第120話 王家の秘宝
ファヌス大森林、森の民の集落の奥にある『世界樹』の前。
森の民の長ウィードの体を操るニコラ博士とメントフ王国の王太子ユリウス。
予想だにしない二人が対峙する構図が生まれた。
一方は、血気盛んに
二人の間に、何か因縁があるのだけは予想がついたが、それよりもユリウスの様子に、レイヴンは驚いた。
長い付き合いとは決して言えないまでも、ここまで、殺気立った顔をしている彼を見るのは初めてのこと。
これまで、どこか落ち着いたイメージを持っていたのだが、その印象とは大きく異なるのだ。
一体、何がこれほどまでに彼に怒りの感情を抱かせているのだろうか?
不思議でならないのと同時に、興味がむしょうに尽きない。
とはいえ、今は緊急事態。
ニコラ博士が、呼び寄せた『
動揺を隠せない森の民の少女のためにも、早急に何か手を打たなければならないのだ。
「ユリウス、悪いが時間をかけている暇はないぞ」
「こちらも元より、時間をかけるつもりはない」
南の大国の王太子は、
いつも付き人として、ユリウスの周りにいたホリフィールドたちは、いまだ後方に控えていた。
主人が戦意を向けているのに、家臣が動かないのは、予め二人で決着をつけると言い含められているのだろう。
とすると、ユリウスは初めから、このファヌス大森林の出来事にニコラ博士が関与していると知っていたことになる。
どんな会話が飛び出すのか、二人の言動に目が離せない。
「坊ちゃん、久しぶりの会ったというのに、刃を向けられるとは悲しい話だネ」
「だまれ、貴様に親しく話しかけられる謂れはない」
ニコラ博士は、相手の剣幕をいなすように、肩をすくめるのと同時に両手を両肩の高さまで上げた。
ユリウスの心情を、一層逆なでにするのだ。
「私はお前の戯言に付き合っている暇はない。本体は、今、どこにいる?」
「そんな睨まないでほしいものだネ。・・・そんな恨みを買った覚えはないのだが・・」
その言葉がユリウスの逆鱗に触れる。彼の怒りは、更にヒートアップし、怒気を孕んだ声で、すぐに応じた。
「よくも我が王家に伝わる秘宝『ヘカテーの鏡』を盗んでおいて、恨みを買っていないなどと言えたものだな」
「ああ、あれは盗んだわけではないヨ。坊ちゃん、アナタの教育係をした報酬ですヨ」
「そんな約束は、一切していない」
まさしく見解の相違同士がぶつかり合っている。もっとも秘宝とまで呼ぶものを、おいそれと人に与える訳がないため、ユリウスの言の方が正しいとは思うが・・・
状況整理のために、レイヴンは一つ、質問をした。
「その『ヘカテーの鏡』とやら、今の状況と関係するのか?」
「ああ、鏡を通して、遠くにいる疎通を持った相手に力を与えることができる。場合によっては、体を操る事もできるはずだ」
ユリウスの説明だと、今のウィードに起きている現象がその『ヘカテーの鏡』によるものという事になる。
人の体を操る道具とは、とんでもない能力だ。まさに王家に秘宝と呼ぶのにふさわしい。
メントフ王国としては、どんな事をしても取り返したいと考えるのは、当たり前だと思えた。
「楽しいおしゃべりは、ここまでにして、そろそろご退場いただきたいですナ」
「『ヘカテーの鏡』を返すというのであれば、いつでも退場してやる」
ユリウスの言葉に対しての返答はない。代わりにニコラ博士は、武力行使に出て来た。
取囲んでいた『
本来の調子ではないとはいえ、アンナの『
こうなれば、一戦、交えるしかないのか?
自分の意思なき森の民たちを・・・特にサディを傷つけることは、絶対に避けたい。
その想いが誰よりも強いアンナは、必死に『
「カーリィ!紐で結界を作ってくれ」
打つ手が見つからないレイヴンは、ひとまず砂漠の民、族長の娘に指示を出す。
カーリィの白い紐には、もちろん、結界を造る能力は備わっていないが、ようは境界を作って侵入を少しでも妨害する狙いだ。
レイヴンの意を汲んだセルリアンブルーの瞳を持つ美しい女性は、四方に白い紐を飛ばす。
『
多少の気休めでもいい。その間にニコラ博士に操られているウィードを、正気に戻す方法を考えるのだ。
「相手と疎通を持つためには、何か特別な事をしているのか?」
『ヘカテーの鏡』の原理を、まだ、よく理解していないレイヴンはユリウスに問いかける。
「何かキーになる
お互い認識し合えるものなら、何でもいいようだ。何とも便利な代物だが、この場合・・・
レイヴンは、嫌な予感に見舞われる。
「まさか、その
「クックック・・・察しがいいネ。そう、この体に埋め込んでいる『
少々、絶望的な気分になった。ウィードの胸の辺りが、紫色に光っているため、『
しかし、肌の表面にある訳ではないのだ。
簡単に取り除くことはできやしない。
「『世界樹』同様、この男を破壊するというのなら、『
ニコラ博士の言う通りだった。だが、破壊するという事は即ち、ウィードの命を奪う事を意味した。
『世界樹』に対しては、即決できたレイヴンも、さすがにその決断は下せない。
一人の命と仲間全員の命・・・
分かっているが、そんなの天秤にはかけたくないのだ。
時間の経過とともに、カーリィの白い紐は破られ、次第にレイヴンたちを取囲む『
「クックック。ジワジワと首を絞めるというのも、なかなか乙なものですネ」
狂った科学者は、自分の有利を自覚して悦に入る。
迫り来る意思なき同胞の姿。何より生前、優しく接してくれていた姉の見る影のない姿にアンナは心を痛めた。
思わず、『鉄笛』から口を離して、叫んでしまう。
「姉さん!」
もちろん、その間、彼女のスキル『
感情の爆発から、『
ついに覚悟を決めたのかアンナは、がっくりと地面に膝をつく。
むせび泣く彼女を、責めることは誰にもできなかった。
「ここまでか・・・」
考えに考えぬいたが、最善の解に辿り着かない。やはり、ウィードを討つしかないようだ。
レイヴンは、別に不殺をモットーとしているわけではない。
これまで、悪党と呼ばれる者たちや、自身に殺意を向けてくる相手には容赦ない行動をとってきた。
だが、今回ばかりは、不本意な殺生に手を染めなければならなくなる。
『
覚悟を決めたのならば、迷いが出る前に行動した方がいい。
しかし、レイヴンが、一歩、足を踏み出そうとした時、不意にカーリィから声をかけられた。
「待って・・・なんか変よ」
彼女が指摘したのは、『
確かに様子がおかしい。先ほどまで、活発に動いていたのに、今は完全に動きが止まっているのだ。
一瞬、ウィードが目を覚ましたのかと思ったが、ニコラ博士は怪訝な表情をしているものの、支配権までは失っていない様子。
では、何が起きているのか?
その答えは、すぐに見つかる。
やや遅れて辺りを大きな
この肌を突き刺すような空気、雰囲気はレイヴンをはじめとした大半の仲間に覚えある。
それは『砂漠の神殿』で、同じ圧力を体験していたからだ。
「ミューズ、何しに来やがった?」
レイヴンの言葉通り、突如として、ファヌス大森林に黒き魔女が降臨したのである。
彼女のスキル『
悠然と歩を進めるミューズは、息子の問いには応えようとしない。そのまま、ゆっくりとニコラ博士に向かって歩いて行った。
迎える狂った科学者は、驚きの表情で彼女を見つめる。
『海の神殿』では、戦闘に介入しようとしなかった彼女が、何の目的でこの地に現れたのか?
その真意は誰も分からないのだった。
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