第2章〜Everything Everyone All At Once〜⑨

 ここで、三葉みつばのことを慕っている下級生の宮尾雪野みやおゆきのや、河野こうのの親友である山竹碧やまたけあおいの名前が出るということは……。


「一年の宮尾みやおや、同じクラスの山竹やまたけも、アンタらの仲間で、彼女たちにも、なにか……ブルームやゲルブみたいな、名前が付いてるのか?」


 オレの問いかけに、冬馬とうまいや、ゲルブが即答する。


「そうだよ。今回は、白井さんたちの身辺警護をする必要があるから、そばに居ても不自然じゃない彼女たちが選ばれた。ちなみに、このセカイで、宮尾みやおさんとして存在している生徒はシュネー、山竹やまたけさんとして存在している生徒はブラウと、ボクらは呼んでいる」


 やはり、そうだったか……。

 三葉みつばたちのそばで見守ってくれている存在が居るなら、ひとまず、安心していいのかも知れない。

 

 しかし、この学校に過激派が潜伏している疑いがあったり、生徒の中に、何人も銀河連邦の捜査関係者がいたり、オレが、いまいるこのセカイは、いったいどうなってるんだ?


 ここまで聞かされた話しを完全に理解できた、と言いきる程の自信はないのだが、それでも、まだまだ気になることはある。


「なあ、オレの認識では昨日まで存在していたセカイには、どうして移動できなくなってしまったんだ? その行動制限は、オレだけに起こっていることなのか? それに、『ラディカル』とやらのグループが、セカイを統合しようとしているのは、なんのためなんだ?」


 立て続けに質問を投げかけると、これで、ようやく本題に入れる、と感じたのだろうか、親友の姿をしたゲルブは、あらためて、オレの方に向き直り、難解な内容を問いかけてきた。


「キミは、エヴェレット解釈とコペンハーゲン解釈をどう理解している?」


 はっ? いま、なんと言った?

 エヴァンゲリオンとオッペンハイマー?

 それは、人によって解釈や評価が分かれるたぐいのモノなのか?


 いや、たしかに、語感からして、さまざまな見解が聞こえてきそうな単語ではあるが……。


 困惑するオレの表情を眺めながら、親友の姿をした捜査官は、あきれたようにつぶやく。


「あっ、無理にボケようとしなくても良いよ。どうやら、1ミリも理解していないって表情だしね……ボクらのセカイじゃ、量子力学の一般的教養として、中学校の物理の教科書に載ってるレベルのお話しなんだけど……」


 リョウシリキガク?

 耳にしたことがあるような単語だという気はするが、少なくともオレが住むセカイでは、高校までの物理の授業で習ったりする内容ではない。

 それにしても、ゲルブの住んでいるセカイでは、中学生から理科の科目が細分化されて教育されるんだろうか?


 理解できないことばかりで、当惑するオレを見かねたのか、年長者(と思われる)ブルームが、フォローをしてくれた。


「難しい話しをおいておくと、この世に並行世界や多元世界は存在するのか? 存在するとすれば、他のセカイをどのように解釈すれば良いのか、ということでもあるんだけど……この部分で、私たち銀河連邦政府と『ラディカル』のメンバーたちとでは、解釈が異なっているの」


 小難しい話しを飛ばして簡略化してくれた上級生女子のあとを継いで、ゲルブが解説を続ける。


「ボクらは、自分たちと異なる価値観を持った並行世界であっても、互いの干渉を最小限に留めつつ、共存していこうと考えているだけど……『ラディカル』を自称する一派は、並行世界が自分たちのセカイを侵食・侵略する脅威を唱えて、自分たちが滅ぼされる前に、他のセカイを抹消・併合して、に統一しようと考えているんだ」


「じゃあ、今朝から世界中で起きている謎の現象は、やっぱり、『ラディカル』の連中の仕業なんだな? そして、オレが、他のセカイに移動できなくったのも……」


「そうだね……いま、キミやボクたちも含めて、『トリッパー』が並行世界をに移動できなくなったのは、彼らがインターネットで言うところのリンク機能を強制的に切断しているような状態なんだ」


「それで、オレたちは、ネットワーク接続なしのローカルエリア状態に活動が制限されてるって訳か?」


「うん……ただ、今回のこの現象は、彼らにとっても、試験的段階というかデモンストレーションのようなモノらしい。このセカイに人々が違和感なく馴染めば、『ラディカル』のようなセカイ統合派の言い分に同調する人間が増えるだろう、と彼らは考えているみたいなんだ」


 なるほど……。

 最初は、まったく耳慣れない単語が出てきたことと、ゲルブたちの住む世界との情報格差に絶望しそうになったが、後半の簡略化された説明で、大まかな内容は把握できた気がする。


 それでも――――――。


 部室を訪れてからの情報の洪水に、いい加減、オレの脳は、オーバーフローを起こしかけている。


 世界中で起きている不可解な現象とオレ自身の特殊な能力のこと。

 友人や先輩たちが並行世界からやってきた捜査官を名乗っていること。

 校内に過激派が潜伏し、オレだけでなく三葉みつばたちが狙われていること。


 そして、『ラディカル』と名乗る彼ら過激派が目指すセカイ統合の目的。

 そんな解説が、延々と続いたとすれば……。


 オレが、SF小説やコミックを読む立場なら、


「世界観の説明はもう理解わかったから、いい加減、次の話しの展開に移りやがれ!」


と、思い始めている頃だ。

 

 そんなオレの考えが……あるいは、脳から全身に感染する疲労感が伝わったのか、ブルームが、こちらをねぎらうように語りかける。


「ちょっと、一方的に話しをしすぎてしまったかも知れないわね。いまの状況を玄野くろのくんなりに整理して、これから、どう行動すべきか考えてちょうだい」


 その口調は、穏やかなモノで、いつも後輩であるオレたちを優しくさと桜花おうか先輩を思わせるモノだった。

 

 そんな彼女との部活動の様々な思い出がよみがえり、感慨に浸っていた刹那――――――。


 ♪ トゥルトゥ・トゥルトゥ・トゥルトゥ・トゥルルン

 

 ゲルブの持つスマホのような端末に、聞き慣れた通話の着信音が鳴り響く。

 

 すぐさま応答したその表情が、「なんだって……!?」と、つぶやいた瞬間に曇るのをオレとブルームは見逃さなかった。

 そして、険しい表情のゲルブは、オレたちに向かって、語りかける。


「ゴメンよ、玄野雄司くろのゆうじ……じっくり今後のことを考えて……みたいに、あまり、悠長なことは言ってられないみたいだ」

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