第2話 市場での悪目立ち

レイヴンがクロウを肩に乗せ、王都ロドスの市場にやって来たのは、昼食を取るためだ。

ここには市場ならではの新鮮な食材を、これでもかと言うくらい贅沢に使用し、割と格安で提供してくれる食堂が、競うように軒を並べている。


その中でも、レイヴンのお目当ては『ロイン』という名の肉料理店だった。

この食堂の看板料理は、何と言っても肉汁溢れるハンバーグ。


常連客というほどではないが、たまに利用しては舌鼓を打っていた。

今日もテーブルに置かれた絶品料理を一口頬張ると、それだけでレイヴンは、恍惚こうこつとした表情へと変わる。それはクロウも同様だ。


両足に黒い輪を嵌めているクロウは、そのせいか空高く飛ぶ事ができないのだが、テーブル程度の高さであれば余裕で飛び乗る事ができる。

レイヴンと同じ卓上で、パンの欠片と小さく切り分けられたハンバーグを堪能していた。


食後も料理の余韻に浸りながら、一息いれたレイヴンは、ゆっくりと店を出る。

そのまま、市場をうろつき、並べられた商品などを眺めていると、元気よく走る子供がレイヴンの横を通り過ぎようとした。


その時、小さな石にでも躓いたのか、突然、派手に転んでしまったのである。

大きな泣き声とともに周囲の注目が集まるのだった。


『おいおい、勘弁してくれよ』


レイヴンが、そう心の中で嘆いたのは、自分の足元、すぐそこで子供が泣きじゃくっているからだ。

この場面だけ切り取って見た者には、まるで小さな子供を大の大人、つまりレイヴンが泣かせているような構図に映るのである。


仕方なく、腰を落として、その子供の様子を確認すると、膝から血を流しているのが分かった。

おそらく、痛みと血が出ていることに驚いて泣いているのだろう。


「おい、坊主。大丈夫か?」

「・・・大丈夫じゃない。痛いよぉ」


この男の子、五歳くらいに見えるのだが、服装がきちんと整っており、裕福な家庭の子だと一目で分かった。そんな子供が、こんな所に一人でいるのはおかしい。

レイヴンは、近くに親がいるのだろうと周囲を見回した。ところが、それらしい人物は見当たらない。


『・・・まじかよ』


対処に困っているレイヴンの肩をクロウが突っつく。

この黒い鳥が何を言いたいのか、見物人は誰も分からなかったが、レイヴンだけは意図を感じ取った。


溜息を一つ漏らすと、「分かったよ」と呟く。

そして、呪文を唱えるのだった。


買うパーチャス


すると、膝から流れる血が止まり、痛みもなくなる。

この青年が、どこかから取り出したハンカチで、血を拭ってもらうと、転んで出来たはずの傷すら、跡形もなく消えているのだ。

この不思議な現象に子供は大いに驚く。


これは、レイヴンのスキル『基金ファンド』の派生スキルを使用したおかげ。

買うパーチャス』は、世の中で値段がつくものは、何でも無理矢理、買い取ることが可能となるのだ。


通常、怪我には値がつかないが、この場合は治療費に見合うだけの金銭を支払えば、怪我が治るのである。

今回はハイポーション一瓶相当の金貨1枚がレイヴンの『金庫セーフ』の中から、引き落とされてどこかに消えた。


どこに消えたのかは、レイヴン本人にも分からない。

そもそもお金だって、どういう仕組みで勝手に増えているのか不明なのだ。減る理屈なんて、知る由もない。

現実に起こっていることだけを理解していればいいと、このスキルを得た時に達観したのだった。


今回、金貨1枚が露と消えるが、無限の財源を持つレイヴンにとっては、本当に微々たる出費である。

このまま、何事もなかったように立ち去ろうとすると、突然、子供の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ケント!」


一件落着と思った矢先に親の登場とは・・・

先ほどは、あれほど探しても見つからなかったくせにと愚痴りながらも、レイヴンは声の主を顧みた。


そこには、身なりのいい男とその奥さんだろうか、これも特別豪奢な衣服を着ている訳ではないが、どこか気品を感じる女性が立っている。


「私の息子が、何かご迷惑をおかけしたようで」

「いえ、大したことじゃないんで・・・」


基本的に悪目立ちは避けたいレイヴンは、笑ってごまかそうとするのだが、ケント少年が走って、母親に抱きついた後、「このお兄ちゃんが怪我を治してくれた」と、余計な告白してしまった。


そうと聞いては、この両親も息子の恩人を黙って帰す訳にはいかなくなる。

畏まってレイヴンに感謝の気持ちを告げた。


「それは本当にありがとうございます。失礼でなければ、何かお礼をしたいのですが」

「そういうの間に合っているから大丈夫ですよ」


金銭的なお礼をもらっても嬉しくないレイヴンは、本気で辞退し、この場を去ろうとする。

ところが、そんな態度が、謙虚に映ったのか、この両親はレイヴンのことを気に入る。ますます引き下がらなくなった。


「私の名は、ニック・スカイ。多少は名を聞いたことがあるかもしれませんが、スカイ商会という商社の会長を務めている者です。」


多少とは、随分、控えめに言ったものだが、スカイ商会とは大陸全土に知れ渡るような有名な商会である。

その資金力は一国にも匹敵するとの噂だ。


「これはご丁寧に。俺はこの街で金貸しをやっているレイヴン。まぁ、機会があれば、また会いましょう」


スカイ商会の名を出せば、多少、気が変わるかと思っていたが、目の前の青年にそんな素振りはまったくない。

ニックはレイヴンの毅然とした態度に、逆に商会の名を出して引き留めようとした自分を恥じた。


そして、この黒髪緋眼くろかみひのめの青年に対して、本格的に興味と好感を持つ。

ニックは、お礼の件はともかく、レイヴンとの縁をこの場だけで終わらせるのは、大きな損失だとまで、考えるようになるのだ。


「分かりました。では、せめてこれだけは受け取ってください」


そう言って渡してきたのは、鷲をかたどった白金プラチナのメダルである。

鷲はスカイ商会のトレードマーク。さしずめこのメダルは、スカイ商会にとっての会員証のようなものなのだろう。

この程度であれば、受け取っても構わない。


単純に『金庫セーフ』の奥にしまっておけばいいと考えたレイヴンは、ニックからメダルを受け取って、その場を離れるのだった。


「お兄ちゃん。バイバイ」


最後、手を振るケントに右手を挙げて応えたレイヴンは、深くお辞儀をする両親に背中を向ける。

変に注目を集めてしまったことに、やれやれと心の中でこぼしながら歩いていると、遠くから男の野太い声で罵声が聞こえ始めた。


今度は、何事だ?と思っていると、レイヴンより若干、若く見える女性が目の前を駆け抜けて行く。

その女性を三人の男たちが追っているようで、先ほどの声は、その中の一人のものと思われた。


何が何だか分からないが、厄介ごとには間違いない。

レイヴンが無視して、自分の店に戻ろうとするとクロウが肩から飛び立って、その男たちについて行ってしまった。


「おいおい。今日はもう、トラブルはお腹いっぱいだぜ」


ぼやくレイヴンだが、相棒が追いかける以上、その後に続くしかいない。

女性が逃げた路地裏へと走り出すのだった。

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