1-3

午後からは年越しの儀の準備で忙しかった。

なにしろ国の一大行事、そこで奉納の舞を踊らなければならない。

しかもマスメディアのカメラが何台も入って全国……どころか世界中に中継されるとなると失敗は許されないのだ。

なんでこんな面倒なことをとは思うが、この神祇じんぎ家に生まれた運命を呪うしかない。


我が神祇家は遙か昔からこの国に降りかかる〝穢れ〟を祓ってきた。

人の負の感情が集まり、それは実体を持って現れる。

穢れは災害や疫病をまき散らすので、早期に祓わなければならない。

その役割を担ってきたのが神祇家の女たちなのだ。


神事は神祇家併設の……というよりも、神社に神祇家が併設されているというのが正しい。

その神社でおこなわれる。


「翠、準備はいいかい」


「はい」


祖母に声をかけられて顔を上げた。

幕の向こうでは参列者が私たちの登場を待っている。

参列しているのは総理大臣など国のお偉方だ。

昔は天皇の前で舞っていたらしいが、今はそれはないので少しマシだと思っていた。


巫女装束に裳まで着けた私と祖母が所定の位置につき、頭を下げると音楽が流れ出す。

もちろん、生演奏だ。

それにあわせてゆっくりと立ち上がり、床の上に足を滑らせながら儀式用の刀を握る手を動かす。

ゆったりとした動きながらもこれがなかなか難しい。

けれど私は十二のときからこの舞を舞ってきた。

もう手慣れた……嘘です。

先日の練習で祖母から動きが雑だと叱られたばかりだ。


篝火に照らされる舞台の上を、つま先、指の先まで神経を行き渡らせ、舞う。

これには今年一年の穢れを絶ち、濯ぎ落とす意味があるそうだ。

毎年そうだが、次第に刀を持つ腕が重くなっていく。

手が痺れて刀を落としそうになるが、根性で握り続ける。

それでももう、限界が近い。

祖母に目配せされて祭壇の前へと歩を進めた。

そこでは腕の太さほどあるロープ――しめ縄を威宗と春光が両端から持ち上げている。

あのしめ縄が今年一年の穢れを表しているらしい。


「はぁっ!」


祖母とタイミングをあわせ、しめ縄を一息に刀で切り落とす。

途端にふっと、あれほど重かった腕が軽くなった。

毎度のことながら、不思議だ。


刀を鞘に収め、参列者に一礼して控え室へと下がる。


「はぁはぁ」


舞が終わる頃にはすっかり息が上がっていた。

それくらい、体力を使うのだ。


「これくらいで情けないね」


あとから控え室へ戻ってきた祖母がにやりと笑う。

もうとっくに還暦を過ぎているのに、祖母は私と違い息の乱れはない。

それでも額には薄らと汗が滲んでいた。


「威宗も春光もお疲れ」


祖母が刀のふたりを労う。


「花恵様も翠様もお疲れ様でございます」


彼らは私たちに頭を下げてくれた。


「これでお役御免かと思うと、少々淋しいですね」


春光が少し淋しそうに笑う。

そうか、来年は私が刀を授かり、春光の役をその彼が担うようになるんだ。


「本当に長々と申し訳なかったね」


慰めるように祖母は春光の背中を軽く叩いた。

本当は春光の役は母の刀がやるはずなのだ。

舞手だって現役巫女の祖母と母になる。

しかし母はもういない。

私が六つのとき、穢れと相打ちになって死んだ。


「いえ。

毎年、翠様の成長が間近で見られて役得でしたので」


やりきったといった顔を春光はしている。

私から見れば兄のような存在だったが、彼からすれば私は孫のような存在なのかもしれない。

……見た目はショタだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る