火器の照準をオレに合わせ、ためらうことなく引き金を引く。


 BANG!!


 鈍い銃声とともに、ゲルブの手元からは45口径の弾丸が放たれ――――――。

 オレは、屋上フロアに倒れ込んだ。

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