第31話 モンスターの襲来

砂の上、体をうねらせて動く大型モンスターは、ようやく現れた獲物を前に上体を起こしていきり立った。

もしサンドウォームに舌があったとすれば、ここは舌なめずりしながら、さぞよだれを垂れ流していたことだろう。


しかし、獲物の方は被食者の立場に収まる気は、さらさらなかった。

逆に、この巨大ミミズに見積もりが甘いことを、後悔させてやると意気込む。


コテージを出たレイヴンは、戦いに巻き込まないために、建物からやや離れた位置まで移動した。


普段、砂の中で生活をしているサンドウォームには、目がない代わりに顔の周りに多数の触覚が付いている。

その触覚がセンサーとなって、外部の情報を知覚していた。


この獲物の動きもサンドウォームは察知しており、触覚の先端は常にレイヴンの方に向けられている。自身の空腹を満たすため、今、まさに襲いかからんといった状況だった。


自分の体格より、圧倒的に小さいレイヴンのことを与しやすいと考えているのか、何の策もなく真正面から突っ込んでくるモンスター。


対するレイヴンは、両手をポケットに突っ込みながら待ち構えていた。

サンドウォームが迫り、その顔に穴があくと、口がその牙とともに大きく開かれる。


「食べられる!」

コテージの中から戦況を見つめる三人と一羽。


思わず悲鳴を上げそうになった瞬間、突然、大きな壁がモンスターと黒髪緋眼くろかみひのめの青年との間に現れた。

サンドウォームは勢い余って、その壁に激しく衝突してしまう。


結果として、軽い脳震盪のうしんとうを起こしたようにふらつくミミズの化け物に対して、レイヴンは更なる追い打ちかけるのだった。

同様に壁を建てて四方を塞ぎ、サンドウォームを取囲んだのである。


何とか逃れようとする巨大ミミズは、体当たりを繰り返すのだが、レイヴンが用意した壁はびくともしない。


ここで、モンスターはカーリィからも注意が必要と教えられた消化液を吐いて、壁を壊そうと試みた。ところが、レイヴンは、僅かでも溶けた箇所は、すぐにスキルで新しい壁に変えてしまう。


これには、埒が明かないと気づいたのか、サンドウォームは壁の破壊は諦めて、砂の中に潜ろうとするのだった。


「そんな簡単に逃がす訳ないだろ」


その台詞とともにレイヴンは開いている天井から、サンドウォームめがけて大量の水をかける。

カーリィらと旅立つ前に砂漠のモンスターについて、冒険者たちからレクチャーを受けたところ、サンドウォームは、水に弱いという話。


この大ミミズは、水を浴びると体が膨張し動きが緩慢となるらしいのだ。そして、限界に近づくと、ついには動けなくなるとのこと。

レイヴンは、動きが止まるのを待って、ゆっくりと止めを刺すと決めている。


水分を含んだ砂では、上手く中に潜ることも出来ず、狙い通りサンドウォームは、次第に鈍重な動きへと変わっていった。

仕上げとばかりにレイヴンは、更に水を追加する。


「砂漠じゃ絶対できない、貴重な体験だろ。感謝しな」


勝ち誇るレイヴンだが、コテージの方からカーリィの慌てた声が聞こえて、視線を送った。


「これ以上、水を与えては駄目ぇ!」


彼女は注意した直後、すぐさま、コテージの窓を閉める。


「え?何で?」


意味が分からなかったレイヴンだったが、この後、大きく後悔することになった。

限界を越えるほど水を吸収したサンドウォームの体は、ついに耐えられなくなり、なんと爆発してしまうのだ。

モンスターの血や体液が、空高く舞い上がると容赦なくレイヴンに降り注ぐ。


「うげぇ・・・まじかよ」


サンドウォームを倒したはいいが、不快な代償を支払ったレイヴン。

いつもはレディーファーストで、女性陣にシャワーを譲るのだが、今日ばかりは先に入れさせてもらうのだった。



招かざる客のせいで、休憩時間が削られた一行だが、陽が沈み始めると予定通り、旅を再開した。


アンナの話からカーリィたちが予測する通り、『アウル』の奴らが『炎の宝石フレイムルビー』を狙っているとすれば、何としても彼らより、先回りして対策を施さなければならない。

この旅は、できるだけ時間のロスを防ぎたいのだ。


夜の帳がおりると、今度はサンドジャッカルへの注意が必要となる。

獰猛どうもうな獣たちは、集団で襲ってくるため、周囲の警戒はより重要であった。


陣形は、『光の道ライトロード』から外れる時に決めたのと同じ。

先頭にレイヴン、二番目にアンナ、三番目にカーリィ、最後尾はメラだった。

しばらく歩くと、全周囲をカバーしているクロウが騒ぎ始める。


「兄さん、左側に動く影が見えるよ」


他の方向への警戒は引き続き行いながらも、全員でクロウが示す箇所を確認した。

確かに、地を這うように四肢で動く影が、二、三見える。


ただ、相手も用心しているのか、それ以上、近づいてくる素振りはなかった。

但し、今、見えている数が全てとは限らない。


もしかしたら、注意を誘うための囮の役割で、姿を見せているのかもしれないのだ。

こちらは夜道を歩くためランタンを手にしており、サンドジャッカルからすれば、丸見えの状態。いわば、格好の的なのである。

こんなおいしい標的を黙って、見逃すとは思えなかった。


すると、案の定、サンドジャッカルは反対の右側からも出現し、レイヴンたちに襲いかかって来る。

その方向の担当のアンナは、咄嗟に横笛を取り出すとスキル『高音波ハイソニック』を使用し、獣にだけ聞こえる音で牽制を入れた。


「ナイスだ、アンナ!」


すかさずレイヴンとメラが、怯んだサンドジャッカルに詰め寄り、それぞれダガーとニードルで致命傷を与える。

併せて、七匹を瞬殺した。


この本命部隊が殺られると、囮の三匹が破れかぶれと言わんばかりに、特攻をかけてくる。

しかし、待ち構えていたカーリィの紐に搦めとられると、それで勝負がついた。


身動きが取れないモンスターに対して、非情と思われるかもしれないが、レイヴンが止めを刺す。

へんに情をかけて見逃した場合、今度は他の旅人の命が危険に晒されるのだ。

レイヴンたちには、襲われた以上、徹底して始末する責任がある。


サンドジャッカルの一団を殲滅すると、早速、メラが剥ぎ取りを開始した。

何でもサンドジャッカルの牙は、武器の素材になるらしく、ヘダン族の街では重宝されるとのことである。

カーリィも慣れた手つきで作業を手伝ったため、十匹分の綺麗な牙が、あっという間にメラの袋の中に収納された。


それ以降は、モンスターに襲われることもなく旅は順調に進む。ようやく、もう一息でミラージの街が見えるという地点まで到着するのだ。


正直、一気に頑張れば、その日の内に辿り着くことも可能だが、ここは無理をしない。

ゴール間近が一番、足元をすくわれる可能性が高いのだ。万が一を防ぐためにも、しっかりと休憩をとることにする。


いつものようにレイヴンがコテージを用意すると、各自に割り当てられた部屋に仮眠をとるため入室した。

遮光カーテンが設置され、昼だというのに薄暗い部屋。寝るのには、申し分のない環境である。


その部屋に一瞬、光が差し、レイヴンは不審に思った。誰かが侵入して来たことは間違いない。

さて、相手も意図も分からぬため、とりあえずレイヴンは、寝たふりを決め込むことにした。


何者かは、そんな寝台の主の顔を、そっと覗き込む。薄目を開けて、誰か確認したレイヴンは、意外な人物であったことに、大いに驚くのだった。

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