第36話 砂嵐の中

出発の儀で、盛大に盛り上がった昨日。

ミラージの街は、翌日もその余韻が続いていた。


自分達の運命を託す『精鎮の巫女』カーリィを見送るために、街の出入口近くには人だかりができている。

その一番先頭にいるのは、族長のロンメルだ。

レイヴンたち一行と一人一人、固い握手を交わすと、最後、娘と強く抱きしめ合った。


「この重責に立ち向かうお前を誇りに思う。ただ、・・・全てを任せることになり、すまない気持ちでいっぱいだ」

「いえ、誰かがやらねばならぬ事。お父さまが気に病む必要はありません」


ロンメルは、そんな強い気持ちと優しい心を持った娘を愛おしく思う。抱きしめる手に力がこもった。


どうやら、娘も同行してくれるレイヴンという青年も、精鎮の儀式からの生還を諦めてはいない。その事には、ロンメルも勘付いている。


ただ、口に出す勇気がなかった。

今まで、精鎮の儀式を行って生きて帰って来た者はいない。


三日間かけて、サラマンドラの霊力を中和することまでは知られているが、どうして『精鎮の巫女』の命が尽きるのか、その理由までは解明されていないのだ。


死因が、その儀式ごとに変わっているのが、その謎をますます深めている。

いつも同じであれば、そこから原理を追うことも出来るのだが・・・


だが、結局、「生きて帰って来い」と言い出せないのは、変な期待、希望を持った時のしっぺ返しが怖いのだと、ロンメルは自覚していた。


『砂漠の荒鷲』とも呼ばれた男が、情けないとあざけられるかもしれないが、娘を失う覚悟を何度も固めることは出来ない。


昨日の花嫁姿の笑顔。今、抱きしめた温もり。

それを明日も明後日も見られる、感じられると思い、裏切られた時・・・ロンメルは気持ちを正常に保っていられる自信がなかった。


これは、過去、『精鎮の巫女』を送り出した人の全てが抱く感情。

それは、ヘダン族の族長という立場の人間でも例外ではないのだ。


心に蓋をしようとするロンメルだったが、出発のため娘を呼びにやって来た黒髪緋眼くろかみひのめの青年が、そんなロンメルの心情を射抜く。


「正直、カーリィを生きて戻す約束は俺にも出来ない。だから、信じろ、期待しろとは口が裂けても言えないが・・・あんたは、とりあえず娘の無事だけを祈っていてくれ」

「祈る・・・そうか」


これから困難に挑む娘の何の助力にもならないかもしれないが、残された人たちが彼女のために出来ることは、二度と会えない覚悟を持つ事ではない。

遠くからでも、その無事を祈る事。


そんな当たり前の事すら、考えが及ばないとは・・・

ロンメルは、己の不明を恥じるとともに、レイヴンに対して、敬意を込めた眼差しを送る。


「分かった。娘を頼んだぞ・・・婿殿」

「・・・いや、だから、それは」


ロンメルの最後の言葉を否定しようとすると、メラとアンナに急かされた。


「急ぎませんと、日没までに『砂漠の神殿』に辿り着きません」

「その論争は、戻ってからでもゆっくりできますよ」


仕方なく、レイヴンとカーリィはロンメルの前を辞して、旅立つことにする。

街の人々の盛大な見送りの中、一行は砂漠の街ミラージを後にするのだった。



ミラージの街を南下するとすぐに砂嵐と出会う。砂塵が空高く舞い上がり、砂の壁以外の景色が見えなくなった。

これは出直した方がいいのではないかとレイヴンが思うほどの状況だったが、カーリィやメラに言わせると、ミラージから南のダネス砂漠では、これが当たり前なのだと言う。


しかし、この中を歩くのは無謀。自分が歩いている方角すら分からなくなるのではないかと思われた。

そこで、メラがある道具を取り出す。

それは特殊な方位磁石だった。


通常、方位磁石の指針は北を指すのだが、メラが持つ方位磁石は違う。

常に『砂漠の神殿』がある方角を指すというのだ。


詳しい事は分からないが、『砂漠の神殿』から送られる波動にのみ反応するらしく、歴代の『精鎮の巫女』の従者へ引き継がれてきた貴重な道具との事。


似たような道具を森の民も持っているとアンナが証言する。

そのため、『森の神殿』や『砂漠の神殿』のような古代遺跡には、得体の知れないエネルギーが存在するのだろうとレイヴンは考えた。


とにかく頼りになるのは、その方位磁石しかないため、一行は離れ離れにならないよう、一つの塊りとなって、砂嵐の中を突き進んだ。


「こんな所で、モンスターに出くわしたら大変だな」

「大丈夫です。この中で生活できる生き物は、そういませんから・・・滅多に出くわす事はありません」


方位磁石を手に先頭を歩くメラが説明する。確かにモンスターが住み着いても餌となる生物がいないのでは、生きていくことができないだろう。

その言葉に安心するのだが、耳のいいアンナが身を強張らせた。


「どうした?」

「・・・何か、地を這うような音が聞こえます」


割とレイヴンも耳には自信がある。アンナが示す方向に集中して、耳を澄ました。

すると何の音か分からないが、確かに何か物体が移動しているような音が聞こえる。


「何かいるぞ」

「・・・まさか?」


メラが動揺するところを見ると、稀にしか起きない滅多に出くわしたようだ。

警戒したレイヴンは、僅かに敵影が見えた左前方に壁を建てる。


サンドウォームの動きを封じた強固な壁だ。

その壁から大きな衝撃音が聞こえると、強烈な一撃によって、ヒビが入った様子。


「耐えられないのか?」


レイヴンの叫びと同時くらいに壁に大きな穴が開き、そこから巨大なはさみが見えた。

どう見てもモンスターの体の一部である。


「や、やっぱり、大蠍デスストライカーです」


巨大な体に固い外殻。そして、その尻尾には殺傷能力が高い毒を持っているという砂漠の王者。ダネス砂漠で、一番出会いたくない化物だ。


しかもレイヴンが用意した壁を破壊してみせたように、サンドウォームよりもパワーがある事まで証明する。

この視界が悪い中、戦う事は避けるべき相手だ。


「メラ、遺跡の方角はどっちだ?」

「私が指をさす方向です。向かって、真っすぐ」

「みんな、覚えたな」


とにかく今は、『砂漠の神殿』に向かって全力で走って、逃げるしかない。

その間、レイヴンはデスストライカーを足止めするため、何重も壁を用意するつもりでいた。


「それじゃあ、みんな、走れ!」


その合図とともに、カーリィ、メラ、アンナが一斉に走り出す。女性全員を逃がしたレイヴンは、一人、残って大蠍の怪物と対峙した。


「悪いが、ここから先は簡単に進めると思うなよ」


早速、両者の間に壁を建てる。デスストライカーも難なくその壁を破壊するのだが、レイヴンは『買うパーチャス』で、新しい壁を用意しつつ、破壊エネルギーの『返品リターン』をお見舞いする。


それを繰り返すうちに、デスストライカーの追って来る動きが鈍ってきた。

このチャンスを逃すまいと、ありったけの壁をデスストライカーの前に用意して、レイヴンは逃げの一手を決め込んだ。


そのまま、走り抜けると砂嵐自体も突き抜けて、一気に目の前の視界が開ける。

そこには、大きく存在感がある『砂漠の神殿』が、そびえ立っていた。


ホッとするのも束の間、他の仲間たちをレイヴンは探す。

その時、逆にレイヴンの方から声をかけられた。


「無事だったのね、良かった」


それはカーリィとメラだった。そして、レイヴンが一人だと知ると、ショックを受ける。


「アンナは、一緒じゃないのね?」

「いないのか?」


カーリィとメラが暗い表情で頷いた。

レイヴンは、振り返り、今、走り抜けてきたばかりの砂嵐を呆然と見送るのだった。

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