第43話 女の悲鳴

 最初のカーブを曲がり、山荘から完全に死角に入ったところで、崖下から揉み合っているような物音が聞こえた。だが、気のせいだろうと直樹はそのまま走り続けた。

 その直後、山中に女性の悲鳴が響き渡ったのだった。


 直樹なおきは反射的に足を止め、辺りを窺った。

 あおいだろうか、莉奈りなだろうか。今の声だけでは判別がつかない。

 直樹は慌てて崖の縁に駆け寄り、葵の様子を確かめようと身を乗り出したその時だ。


 頭上から二本の小さな腕がにゅるりと降りてきて、小さな手で直樹の目を覆ったのだ。


「うわぁっ!」


 直樹がその場に腰を抜かすと、あの子は地面に降り立って、直樹の周りを楽しそうにくるくると回り始めた。



『みぃつけた。みぃつけた』



 直樹ははらわたが煮えくり返るような思いだった。


 だが、待てよ。ここにあの子がいるということは、つい先ほど聞こえた女の悲鳴はこの子と遭遇したことによるものではない、ということになるのではないか。それとも、わずか数十秒の間に二人とも捕まってしまったのだろうか。そうであるなら、今頃、葵は……。


 直樹があれこれ考えを巡らしている最中、あの子が視界から消えた。


『おぉにごっこ、しぃましょ』


 見れば、相も変わらず調子はずれに歌って山荘へと向かっていく。

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