従者の悩み

「はぁぁぁ……」


 一つ、大きなため息をつく。

 お嬢様はなんともないと言っていたけれど、やはり、今までの分のツケが回ってきているのか体調は優れてはいなさそうだった。

 無理もない、一人でこの屋敷……蒼葉の一族が集め続けた曰く付きの魔導書の解読と研究をしているのだから。

 常人なら数冊も読めば発狂するような代物を6年間かかさずに研究し続けている。

 それはもう、一種の狂気だ。

 お嬢様は自分の一族、それも遥過去の人物がこの町に超自然存在を呼ぶ原因となったことにひどく責任を感じているようで、その自責の念から今夜のようなことを度々やっている。

 正直、私的にはそんなことは忘れて静かに暮らしていただきたいのが本心だ。

 お嬢様は何も悪くないのになぜ苦しまなきゃいけない? 6年前のあの日からずっとお嬢様は苦しみ続けている。

 自身を犠牲にしてでも超自然存在達をこの町にはびこらせないために、誰もが平穏な日々を送れるようにと。

 なのに……なのに私はろくにお嬢様の力になれていない。

 戦闘においても、サポートに関してもそうだ。

 何一つ私は力になれていない、それがひどく悔しくてたまらない! 

 あぁ、クソ、嘆いたところで何が変わる! 

 今はそれよりも頼まれた情報収集の手配だ。

 と言ってもこの屋敷の地下に行くだけなのだが……




 地下書庫から出た廊下すぐを右に曲がって進むその先に目的の場所はある。

『グレンの部屋』とプレートがかけられたドアをノックして部屋に入る。


「なんだよこんな時間に?」


「仕事の依頼ですよ、お嬢様から頼まれました」


「ん、お嬢から? なんて?」


「赤いスーツで長い長髪、前髪に赤いメッシュが入った女性を探して欲しいそうです。それにしてもグレン、少しは部屋を片したらどうですか? 流石に汚すぎますよ」


「兄貴はわかってないなぁ、これが一番やりやすいんだよ。で赤スーツの女だっけ? 探しとくよ、ただ照合させる量が量だからな結構時間かるぞ?」

「どれくらいですか?」


「んー自動化させてるとはいえ町中の画像データにアクセスするのと対象の女一人探すのだと、調子良くても1週間はかかるかな」


「わかりました、明日お嬢様に伝えておきます」


「あいよ、兄貴はこの後いつも通りトレーニングルームいくの?」


「ええ、そうですが」


「飽きないねぇ、兄貴はいっくらやったってヴァレットみたいな筋肉ムキムキのマッチョマンにはなれねえよ。そういう体質なのはわかってんだろう?」


「うるさいですね、何もしないでいるよりはいいんですよ!」


「ふーん、何? アキルの力になれないのが悔しかったりすんの?」


「ッ!」


「図星かよ、そこまで気にするようなことでもないと思うけどねぇ」


「気にしますよ! この屋敷に住んでいるメンバーで一番役に立っていないのは私なんですから!」


「ええーけどよ養父オヤジだって執事やってるだけだろう、お前と変わらないじゃんか?」


「トマスさんは私なんかより仕事の効率もいいしそれに出来もいいんですよ! それに比べたら私なんて……」


 自分で言っていて嫌になる。

 そうだ、私はこの屋敷で一番の役立たずなんだ……


「自己嫌悪するのも構わねえけどよ、もし本当にアキルが兄貴のことを役立たずだと思っているなら等にクビになってるだろうよ、それに……」


「それに?」


「いや、今のは忘れてくれ、口が滑った。まぁ兄貴はなんやかんやアキルに頼られてるんだよ。少しは自信持てって」


「……それもそうですね。うだうだ言っていても何も変わりませんからね! それじゃあ早速トレーニングルームに行ってきます」


「おう、その調子だ」


 そうだうだうだ悩んだところで変わらないんだ、だったら日々の精進を欠かさないで行こう。

 心持はとうに決まっているのだ。

 この身が果てるまでお嬢様に尽くすそれが、クリス・フォスターだ!

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