第33話 砂漠の街ミラージ

いつもの時刻となり、レイヴン一行は、ヘダン族の街ミラージへ向かい再出発した。


コテージでカーリィから受けた相談だが、今は考えがまとまらない。

レイヴンは、正直にそのことを告げて、儀式までに何かいい方法がないか考えると伝えた。


それにはアンナも賛同し、彼女も森の民の知識を使って、アイディアを振り絞ると言う。

相談したカーリィ自身は、みんなに話した事でスッキリしたのか涙を拭った後は、いつもの笑顔を見せるようになった。


それは、逆に覚悟を決めたからこその笑顔かもしれないが、レイヴンは、その笑みを失わない方法を必ず探し出すと心の中で誓う。


「間もなく、砂漠の街ミラージに着くわ。・・・そろそろ警戒網に引っかかるから、気をつけてね」


『気をつける?』


何に対しての事かと考えていると、突然、矢の雨が全員を襲ってきた。

ヘダン族の二人は、承知していたかのように、カーリィは紐で矢を搦めとり、メラは自身の得物であるニードルで弾き返す。


慌てたのはレイヴンとアンナだった。アンナは鉄笛で何とか自分の身を守るのだが、レイヴンはクロウを庇いながらとあって、対処に四苦八苦する。


結局、ダガーだけでは事足りず、『金庫セーフ』から壁を出して身を隠すのだった。

程なくすると、撃ち尽くしたのか、降り注いでいた矢嵐が止まる。その後、レイヴンたちの前にヘダン族の一団が現れた。


「ガッハッハ。腕は落ちておらんようだな、カーリィよ」

「相変わらずですね、叔父上」


話を聞くと、どうやらヘダン族は自衛も兼ねて、近づく者には同じ部族だろうと矢の洗礼を浴びせるとの事。

それで、もし同族が亡くなっても、己の技量が足りなかったせいだと諦めるらしい。


何とも武闘派な習慣だが、それならそうと前もって言っていてほしいものだ。

手荒い出迎えをしてくれたのは、カーリィの言葉通り、族長の弟である。名をハーモンと名乗った。


「彼らは?」


ハーモンは同行しているレイヴンとアンナを指して、姪っ子に確認を取る。


「レイヴンとアンナ。それとクロウは、私の仲間よ」


二人しかいないのにと思うハーモンだったが、クロウが黒い鳥の名だと知ると闊達に笑った。何が面白かったのか、分からないが、おそらく鳥まで仲間と言ったことに対してだろう。


クロウの正体は、まだ明かす気にならないレイヴンは、それはそのまま、そっとしておこうと考えた。


ヘダン族の一団と合流し、ともに砂漠の街ミラージに入る。

そこは石レンガが積まれて出来た建物が建ち並び、想像していたよりも栄えている印象を受けた。

砂漠の一部族とはいえ、国際的にも自治権を認められているだけの事はある。


その中でもドーム型の屋根を持つ、ひときわ大きな建物の前に連れていかれると、そこが族長の住まいだと紹介された。

当然、カーリィの実家という事にもなり、ハーモンに連れられてレイヴン一行は中に入る。


建物の中は、設計上、自然の風を取り込む工夫がなされているのか、砂漠の暑さを感じなかった。

砂漠の民の知恵が、そこに集約されているようである。


その奥、王国風に言うと玉座の間のような広間に鎮座しているのが、族長ロンメルとのことだった。

彼には『砂漠の荒鷲』という二つ名があるらしい。


確かに猛禽のような鋭い目つきをしている男が、レイヴンたちに視線を向けていた。

カーリィはそんな父親の前に立ち、早速、挨拶を交わす。


「お父さま、精鎮の儀式のため、このカーリィ、ただいま、戻りました」

「うむ。イグナシア王国では、トラブルに見舞われたと聞いていたが、よくぞ戻った」


イグナシアでは捕まり、奴隷とされていたのだ。トラブルなどという、簡単な言葉では済まされることではない。

ただ、奴隷とされた他のヘダン族の解放を条件に不問とすると、カーリィ自身がラゴスと話をつけているため、ロンメルもそれ以上の事は言わないのだろうと推察できた。


「今日は、旅の疲れをゆっくりと取るがいい。精鎮の儀式は、三日後よりとり行う」

「承知いたしました」


この儀式の結果、自分の娘がどうなるのかは、勿論、知っての事だろう。

形式的な会話に聞こえたのは、お互い、感情を押し殺しているためか?


ヘダン族ほど、儀式の重要性を認識できないレイヴンには、どうも納得できなかった。

親であるロンメルが、既に諦めている様子が気にくわないのである。


古来より伝わる慣習として、感覚が麻痺しているのではないかとも疑った。

といっても、ここでレイヴンが文句を言っても始まらない。


とりあえず、儀式が行われるまでに三日間の猶予がある事が分かった。

決して、多い時間とは言えないが、やれるだけの事はする。その時間があるだけでも、ありがたいと思うしかない。


それから、ロンメルへの不満は別として、確認しておかなければならないことが何点かあった。

レイヴンは名乗りを上げて、挨拶を済ませると、気になる点を族長にぶつける。


「『炎の宝石フレイムルビー』が置いてある遺跡に不審者の陰などは、ありませんでしたか?」

「『砂漠の神殿』近辺で、そのような報告は受けてはいないが、何か問題でも生じたのだろうか?」


それには森の民の実例を踏まえ、『アウル』という組織が、その貴重な宝石を狙っている事を正直に話した。

ロンメルは、驚く一方で、『砂漠の神殿』の警備をこれまで以上に手厚くすることを決定する。


カーリィが言っていたように、万が一にも『炎の宝石フレイムルビー』が盗まれるようなことがあれば、砂漠の一大事に繋がるようだ。


次に質問したのは、ずばり、その宝石についてである。

「『炎の宝石フレイムルビー』は、いつからあって、誰が作った物でしょうか?」

「ううむ・・・」


いつからと問われても、ヘダン族で保管している最古の古文書にも、この宝石についての記載があるのだ。

その書は一千年前に作成されたと伝わっており、その頃にはすでに存在したという事は分かっているのだが、いつからあったのかまでは誰にも分からない。


作者についても、詳細は不明で、一説には精霊サラマンドラ自身が自ら作ったのではないかとされている。

その答えを聞いて、レイヴンは考え込んだ。


儀式を達成しながらも、カーリィの命を救う方法を見つけたいのだが、今の所、役立ちそうな情報を掴めていない。

ロンメルの屋敷に向かう道中、ハーモンを突いてみたが、やはり、それらしき回答は得られていなかった。


もっとも、そんな簡単に見つかるのであれば、ヘダン族の中でとっくに解決しているはず。

いずれにせよ、あと三日の内、何らかの手がかりだけでも手に入れておきたい。

レイヴンは、まずはミラージの街中を探索してみようと考えるのだった。

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