第50話 急襲
「――俺が、今から教えてやる」
圧倒的強者から下された死刑宣告。
それを受けたフールは、震えて声を出すこともできなかった。
(……これじゃ話にならないな)
シモンは怪訝そうに眉をひそめた後、一時的にオーラの拡散を解く。
フールはこれまで緊張により呼吸もできていなかったようで、「はあっ、はあっ」と慌てて酸素を取り込み始めた。
そんなフールに向け、戸惑うことなくシモンは尋ねる。
「それで、お前は誰だ? 何のつもりで俺を襲った?」
そう告げるシモンの目には、何かを警戒する色が浮かんでいた。
そう。それはまるで、
――だが、それを受けてフールは勘違いした。
シモンが警戒しているのは、他ならぬ自分であると。
(なんだ、コイツの目は? 俺様を警戒しているのか?)
一度間違った方向に進んだ思考は、簡単には元の道に戻らない。
(そりゃそうだ! コイツのレベルは50にも満たねぇんだし、素であんな威力を出せるわけがねぇ! 恐らく今のはマジックアイテムか何かによるもので、一度限りの効果だったんだろう。
その結果、明後日の結論にたどり着いたフールは、緊張から解放された高揚感もあいまり、得意げな表情を浮かべたまま声を張り上げた。
「黙れ! テメェみたいな雑魚が、調子に乗るんじゃねぇ!」
そのままフールは、重い体を起き上がらせる。
ダメージは重いが、体を動かせない程ではない。
フールは沸きあがるアドレナリンに突き動かされるまま、シモンへ追及を始める。
「馬鹿なテメェでも思い出せるよう、一度だけ教えてやる! テメェは以前、ギルドでこの俺様の申し出に応じなかったどころか、生意気にも敵意を向けてきやがった! 忘れたとは言わせねぇぞ!」
「………………ああ、あの時のか」
しばしの沈黙の末、ようやく得心のいったシモンが小さく頷いた。
とはいえ、あくまで理解できたのは男とどこで遭遇していたかという事実のみ。
こんな風に殺意を向けられるほどのものとは、とてもじゃないが思えない。
「……で、
「
そう思っての問いだったが、フールは眉間にしわを寄せた。
そして、必死に怒りを抑えた震える声で告げる。
「テメェは雑魚の分際で、この俺様に逆らった……それだけで、ブッ殺すにゃ十分すぎる理由だろうが!!!」
フールの中で、それは絶対の事実のようだった。
シモンは内心で呆れながらも、目の前の男をどう処分するか思考する。
その直後だった。
フールが、シモンをわずかとはいえ動揺させる言葉を放ったのは。
「そんでテメェの次は、あのフード姿の女だ! 俺様に敵対する奴は、片っ端からぶっ殺してやる!」
「……なんだと?」
ピタリと、シモンの動きが止まった。
「……アイツも、お前に何かしたって言うのか?」
ニヤリと、フールが笑う。
「あぁん? そりゃ当然。知ってるんだぜ、あの女のサポートを受けてお前がAランクダンジョンを攻略していたことは。その結果、テメェは雑魚の分際でのさばることとなった。さっき俺様にダメージを与えたのも、大方どこかの攻略報酬で入手したマジックアイテムでだろ? あの女は雑魚をのさばらせ、あろうことか俺様に反抗する力まで与えた……そりゃもう万死に値するってもんよ!」
「……そうか」
これ以上の会話は不要。
そう理解したシモンが行動を起こそうとした、次の瞬間だった。
『■■■■■■ォォォオオオオオ!』
突如として、辺り一面を揺らすほどの雄叫びが鳴り響いた。
「――――」
「ッ、なんだ!?」
シモンとフールが、同時に上空を見上げる。
そこには巨大な両翼を羽ばたかせる、一体の魔物――竜がいた。
全身は頑強な黒い鱗で覆われ、纏うオーラは通常の魔物とは比較にならない。
そんな巨体の影が、2人を同時に呑み込んだ。
――――――――――――――
【ルイン・ドレイク】
・レベル:2000
・ダンジョンボス:【破滅の大地】
――――――――――――――
それを見た瞬間、真っ先に声を張り上げたのはフールだった。
「馬鹿な! レベル2000だと!? なんでそんな魔物がここに……最前線の奴らは何をやっているんだ!」
驚きと恐怖に困惑するフール。
すると、そのタイミングで最前線からの通信魔法が届く。
『すまない! 【破滅の大地】のダンジョンボスに防衛戦を突破された! 第6、第7班はソイツが町に入らないよう、なんとか食い止めてくれ!』
そうして下される無理難題。
フールの脳内では、もはやシモンを殺すどうこうの話ではなくなっていた。
「ふざけるな! こんな奴と戦ってたまるか! 俺様は今すぐここから逃げ――」
刹那、ルイン・ドレイクが持つ金色の双眸が、ギロリとフールを睨んだ。
「ひぃっ!」
悲鳴を上げながら、その場に尻もちをつくフール。
その隙を逃すSランク魔物ではなかった。
ルイン・ドレイクは口の中に、一瞬で高密度の魔力火炎を溜める。
「ま、待て! くそっ! そもそも他の奴らは、何をやって……っ!」
視線を奥にやったフールは、ここでようやく気付く。
離れたところで足止めを買っていた部下の3人が、すでにルイン・ドレイクの攻撃によって朽ち果てていることを。
先の咆哮は、彼らへ攻撃を放つためのものだったのだ。
『■■■■■■ァァァアアアアア!』
そしてルイン・ドレイクはとうとう、フール目掛けて勢いよく火炎を解き放つ。
「ふざけるな! この俺様が、こんなところで――」
それ以上、フールが言葉を紡ぐことはなかった。
高温の火炎に呑み込まれたフールはしばらくの間もがいたのち、燃やし尽くされた体をその場に倒す。
その様子を最後まで見届けたシモンは、小さく息を吐いた。
「……わざわざ、俺が手を下すまでもなかったか」
そのまま上空を見上げる。
ルイン・ドレイクは、戦うべき相手とそうでない相手を判断したのだろう。
シモンには手を出すことなく、そのまま城門を超えて町の中に入っていく。
悲鳴と狂乱が、町中に広がろうとしていた。
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