第53話 英雄の少女
「――――ハーフエルフだ」
その声が響き渡った瞬間、場には独特の緊張感が走った。
ハーフエルフ。
それはエルフの血を持ちながら、一族としては認められていない存在。
後ろ盾を持たない彼らは、その美貌と特殊な魔力を目的に、一部の愛好家や研究者から狙われることが多々あった。
その際、彼らのそばにいた者は口封じに殺される。
そんな事件が積み重なった結果、いつしかハーフエルフは災厄の象徴と呼ばれるようになり――彼らに近づく者はいなくなっていった。
――そしてそれは、異種族への差別行為が禁じられているこの国であっても例外ではない。
決してこの場にいる全員が、ハーフエルフを嫌悪しているわけではない。
それでも自分たちの身を思えば、近づくことも、好意を見せることすら許されない。
にもかかわらず、その当人が冒険者として自分たちを救おうとしている。
この緊張感は、そういった事情から生まれたものだった。
市民たちは気まずさから逃げるように、それぞれの顔を見合わせる。
「間違いない、ハーフエルフだ」
「あ、ああ。けど何で、ハーフエルフが俺たちを守ってくれてるんだ? てっきり俺たちは恨まれてるとばかり……」
「というか、このまま彼女に任せていいのか? 後から変な言いがかりをつけられるのは御免だぞ!」
人族より優れた聴覚で彼らの言葉を聞き、イネスは思わず苦い笑みを浮かべた。
(やっぱり、こうなるよね……)
自分が彼らを守るために動いたとしても、彼らはそれを望まない。
そんなことは初めから分かっていた。
これまでも、これからも、ずっとそうだったからだ。
だけど――
「だけど、退くつもりはないよ」
たとえ彼らからは望まれなかったとしても。
今のイネスにはもう一つ、戦う理由があった。
そう。
ここまで自分を育ててくれたシモンに対し、成長を証明するという――
「がんばって、イネスさん!」
――その時、ふと、そんな声が響いた。
「……えっ?」
想像もしていなかった言葉に、理解が一瞬だけ遅れる。
イネスは咄嗟に振り返り、そして見た。
まだ幼い少女――ミアが、懸命に勇気を振り絞りながらそう叫んでいるのを。
「ミア、ちゃん……?」
その呼びかけに応じるように、ミアは再び声を張り上げる。
「頑張ってください! イネスさんなら絶対に大丈夫です!」
幼い少女が紡ぐ、何より大きな言葉。
そんな彼女に続き、隣にいるミアの父親――イネスたちが滞在している宿の店主が叫ぶ。
「そうだそうだ! うちの飯を食ってんだから、この程度の相手に負けるなんて言うなよ! ぶっ飛ばしてやれ!」
ミアに続き、体を揺さぶるほどの力強い声。
2人を皮切りに、声援の量が一気に増していく。
「そ、そうだ! 種族なんて関係ない! あの子は命をかけて俺たちを守ってくれてるんだ! 応援くらいで躊躇してたまるか!」
「がんばってー! お願いー!」
「ソイツをやっつけてくれー!」
響き渡る声援の数々。
それを受けたイネスは、今度こそ本当の笑みを零した。
「は、ははっ……これはさすがに、ちょっと想定外かな」
これまでどこに行っても、差別と侮蔑を向けられてきた。
声援に背中を押してもらったのなんて、これが初めてだ。
いつの日か、シモンが言っていたことを思い出す。
誰も彼もが差別意識を持っているわけじゃない。他人の評価よりも、自分の見たことを信じようとする者もいるはずだと。
それは本当だった。
胸の奥から沸き上がる、この暖かい感情が何よりの証明だ。
そしてもう一度、このきっかけを作ってくれた少女からの声が届く。
「頑張って、イネスさん! あなたなら、きっと勝てる!」
「ミアちゃん……ありがとう!」
その言葉に勇気づけられ、イネスは再び覚悟を新たにする。
『■■■ゥゥゥ』
ルイン・ドレイクに視線を戻すと、ヤツは再び口内に魔力を溜め始めていた。
仮面が破壊された今、もう一度同じブレスを耐えきることはできないだろう。
それでも今、イネスに恐怖や焦りはなかった。
(あの部位なら……行けるかもしれない!)
先ほどまでの戦闘にて、イネスはルイン・ドレイクが喉元の部位を特に守っていることに気付いていた。
それは竜種の最大の弱点と言われる、逆鱗。
イネスにもともと知識があったわけではないが、【共鳴】の効果によって見事に見抜いていた。
しかし、ただ弓を放っただけでは、トドメを刺すことはできないだろう。
そこでイネスは、矢の代わりに【錬魔の短剣】を使うことを決意する。
「これが、最後のチャンス!」
短剣に魔力を注ぎ込み、刀身を限界まで伸ばす。
同時に、切れ味と威力も最大限まで高める。
(魔力切れになってもいい。この一撃に、全てを賭けるんだ……!)
限界ギリギリまで魔力を注いだことにより、刀身が眩い輝きを放つ。
それと同時に、ルイン・ドレイクの溜めも終了した。
そしてとうとう、最後の攻防が始まる。
『■■■■■■ォォォォォオオオオオオオオ!!!』
大地を揺るがすほどの咆哮とともに放たれる、特大のブレス。
イネスは今度こそ、それを真正面から迎え撃つ。
「いっ、けぇぇぇえええええ!!!」
そうして放たれる、純白に輝く光速の刃。
巨大な一本の矢と化したその一撃は、ブレスを真っ向から打ち破り、そのままルイン・ドレイクの逆鱗へと突き刺さる。
短剣は竜の体を貫き、心臓を捉えた。
『■、■■■ォォォォォ』
ルイン・ドレイクは絶命し、巨体から力が抜けていく。
最後の攻防は、ほんの一瞬で決着がついた。
――勝ったのは、イネス。
「はぁ……はぁ……や、やった……」
イネスは、それを見届けると同時に膝をついた。
緊張の糸が切れたのか、彼女の体から力が抜けていく。
しかし、その時だった。
「「「うぉぉぉおおお! 倒したぞおおおおお!」」」
周囲から、大きな歓声が沸き起こる。
人々がイネスの活躍を称えているのだ。
「イネスさん!」
「っ、ミアちゃん……」
その中でもミアは、目に涙を溜めながらイネスの元に駆け寄ってくる。
イネスはミアを抱きしめながら、改めてこの光景を見渡す。
ハーフエルフであろうと、イネスが人々を救ったことに変わりはない。
偏見を乗り越え、イネスを英雄として迎え入れる者たちがいた。
それがどれほど、彼女の心を救ったことだろうか。
イネスは空を見上げながら、このきっかけをくれた彼を思う。
「やったよ、シモン……」
かくして、ここに一人の英雄が誕生し――
――それでもまだ、物語は終わらない。
◇◆◇
「どうやら、向こうは上手くいったみたいだな」
城壁の上をゆったりと歩きながら、彼――シンは小さく呟く。
ステータスの上昇によって強化された彼の視力は、イネスがルイン・ドレイクを討伐し、人々から称賛されている様子をしかと捉えていた。
そんな彼女を見て、シンは改めて決意を固める。
「……それじゃ、俺もそろそろ前に進むとするか」
街の中で生まれた1人の英雄。
それによって人々は歓喜する。
だが、彼らは知らない。
時を同じくして、門の外に生まれたもう1人の英雄――否、覇王。
彼によって繰り広げられる、もう1つの物語。
この世界の最前線で戦うトップ冒険者たちが衝撃と恐怖――そして絶望すら覚えるほどの、圧倒的な蹂躙劇を。
――――――――――――――――――――――
次回、無双回です。
乞うご期待ください!
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