第17話 二転三転

灰色のフードを被った男とカーリィの姿を認めると、レイヴンは仲間に注意を促す。


「カイシス、ご本命の到着だ」


星屑スターダスト』のメンバーも、二人の登場を視認すると、緊張感を走らせた。ここで、一番、厄介な敵が現れたのである。


表情を強張らせたといえば、それは交戦中の敵、ソール。彼も同じだった。独断で動いたはいいが、その成果を得ることが出来ていない。

当然、ビルメスから詰問を受けるのだ。


「ソール、これは、一体どういう事だ?」

「・・・ビルメス・・・これは・・・うっ」


星屑スターダスト』と戦っている最中にも関わらず、カーリィの白い紐が伸びると、ソールの四肢を捕らえる。そのまま、持ち上げられて、ビルメスの近くまで引き寄せられるのだった。


「このまま、貴様に呪いをかけてやろうか」


手足、首をカーリィの紐で締め付けられると、スキルはおろか身動きすら取れなくなる。ソールは、怯えた表情で、ビルメスの提案を拒絶した。

この場で、序列をはっきりとさせたフード男は、有無を言わせずソールを支配下に置く。


「今から、私のために働くのだ。・・・分かったな」


頷いたソールがやっと、解放されると、その場に放り投げられた。

嗚咽を交えながら、息を整えようとする。


カーリィの能力を目の当たりにし、『星屑スターダスト』のメンバーは気を引き締めた。

レイヴンから、話には聞いていたが、白い紐にあそこまでパワーがあるとは思ってもいなかったのだ。


敵の戦力を把握したので、ここから、仕切り直し。レイヴンは第二ラウンドが始めようとする。


「俺がカーリィを引き受ける。引き続き、ソールの相手を頼む」

「ああ、やっと奴のスピードに慣れてきたところだ。任せろ」


カイシスの頼もしい言葉を聞いて、レイヴンは安心した。ところが、自分自身は正直、活路を見いだせていない。

実は、『借りるレント』で、『俊足スピードスター』のスキルをソールから借りて、カーリィと当たるつもりだったのが、予想外の苦戦にガンツに使用してしまったのだ。


スピードでかく乱し、どうにかカーリィに近づくという作戦を、一から練り直さなければならない。

どうにかして、今のカーリィに接近することができれば、勝機はあると踏んでいるのだが・・・

まぁ、ないものは仕方ない。レイヴンは、開き直ってカーリィと対峙する。


ソールは、先ほど同様、『星屑スターダスト』と対戦しており、ビルメスと呼ばれた男は、少し離れた位置で、二人の援護に回るようだ。


あそこから何かするとしたら、遠隔攻撃だろう。

カーリィの白い紐に注意を払いながら、射程の広い攻撃にも気を配るとなると、少々、厄介だ。


「ちっ」


レイヴンは、思わず舌打ちをする。

そのビルメスに気を取られている隙に、カーリィの紐が伸びてきた。

レイヴンは、咄嗟に座標ポイント指定で壁を置き、何とか紐を弾く。


「あっぶねぇ」


呆気なくゲームオーバーになりそうだったところ、レイヴンは冷や汗をかいた。

だが、一息ついて、休む間もなく敵の攻撃は続く。


呪いの玉カースボール


ビルメスが呪文を唱えると、灰色の玉が飛んで来るのだ。避けたところに、今度は白い紐が伸びてくる。

レイヴンは、避けるだけで精一杯となり、攻撃に転ずることが、まったくできなくなった。

完全にジリ貧状態となる。


援軍を待つべきかと思った矢先、『星屑スターダスト』VSソールの方で、戦局が動いた。

動きに慣れたという言葉通り、カイシスがソールを捕まえると、そこに攻撃役アタッカーのメルソンとホッグが襲いかかったのだ。


勝負ありと思われた瞬間、灰色の玉が四人を直撃する。

何とビルメスは、仲間のソールごと『呪いの玉カースボール』をぶつけたのだ。

苦悶に苦しむソールに向かって、ビルメスは狂喜の台詞で褒めたたえる。


「ひっひっひ。ソールよ、ようやく私のために働いてくれたな。三人を一度に葬り去ることができたぞ」


下品な笑いで、悦に入るビルメスだったが、その笑顔がすぐに歪んだ。

よく見ると苦しんでいるのは、ソールだけで、他のカイシス、メルソン、ホッグは普通に立っているのである。

それは、逆に無事であった三人の方も不思議でならなかった。


「レイヴンくんの、これのおかげよ」


声の主、回復役ヒーラーのシェスタを見ると、その手には聖水が持たれている。

それで、三人はやっと腑に落ちるのだった。

ところが、納得できないのはビルメスである。


「私の呪いが聖水ごときで浄化されただとぉ」


いたくプライドを傷つけられたようだ。だが、目の前の事実は、何度、目を擦ろうとも覆る訳がない。


「あの聖水は特級なんだ。こっちも奮発してるんだよ」


隙をついて近づいたレイヴンが、ビルメスにダガーを振り下ろす。しかし、そのダガーにカーリィの紐が巻き付いてきたため、即座に手を離した。

奴隷紋に支配されているカーリィは、主人マスターを守るため、鉄壁の守護者としてレイヴンの前に立ちはだかる。


「困ったお嬢さんだ」


カーリィを揶揄するレイヴン。口調がやや軽くなったのは、形勢が有利になったからだ。

敵の同士討ちで、労せず一人減らすことが出来た。残る敵はたった二人。攻撃陣、四人で同時に攻めかかれば、突破口は開けるような気がする。


前掛かりとなる前衛の後方で、シェスタの足元には苦しむソールがいた。

目で何かを訴えかけており、その心情は十分に理解できる。


『駄目よ。この人は敵なの・・・』


シェスタは目を閉じ、呻き声を聞かぬよう、耳を抑えようとするのだった。



呪いの攻撃を必要以上に恐れる心配がないと分かった『星屑スターダスト』の攻撃陣は、大胆にビルメスとの距離を詰める。

それは、一方のカーリィをレイヴンが、きっちりと牽制してくれているからこそ、フード男に集中できたのだ。


三方からの攻撃に狼狽するビルメスは、何とかカーリィを盾に使おうとするのだが、仲間と連動した動きで、それをさせない。


昇格したばかりとはいえ、さすがはAランクパーティーだ。

間もなく、敵を追い詰められるのではと思った矢先、思わぬ事態が起こる。


「きゃあっ」


ビルメスを『星屑スターダスト』が三人で取囲んだ瞬間、後ろからシェスタの悲鳴が聞こえたのだ。

見ると細い首筋にナイフを当てられている。そして、その相手は、何とソールだった。


先ほどまで、呪いで苦しんでいたはずなのに・・・

しかし、その答えは地面に転がる空になった聖水の瓶で分かった。


優しいシェスタが苦しむソールを放っておけなかったのだろう。

これはシェスタの性格を失念し、後方への注意を怠った自分たちのせいだ。

レイヴンを含めた四人が、全員、同じことを考えている。


「お前ら、武器を捨てろ」


人質を取ったソールが、当然の要求をした。

レイヴンは下唇を噛むが、ここは従うしかない。

抵抗を止め黒髪緋眼の青年に、カーリィの白い紐が伸びてくるのだった。

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