平穏時代物語⑨
困惑しているうちに権巌は躊躇いなく刀を振り上げていた。 以前の光景が脳裏を過り胃の中から酸っぱいものが込み上げてきた。 それをグッと堪えて、行動に移る。
このままでは奏思は殺されてしまうだろう。
「ま、待ってください!!」
陽与梨は二人の間に入り手を広げこれ以上奏思に近付けさせないようにする。 ギラっと光る刃が恐ろしくて足が震えてしまう。
「陽与梨、邪魔だ」
「刀を下ろしてください!! 相手は子供ですよ!?」
「だから何だ」
「どうして許してあげないんですか!? どうして貴方には『許す』という言葉がないんですか!!」
「・・・」
「さっきまではあんなに優しい目で奏思くんのことを見ていたのに!! あの時の優しい感情はどこへいってしまったんですか!?」
「敵であれば容赦はせん、と言った。 庇うのであれば陽与梨も我が敵となる」
そう言いながら切っ先を陽与梨へ向けた。 陽与梨は一瞬怯んだがすぐに声を荒げる。
「奏思くんはまだ子供! 素敵な将来がこれから待っているかもしれないというのに、これで終わるなんて可哀想です!!」
「なら、その将来を抱いて平穏に生きていればよかったのだ。 情報が敵に抜ければそれは綻びとなり多くの者の未来を奪われてしまうかもしれないのだぞ?」
陽与梨はこれだけ感情的になっているというのに権巌は相変わらず無表情。 それが怖かった。
「そ、それはそうかもしれないですけど・・・」
「頭では理解できても感情では理解できないということは分かった。 とりあえず、そこをどけ」
「ど、どうしてそんな簡単に人を傷付けることができるんですか!! 生殺与奪の権利は貴方が持っているんでしょう!? どうして貴方のような人がその権利を持っているのか私には分かりません!!」
そう強く言い放ったが、権巌は陽与梨を避けながら奏思へ向かって刀を振り下ろした。
「~ッ・・・!」
血しぶきを上げ奏思は声にもならないような叫び声を上げた。
「どう、して・・・」
完全に見る勇気はないが恐る恐る視線を斜め下へとやった。 畳は真っ赤に染まり奏思は動かない。 この状況に陽与梨も固まっていると権巌が言った。
「・・・子供だからこそだ。 こういう子供に将来を持たせる方が危険なんだ」
「・・・貴方のことが理解できません」
この場に居ても立っても居られなくなり陽与梨は泣きながら宴会所を去った。 止める者は誰もいない。 自室へ戻り一人涙した。
―――こんな最悪な気持ちで終わりたくなんてなかった・・・。
どれ程泣いていたのだろう。 ふと我に返ったのは雷の音が聞こえた時だった。
「雷・・・? そうだ、行かなきゃ・・・!」
奏思のことが忘れられず今夜が帰れるチャンスだということを忘れていた。 雷の音に引かれるようにのそのそと立ち上がる。
「満月はどこから見えるかな・・・」
部屋を出て満月の見える場所を求めていった。 奏思のことで胸が痛く、酷く怖い思いをさせられるこの世界にもういたくないという気持ちが勝った。
我武者羅に駆けていると思いが伝わったのか満月が顔を出した。
「見つけた・・・!」
満月が見えるベンチへ腰を下ろす。 そのまましばらく満月を眺めていた。
―――・・・もういっそのこと早く元の居場所へ戻りたい。
―――こんなところにはもういたくない。
ここへ来た原因は満月と雷が合わさったところを偶然目にしたからだ。 だから同じことをもう一度すれば帰れると思い今こうしている。 ただ満月と雷は揃っているがあの現象が起きる保証はない。
そもそも本当に原因がそれだったのかも分からない。 ただ陽与梨にとって希望はそれしかなかったのだ。
―――・・・雷、来ないかな。
願うように雷が落ちないかを見ていると背後に人の気配を感じた。
「ここにいたんだ」
「侑生くん・・・!」
見ると侑生が一人そこに立っていた。
「僕も隣いいかな? 陽与梨をちゃんと見送りたくて」
「うん、ありがとう。 ・・・あと宴会を台無しにしちゃってごめんね」
「仕方ないよ。 緊急事態だったからね」
そう言われほんの少しだが罪悪感が軽減した。 二人して満月を見上げる。
「そう言えばさっきは間一髪だったね」
「さっき?」
「うん。 権巌様があの子を切らなければ陽与梨は彼にやられていたよ」
「・・・え?」
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