第8話



 「GW、ほとんどバイト入ってない?」

 「5日はあけてますよ」


 小柴さんとは、翌日バイト先でまた再会した。CDの返却で。

 しかも、小柴さんはあたしがバイト退けるまで待ってくれた。

 今日は夜9時までだったから。小柴さんは予備校の帰りに、このレンタルショップに立ち寄って、またあたしがいたので驚いたみたいだ。


 「日中だけじゃないんだな」

 「土日祭日は日中にしてもらって、平日は夕方から9時までなんです。でも今日はちょっと頼まれて」

 「働くね」


 だって今月出費しそうなんだもん。

 あたしと小柴さんは並んで夜道を歩いている。

 バイト先にCDを返却した小柴さんは、夜遅いから、家まで送ってくれると云ってくれて、遠慮無く、このありがたい申し出を受け入れた。

小柴さんなら送り狼にはならないだろう。


 「小柴さん、5月5日、時間あいてます?」

 「?」


 「デートしません?」


 「5月5日……荻島の誕生日じゃないか、いいのか?」

 「おお! 小柴さんすごい! 覚えてたんですね? でもいいんですよ、本人を連れまわしたいんですけど、あいつGWは集中合宿で……だから、やつの誕生日プレゼント買うの付き合って欲しいんです」

 「荻島に殺されそうだ。文句言われないか?」

 「なんで?」


 あたしの発言に小柴さんは驚いているみたいだ。


 「え、だって、付き合ってるんだろ?」

 「はあ? なんで、そうなるんですか」

 「違うのか?」

 「誕生日プレゼント交換は、子供の頃からやっていて……今年、再会したことだし、ちょっと懐かしくなって……別に……付き合ってないですよ。違います」


 違うよ、多分。

 あたしは……好きだったけど、気持ちはもう、そんな甘いカンジに動かないと思う。


 「部活の先輩にも同じこと指摘されたんですけど……、違うと思いますよ」


 だって、ヒデは遠すぎる。

 もう、一緒にキャッチボールしたヒデじゃないんだ……。

 甲子園のマウンドに立って、将来有望なバッターを、あの神のような右腕で討ち取って、観客を野球ファンを日本を沸かす存在……。

 春の選抜でその存在は知られた。

 俄然、夏の大会での注目度はもっと加速するに違いない。

 制服姿で会えば、昔と変わらない笑顔だけど……。

 きっと、今、同じ学校で同じクラスになったからだよ。

 気のいいクラスメート、元、幼馴染に向ける態度なんだ……。

 もちろん、それはすごく嬉しい。ヒデはあたしを好きではあると思う。

嫌いだったら、話しかけないし、無視を決め込むよ。いくらヒデだって。

 たとえ幼馴染の元バッテリーでも。

 ヒデにとって、あたしは多分懐かしいチームメイトで幼馴染。

 ……そう思い込まないと、ヒデとは接することができない。

 美香のことだってあるしさ……。


 「小柴さん、野球ができなくなった時、へこみませんでした?」

 「……」

 「野球が好きなのに、ずっとずっとやっていけないんです」

 「……」

 「あたしはへこみました」

 「……」

 「父親にオンナノコはプロ野球選手にはなれないって云われて、3日はふてくされました。野球をやりきるためにリトルに入って、あたしは自分に納得いくまで野球に向き合いました。そのおかげで、卒団したときは満足したんです。そこで、気持ちは、落ちついたと思ってました……」

 「……」

 「今年の春先にヒデに会うまでは」


 どんなカタチになっても、あたしはヒデを一生好きだと思う。

 ずっと、ずっと野球が大好きで、野球をやってきたヒデ。


 「野球をやっているヒデが羨ましいなと、どこかで思います」


 白いボールを、ずっと追いかけてるヒデ。

 青い空に、快音を響かせて、グリーンのスタンドにそのボールを飛ばすヒデ。

 マウンドに立って、ワインドアップで豪快に白いボールを投げるヒデ。

 あたしが……できなかった、行きたかった場所に、甲子園にいけるヒデが……羨ましくて妬ましくて……でも……。


 「でもそれは、ヒデが変わらない気持ちを持ち続けてきた証拠なんです。あたし、そういうヒデを応援したいんです」


 スタンドで、声をあげて、トランペットで。

 ヒデにしてあげられることは、そんな応援だけ。

 だって、ヒデは……幼馴染でバッテリーだった、あたしの誇り。


 「ヒデにはずっと野球をしてて欲しい……」


 やばい……やばい……泣けてきた。

 云ってて泣けてきた。

 マズイ、小柴さん、気を使うよ。


 「藤吉、それって、恋だろ、普通」

 「傍にいると、わかんないんです、恋だなんて……」


 伝えられなかった言葉は「好き」という一言だけ。

 それがこんなに後を引くなんて、想像しなかった。

 恋愛感情が甘いなんて、誰が云うんだろう。

 切ないだけだ。


 「云ってみたら?」

 「……?」

 「荻島本人に」


 云えない。そんなの。

 答えが「ごめん、オレお前のこと、全然そう思ってなくて―――――」なんて答えがくるのが怖い。

 美香に「取り持つフリをしていて、実は好きだなんていうなら、最初から期待させないで」と、呟かれるのが怖い。


 「あたし、結構ずるいんです。イイ顔してたい、卑怯者です」


 「どこにいっちゃったんだかなあ。マウンドに立つ藤吉はすごい勇者だったなのにな」

 勇者って……それは褒めすぎ……。


 「俺よりも、強い気持ちで投げてたと思う」

 「そんなことないっす」

 「あるよ、お前は打たせて捕るピッチャーだったろ、みんなを、野手を信頼して投げていた。俺なんか絶対そんなのできなかった」

 「……」


 「信じる気持ちが、強いヤツだなと……ずっと思っていた」


 「……」

 「俺も打たせて捕るピッチャーだったら」


 小柴さんはぐっと右腕を上げる。


 「もう少し、野球できたかな」


 小柴さんも、まだ、野球好きなんだ。


 「そしたら、荻島にっとての藤吉のように、キャッチャーに少しは思ってもらえたかもしれないな」


 小柴さんは、あの時、バッテリーだった上野さんと、連絡とってないんだろうか……。

 「バッテリーはいろいろあるけど、お前たちを見てて俺は羨ましかったよ」

 「……」


 それからあたし達はなんとなく黙って、肩を並べて歩いた。

 マンションの近くまでくると、小柴さんと5日の待ち合わせ時間を確認する。

 あたしはお礼をいって、マンションの自動ドアに手をかけると、後ろから声をかけられた。




「なあ、藤吉、お前、やっぱ野球やれ」




 「えええええっ! なんすかそれ」

 「いいじゃないか、荻島のステージはスケールでかすぎて、俺や藤吉みたいにドロップアウトした人間には眩しいけれど、気持ちが変わらないなら。どんなスタイルでも野球に関わるのもいいんじゃないのか?」

 「……」

 「その方が、絶対、藤吉らしいぞ」


 小柴さんは笑顔でそう云ってくれた。

 あたしがおたおたしていると、小柴さんは駅へと歩いて行ってしまった。



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