第23話 豪華客船

川港町イズムルの乗船手続きを行う窓口。やっと、順番が回って来たレイヴンは、客室の空状況と料金を確認する。

対する受付の女性は、この黒い鳥を肩に乗せた黒髪緋眼くろかみひのめの青年を値踏みするように眺めた。


手前味噌になるが、自社は上流階級のお客さまに快適な船の旅を提供することをモットーにしている。それゆえに、それなりの対価をいただくことになっていた。

失礼ながら、目の前の青年が、その料金を支払えるとは、到底思えないのである。


「お客さま、失礼ですが窓口を間違えておりませんか?」

「いいや、合っているぜ。それにここしか空いてなさそうなんだから、仕方ないだろ」


レイヴンの言いように受付嬢は、カチンときた。仕方なく利用されるほど、安いサービスは提供していない。

彼女の愛社精神に火をつけてしまったのだ。


「ですが、私どもの客室の料金は・・・」

「知っているよ。一人、白金貨1枚だろ」

「それは、最低料金でございます」


それを聞いて、レイヴンは「へぇー」と唸る。ここは、一気にたたみ掛けるべきと思った彼女は、わざと空いている高い料金の部屋から説明するのだった。


「今、ご案内できるお部屋ですと、ロイヤルスイートお一人さま、白金貨20枚。続いて、スイート・・・」

「それでいいよ」


受付嬢の話の途中で、食い気味にレイヴンが部屋を決める。一瞬、聞き間違いかと疑った彼女は、念を押した。


「ロイヤルスイートでよろしいのですか?」

「ああ、構わない。この相棒を含めて四人分払うよ。だから、80枚ね」


レイヴンはクロウの分も含めて、受付のカウンターに白金貨を並べる。

積み上げられたお金を受付嬢は、唖然として見つめた。


ロイヤルスイートは、その金額設定から滅多に利用されることがない特別な部屋。

それを、こんなどこにでもいそうな格好の青年が、宿泊する事になるとは・・・しかも、ペット?も一人分として支払うなんて!


しかし、目の前にある白金貨は、手に取って何度、見返しても本物としか思えなかった。


「これは、失礼いたしまた」


受付嬢は、自分の見る目のなさを詫びると、誠心誠意謝罪する。この辺の頭の切り替えと対応の早さは、一流客船を自認するだけの事はあった。

それに、こんな事には慣れっこのレイヴンは、気にもしていない。


「いいよ。それより、チケットをくれるかな」

「かしこまりました。ただ今、手配いたします」


レイヴンは、そのチケットを片手に、カーリィたちの元へと戻った。

その場でチケットを渡された二人は驚き、メラは危うく腰を抜かしそうになる。


「こんな高い部屋、大丈夫なの?」


レイヴンのスキルの詳細は、弟のクロウしか知らない。カーリィは、当然の質問を投げかけてきた。


「大丈夫だ。受付の人が、最初に勧めてくれたから、面倒臭いんで、その部屋に決めただけだよ」


事も無げに言うレイヴンに対して、メラの見る目が変わる。カーリィに、そっと耳打ちをするのだった。


「姫さまは、玉の輿に乗るのを狙っていらっしゃるのですね。不肖、このメラも参加してよろしいでしょうか?」

「ふふふ。それも面白いわね」


小声で話しているつもりかもしれないが、レイヴンには丸聞こえである。

『それだけは、止めろ』と心の中で呟いた。


いずれにせよ、以降、メラもレイヴンに対して敬意を払うようになる。

普段、スキルで散々使用しているため、感覚がマヒしてきているが、改めてお金の力は本当に怖いと思うレイヴンだった。



大枚をはたいて、とったチケットは、翌日の運航便。

イズムルの宿で一泊すると、対岸の川港町トルワンを目指すため、レイヴンたち一行は乗船手続きを行った。

その後、乗船した際の第一印象は、『信じられない』である。


船内に一歩、足を踏み入れただけで、すでに高級感が漂っていた。さらに客室に入ると、そこは本当に船の中かと疑うほど、豪華絢爛に装飾されている。


まさに値段相当にして、想像以上。最高級の部屋に入ったカーリィとメラは感動を示す。

この豪華客船は、五階層になっているようで、レイヴンたちの部屋は最上階を独占していた。


ロイヤルスイートは、一団体しか利用できない仕様になっており、広いリビングを皆で共有する。それとは別に、個室のベットルームがそれぞれにあてがわれていた。

そのベットルームだけでも十分に広い。何なら、四人がその一部屋に宿泊しろと言われても、余裕で対応できた。


女性二人は、いくつも扉がある広い客室の中で、軽い探検を洒落込んでいるようだが、それを尻目にレイヴンはソファーに身を沈める。そのやわらかいシートに座ると、体が沈むという表現がピッタリするほど、レイヴンの体にフィットするのだ。


その隣に、クロウもちょこんと座り、弟も高級ソファーを堪能している様子。

レイヴンはテーブルの上に用意されたウェルカムデザートに手を伸ばすと、一つ口の中に放り込んだ。

そして、きらびやかなシャンデリアが吊るされている天井を見上げる。


こうして船に乗ってしまった以上、もうする事は何もないのだ。

後は黙って、二泊三日の旅をのんびりと過ごし、目的地に着くのを待つだけなのである。


ソファーのあまりの心地よさに軽くうたた寝しそうになったところ、部屋をノックする音が聞こえて、目が覚めた。

レイヴンは軽く伸びをして、眠気を遠ざけてからドアを開ける。そこには昨日、知り合った二人が立っていた。

ウォルトとパメラの真逆カップルである。


「滅多に利用されないロイヤルスイートを、あなたが借りたと聞いて・・・旅の思い出に、良かったら部屋を見学させてくれる?」

「ああ、構わないよ」


パメラの申し出を快諾し、二人を部屋の中に招き入れた。

そこに丁度、探索を終えたばかりのカーリィとメラもやって来る。


「何だよ、広い部屋に一人寂しくしていると思って遊びに来たのに、お前も隅の置けないなぁ」


赤髪の美女二人を見て、ウォルトは勘違いを起こした。『ふゅーっ』と軽く口笛も鳴らす。

すぐさま、パメラの肘鉄を喰らうのだった。

突然の来訪者に驚くカーリィとメラだが、レイヴンから説明を受けると大人の対応をみせる。


「初めまして、私はカーリィ。こちらが、メラ。私の妹のような存在です」


それに合わせて、メラが二人に会釈した。カーリィ的には嘘をついていない。

ただ、侍女という話を省いたのは、立場などあれこれ質問されるのを嫌ったのだ。


まぁ、この船の中だけの付き合いとなる相手に、細かい身の上話をする必要もない。

カーリィの対応が正解だろう。


ただ、夕食を誘う社交性は、ヘダン族の族長の娘として備えているようで、そうレイヴンに提案してきた。


「ウォルトやパメラさんがいいのなら、構わないよ」

「こうしてお知り合いになれたのも、何かの縁ね。私たちも喜んで、ご一緒したいわ」

「ああ、俺も美人に囲まれての食事は、願ってもない事だ」


余計な一言で、ウォルトはパメラに足を踏まれる。結論として、全員の賛同を得られたため、みんなで夕食を取る事にした。


このリビングと部屋続きに、こちらも大きめのダイニングがある。

そのテーブルに二名分追加で、食事を用意してもらうようにレイヴンは手配した。


急なお願いに対応できるかカーリィは心配したが、何のことはない。

お任せくださいと客室係の者は胸を張った。


あの受付窓口の女性が誇りを持つだけ、サービスには自信があるらしい。

そもそも金持ちを相手にする商売。元来、金持ちというのは我儘な人間が多い。


もっと無茶な事を要求されるのは日常茶飯時で、食事の追加など、まだ、可愛い方なのだ。

指定した時間にピッタリ、食事が配膳されると皆で高級料理を満喫し、船上での一日目を過ごすのだった。

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