第14話 侵入の成果

「君の奴隷紋は、何か特別なのかい?」


スキルが上手く機能しないことにレイヴンは、『非売品プライスレス』を疑ったのである。

ところが、カーリィから返って来た言葉は、予想外のことだった。


「奴隷紋は関係ないわ。・・・きっと私のスキルのせい」

「君のスキル?」


頷いたカーリィが続けて話す内容にレイヴンは驚く。

何と彼女のスキルは『無効インバルド』。

全てのスキルを彼女は無効にできるそうだ。


つまり、レイヴンの『買うパーチャス』は、彼女のスキルによって打ち消されたのである。

自分のスキル『基金ファンド』もとんでもないと思っていたが、彼女のそれもスキル使いにとっては、天敵といえる能力。


そんなスキルが存在するとは・・・

世の中、想像を超えることは、いくらでもあるのだと思い知らされる。


「奴隷紋が消えない限り、この屋敷から出ることは無理なのかい?」

「ええ。今の主人マスターからの許可がないと無理ね」


何とも難しい問題に直面してしまった。無理に連れ出せば、彼女は奴隷紋の制約を受けることになるだろう。

考えられる手立てとしては、その主人マスターと対決して、権利の放棄をさせるしかないようだ。


「無理は承知でお願いするわ。どうにかして、私を助けてほしいの・・・」


そう懇願するカーリィの訴えは、何かに迫られているほど切実に見える。

よほど主人マスターが気に入らないのか、それとも他に特別な理由があるのか?

その答えは、後者の方だった。


「私は街に戻って、使命を果たさなければならない。このまま、ここに閉じ込められていたら・・・」

「分かった。俺も商人の端くれ。一度、助けると約束した以上、必ず成し遂げる」


レイヴンの力強い言葉に、カーリィは目頭を熱くする。先ほど、彼女が部屋の中で嘆いていた理由も、自分の現状よりも、故郷のことを想ってのこと。


彼女の双肩に、どんな責任がのしかかっているのかまでは分からないが、人のために涙を流すなど、余程の事だ。

何としても彼女と契約している主人マスターと対峙しなければならないと、レイヴンは考える。


その時、突然、カーリィが扉の方を見つめ、狼狽うろたえだした。


「今は逃げて、主人マスターが近づいてきたわ」

「いや、それはかえって都合がいいんじゃないか。君の奴隷紋を解除させてやる」


強気のレイヴンに対して、カーリィが首を振る。


「・・・駄目よ・・・駄目」


すると、突然、部屋の壁が爆発したかのように大きな音を立てて崩れ去った。

そこから、三人の男たちが侵入してくる。

その中の灰色のフードを被った男が黒髪緋眼くろかみひのめの青年を見つけて、目を丸くした。


「これは、これはレイヴンくんだね。ネズミと思っていたが、意外と大物だったかな」

「大物なんて止めてくれよ。こっちはしがない街の金貸しだ。」


二人が言い合っているところに、巨漢の男が割って入って来る。

その目は怒りに満ちて、血走っていた。


「お前がレイヴン?弟の仇は、てめぇか!」


仇と言われても、すぐには思いつかない。レイヴンもそれなりに場数は踏んで来ているのだ。

だが、怒れる男の顔立ちは、微かに記憶の中にある。


「もしかして、俺にソファーを投げつけてきた男か?」

「そうだ。弟は『剛腕ストートアーム』のダンツ。そして、俺さまは『剛体リジットボディ』のガンツ」


紛らわしくて覚えづらい。もっとも、初めから覚える気など、さらさらないのだが・・・


「仇って、弟くんは生きているんだろ?」

「だが、二度と立てねぇ、再起不能ったやつだ」


それはご愁傷さまだが、同情する気も罪の意識もレイヴンにはない。最初に襲ってきたのは、ダンツの方なのだ。


「てめぇの体も二つに折って、ダンツと同じ目にあわせてやる」

「そこまで、知っているなら、弟がどうやってやられたのか聞いてないのかよ」


返品リターン


レイヴンが呪文を唱えると、ガンツが吹き飛び、いつの間にか修復されていた壁に激突する。

壁は無惨にも、また壊れてしまうのだった。

これで、残る二人。


そう思っていると、小柄だった男がレイヴンの視界から、突然消える。

気付いた時には、背後を取られていた。


「俺の名は、ソール。スキルは『俊足スピードスター』だ」


鋭いナイフが、レイヴンの首筋を捕らえようとした時、その動きが止まる。

カーリィの紐がソールの手首に巻き付いているのだ。


「助かったよ、カーリィ」


感謝の言葉を告げるレイヴンだが、そのカーリィの様子がおかしいことに眉をひそめる。

頭を抑えながら、苦悶の表情を浮かべているのだ。

その間、フードの男は何か呪文を唱えている。


「レイヴン、今は逃げて。・・・私のスキルで、この男の動きを封じ込めているうちに」


カーリィ自身だけではなく、その紐に触れられている者にも『無効インバルド』の効果はあるようだ。

しかし、カーリィが抑えてくれている間に制圧できそうだが、逃げてとはどういう意味だろう。

そうしている内にフードの男の呪文が完成したようだ。


「ううううっ・・・早く・・私が奴隷紋に・支配される前に・・」

「そういう事か!」


やっと理解したレイヴンだが、一足遅い。紐が一瞬、緩んだ隙に再び、ソールが襲いかかってきた。

今度は、その動きを予期していたレイヴン。


ソールのナイフを咄嗟に『金庫セーフ』から出したダガーで、何とか受け止める。

しかし、その蹴りまでは避けることができなかった。


ガンツとは反対の部屋の壁にまで吹き飛ばされてしまう。一瞬、息が出来なくなるが、すかさず自分に『買うパーチャス』をかけた。

部屋の中央には、先ほど以上に苦しむカーリィの姿がある。


「うぅう・・・」


苦痛に耐えられなくなったカーリィは床に手をつき、何とか反抗しているようだが、堕ちるのは時間の問題に見えた。

これでカーリィまで、敵に回っては完全に勝ち目はない。


「ちっ」


舌打ちと同時にレイヴンは壁をすり抜け、ソールの追撃を躱した。

この部屋に入った手段と同じ方法を一瞬でとり、部屋から脱出したのである。


「今日のところは引き上げるしかないか・・・」


後は同じ要領で、一直線で屋敷の中を突き抜けて、外に出た。

いかに『俊足スピードスター』とはいえ、障害物をすり抜けることは出来ない。

レイヴンが部屋の外に出た時点で、ソールは追いかけるのを諦めていたのだった。


何とか逃げ切るレイヴンだが、その背中越しに「畜生!」という絶叫が聞こえる。

どうやらガンツは気絶していただけで、たった今、意識を取り戻したようだ。


危なく四対一という、絶体絶命を迎える可能性があったことに冷や汗をかく。

屋敷に忍びこみ、人攫いの事実を掴んだレイヴンだったが、相手もこのまま引き下がるとは思えない。新手の強敵に、カーリィのスキル。


『これは、思っていたより、随分と面倒な事になって来たな』


ぼやくレイヴンだが、今さら、後には引けない。

とにかく冒険者ギルドに戻って、何か対策を打つ必要があると考えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る