21.奇襲
「ハンナ様――っ!!」
自分でどうにもならない私の身体は、地面に崩れ落ちる前にガロウさんの腕によって抱きとめられた。
「――っ!!」
指先までも思い通りにならず、ぐるぐる回る視界に加えて吐き気も加わり、息が詰まって変な汗が背中を流れるのを感じる。
当初感じた、ざわざわと肌を這うような感覚は未だ顕在で、体中をうごめくような気配に身の毛がよだった。
「ハンナ様!? ハンナ様!!」
焦った様子のガロウさんに、大丈夫ではないものの、大丈夫だと伝えたいのに声が出ず、せめてガロウさんに顔を見せたいのに顔さえあげられない。
「う……っ、つ……っ!」
「小鳥ちゃん!?」
「妹君を早く室内に戻せ!!」
焦ったようなルド様の声と、ぴしゃりと響く本の妖精さんの声が聞こえる。
「ハンナ様、失礼いたします」
まるで自分の身体ではないほど鉛のように重くなった身体が、ガロウさんに抱え上げられて運ばれるのがわかった。
「妹君をここに――」
「この上に……っ」
ルド様と本の妖精さんの声が立て続けに聞こえる。
固い床の感触が背中に伝わり、どうやら降ろされたらしいということはわかった。
様々な不快感から仰向けでいられず、身体を丸めて横向きにもぞもぞと堪える。
とてもではないが、未婚の令嬢が晒していい姿ではないなと変に冷静な頭のどこかで考えていた。
「ヴァーレン殿、ハンナ様はいったい――っ!?」
「小鳥ちゃん!? 小鳥ちゃん!!」
声は聞こえるものの、ぐるぐると勢いよく回り続ける視界が目をつむっていてもわかり、吐き気も手伝って目を開けられなかった。
「……妹君も呪いにかけられたようだ」
「なんだって!?」
本の妖精さんの言葉に、ルド様と私の心の声が重なる。
「私の部屋には呪いや魔法の効果を抑制する仕掛けがしてある。この部屋の領域外に出た途端に異常が起こったのはそのためだろう」
「ど、どうすれば…っ!? いや、それよりも何で小鳥ちゃんが……っ!?」
「ヴァーレン殿……身体に出ている紋様のようなものは一体……?」
周囲の声は聞こえているものの、あまりの気持ち悪さに声を出すと吐きそうだった。
ふと、呪いに身を折っていたルド様の姿を思い出す。ルド様も、こんなに苦しくて気持ち悪い思いをしていたのだろうか。
「呪いの核に定められた部分から、呪いは広がっていく。広がりきったら呪いの完成だ。本来ならとっくに完成している所だが……運が良かったな……」
「どうにかできないのかい……!?」
「……呪いが完成する前に、呪いを破綻させる。そうすれば、術は失敗して術者へ帰る」
「できるのかい!?」
「……ここは私の部屋だ。そして、私を誰だと思っている」
わぁ、ものすごい頼もしい。と少しホッとしながらも、いかんせん全く改善しない不快感に耐え続けるのがものすごくつらい……。
願わくば、1秒でも早く何とかして欲しかった。
「……っ……う……っ……! ……き……もち……悪……っ!」
ぐぅっと喉が鳴り、喉元まで迫り上がってきた気配を何とか手で押さえて気を逸らす。冗談抜きで油断できない状態だった。
「妹君、聞こえているか。あとわずか堪えれば楽になる」
頬を誰かに優しく触れられ、本の妖精さんの降ってくる言葉が聞こえる。
恐らく助けてくれる意味とはわかっているが、楽になるという言い方に私は若干不安になった。
頬の感触が消えたあと、周囲からは動き回る衣擦れの音と足音、そしてカタカタと何かの物音がしばし続き、静かになった。
「2人は少し離れて」
本の妖精さんの言葉に、ルド様とガロウさんが移動する気配を感じる。
「ーーいくぞ……」
本の妖精さんの声が聞こえ、一呼吸を置いた後にボソボソと紡がれる呪文の羅列が聞こえてくる。
現代語では意味をなさないその言葉の羅列は、抑揚なく紡ぎ出され、しばしその言葉に意識を傾けているうちに症状が和らいでいることに気づいた。
多少の余裕が出てきて、硬く瞑っていた瞳を薄く開けると、ぼやけた視界には変な香炉のようなものと、床から溢れるように光が満ちているのがわかった。
魔術って、すごいなぁ。と魔法術関連が赤点の私は呑気にそんなことを考え、再び瞳を閉じる。
さっきまでの不快感を堪えていた疲労や緊張感に対して、症状が和らいだことと、何だか気持ちのいい温もりに包まれているようで、急に意識が遠のいてきていた。
「ーーきもちいいーー……」
うわ言のように、呟いて、私の意識はそこで途切れた。
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