第三十九話 負けが決まっている賭け

――知らせを受けたダイヤ、ルヴィ、サファイアの三人は、話を聞いた瞬間には家を飛び出していた。


彼女たちはエメラが倒れたと聞いて、事情を知るよりも先に体が動いていたのだ。


「ゲオルグのおっさんの家だって言ったよな!?」


「ええ、きっとミュゼさんがそこまで運んでくれているのでしょう!」


ダイヤを先頭に、ルヴィとサファイアがその後ろをもの凄い速度で追いかけている。


どうして倒れたエメラをその場――隔離施設で休ませずにミュゼが家に連れていったかというと、やはりすでに片づけ始めたところでは不便も多いと判断したためだろう。


しかも数日前まで、多くの病人がいた場所だ。


安静にするならば、別の場所のほうがいいと決めて当然だ。


「クソッ! なんでこんなことになってんだよ! エメラはピンピンしてたじゃねぇか! それがどうしたって急に倒れるんだ!」


「そんなことワタシにだってわかりませんよ! というかさっきからうるさいですよ、ルヴィ!」


「オレはただエメラが心配なんだよ! お前は違うのかサファイア!? こんなときでもクールぶるつもりかよ!」


「ワタシだって心配です! というか自分の無力さからワタシに当たらないでください! ルヴィはいつもそうです! 腕力で解決できないと誰かれかまわず当たり散らす!」


「なんだとコラ!? おいサファイア、もう一度言ってみろ! 誰がいつどこで八つ当たりしたってんだよ!」


不安が止まらないのか。


ルヴィの愚痴ぐちから始まり、サファイアも声を荒げ出していた。


普段ならこんな不毛ふもうな言い争いなどけしてしない彼女たちであったが、エメラの身を案じすぎて、落ち着いていられない状態におちいってしまっている。


このままでは足を止めて、二人が取っ組み合いでも始めそうな雰囲気になっていたが――。


「ルヴィ! サファイア! ケンカはお姉ちゃんが許しません! それよりも今はエメラのことが大事でしょう!?」


前を走るダイヤの一喝いっかつで、ルヴィもサファイアも押し黙り、互いに言い過ぎたと声をかけ合っていた。


そして二人ともこんなときでもダイヤはダイヤだと、普段のおっちょこちょいな様子とは違うたのもしい長女の姿に、気持ちが少し楽なっていた。


多少の落ち着きを取り戻した頃、オルコット姉妹はゲオルグの家に到着。


ゲオルグに出迎えられ、ミュゼの寝室で寝かされているエメラの前へと通された。


「エメラ、ごめんなさいね……。全部……全部、お姉ちゃんのせいでこんなぁ……こんなぁぁぁ……」


先ほどまでりんとしていたダイヤは、エメラの前で泣きくずれた。


両膝を床につき、すがるように苦しそうに眠っている緑髪の四女の手を、まるでいのるようににぎっている。


そんな長女を見たルヴィとサファイアは、彼女も自分たちと同じで不安でいっぱいだったのだと知り、己のおろかに胸をいためていた。


エメラが実際に魔法を使っていた場面にいたのはダイヤだ。


そのときに妹の不調に気が付けなかった自分をめているのだろうと思うと、ルヴィとサファイアは姉にかける言葉が出てこない。


「そんなに自分を責めるな。あんたのせいじゃない。これはエメラ本人がやったことだ」


打ちひしがれているダイヤに、ゲオルグがそう言った。


その発言を聞いて頭に血が上ったルヴィは彼の胸倉をつかみ、そしてサファイアのほうもめ寄って激しくにらみつける。


「おい、いくらダイヤ姉のためを思っていても、言っていいことと悪いことがあんぞ、おっさん!」


「訂正してください! そんな言い方だと、まるであの子、エメラの自業自得じごうじとくみたいじゃないですか!」


ゲオルグは胸倉をつかまれても、殺気立った視線で睨まれても、まったく動揺していなかった。


むしろこうやって食ってかかってくることがわかっていたかのように、彼は二人に向かって言う。


「自業自得だろう」


ゲオルグは、これ以上の言葉がルヴィとサファイアをさらに怒らせるとわかっていながらも、二人に向かって話し続けた。


エメラは治癒魔法が使える者として、魔力切れの可能性があることを承知しょうちの上でやった。


二人はその場にいなかったからわからないだろうが、そのときのエメラは姉三人にも負けない強い意志を持った一人の人間だったと。


「俺は最初にあんたたち姉妹と会ったときに、エメラだけは年相応の娘だと思っていた。だが、それは違った。エメラもまた年齢など関係なく、強靭きょうじんな意志とそれに裏打ちされた経験を持つ、まぎれもないあんたたちの姉妹だったと、そのときに思い知らされたんだ」


「おっさん……」


「ゲオルグさん、あなた……」


ゲオルグの真意を知ったルヴィとサファイアは、すぐに彼に頭を下げ、緑髪の四女にもそんなところがあったのかとクスリと笑った。


そんな二人を見たゲオルグは、無駄な話をして場を乱したことを謝罪すると、今はこれからのことを考えるべきだと提案する。


彼の考えは魔力を回復させる薬を、エメラに与えればよくなるのではないかというものだった。


だがこの提案を聞いた途端とたんに、サファイアの表情がくもり、それに気が付いたルヴィが彼女に声をかける。


「どうしたサファイア? いいアイデアじゃねぇかよ。金の心配なら最悪オレがかっぱらってでも――」


「いえ、違います。お金の心配じゃありません」


物騒なことをいったルヴィを気にせずに、サファイアは話を続けた。


なんでもゲオルグのいう魔力を回復させる薬があるのは、ほぼランペット王国の中央――つまり王都にかぎられている。


ここは国境にある町――ゴゴ。


正直いって無理に馬を走らせても一週間はかかってしまうため、それまでにエメラの体力が持たない可能性が高い。


ではコルネト王国ならばとゲオルグが訊ねたが、薬はコルネトでも城のある中心部のみでしか手に入らないため、つまりは不可能だとサファイアは言う。


「探せばこの辺境にあるどこかの町でも売っている店があるかもしれませんけど……。その選択はかなり負けが決まっている賭けをするようなものです……」

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