僕が射抜いたのはクラスのアイドルの心だった

あやかね

第1話


 恋矢れんやには三分以内にやらなければいけないことがあった。授業中だろうと食事中だろうとトイレの最中だろうと必ずやらねばならない。それは彼にとってなによりも大切な事で、しくじれば命は無い。相手も、自分も。


 彼は固唾かたずを飲んでスマホを見つめる。画面上にはターゲットの位置が表示されている。ここはピロティだろうか? 二人分の反応がずっとそこで止まっている。


(これは……来たな)そう判断した彼は愛用の弓と矢を持ち、ピロティがよく見える場所へと移動する。


 キリキリと弓を引きしぼり、その時が来るのを待つ。


 そこにいたのは陰キャらしい男子と可愛い女子の二人。おそらく男子の方が呼び出したのだろう。


 顔を赤くした男子があたふたと話しかけるのを、女子は何かを期待するように聞いている。


「あの、僕と、僕と……」


「うん………」


 恋矢は屋上に身を隠してその時をジッと待った。


「僕と、付き合ってください!」


 来た! 恋矢は矢を放った。


 限界まで引き絞った矢は光のごとく女子の胸に命中し、するすると体内に吸い込まれて行く。女子は感極まったように「うん、うん! よろしくお願いします!」と抱き着いて、恋矢の持つスマホに『カップル成立!』という表示が出た。


「ふぅ~~~、今回も上手くいったぞ」


 ドッと安堵がこみ上げてきた。後は見なくたっていいだろう。


 告白の賞味期限は三分。その間にカップルを成立させるのが彼の仕事である。


 峯ヶ浦みねがうら高校に配属されてこの方、彼はあまたのカップルを成立させてきた。キューピッドのマニュアルによると呼び出してから告白をするベストなタイミングは一分から二分半ほど。三分を超えてしまうと相手側が疲れて恋のドキドキが薄れてしまうのだ。キューピッドの矢はカップルを成立させるための判子はんこのようなもので、ドキドキが薄れてしまった相手には刺さらない。


「今日はもう一件くらいありそうだな」


 峯ヶ浦高校の恋は彼が守っている。普段は学生として学業に励むかたわら情報収集を行い、これはと思う二人を見定めてその時を待つ。


 任期は卒業までの三年間。無事にやり遂げたなら人間として転生できるのだ。


 恋矢は屋上に残り、自作の資料とスマホを見比べながら誰が告白するだろうかと考えた。


(もうそろそろこの二人はいきそうだな。でも、運動部のコイツが部活に集中したいと言っているし、吹奏楽部のコイツらか? たしかこの時間は三年教室で練習しているはず……)


 恋が実るかどうかは彼にかかっている。二人がどれだけ好きな気持ちでいっぱいでもキューピッドの矢が無ければカップルとして成立しない。とても重要な仕事だ。


 チラリと教室に目をやると、吹奏楽部の二人は練習を放棄して何やら話し込んでいる。部活終わりに告白するだろうとふんだ恋矢は待つことにした。


 時間は進み、部活終了の時間である。


 暮れかける夕陽を背に恋矢は弓を構えて待った。


 昇降口から例の二人が出てくる。様子がいつもと違って変にドギマギしているようである。手を繋ぐのも躊躇ちゅうちょするような様子に恋矢は(来たな)と思った。


 これは昇降口でいくかもしれない。


 キリキリと弓を引き絞り狙いを定める。弓の軌道は呼吸の仕方でれてしまうので極限まで集中する。


 二人のやり取りに全神経を研ぎ澄ませていると……


「いつまで残ってるの! 天崎あまざき恋矢!」


 屋上のドアがバンと開いて闖入者ちんにゅうしゃが現れた。


 その人は高峰たかみね澄花すみかといって恋矢のクラスのアイドルである。彼女に恋をする人は多く、恋矢が情報収集をしていても大半の男子が高峰に恋をしておりたいへん迷惑に感じていた。彼女がいるからカップルが減る。しかも高峰自身は誰が好きなのかまったく見当もつかないときた。


 そんな彼女がどうしてここに?


「うわっ、誰!?」


 恋矢は突然の事に驚いて振り返り、反射的に矢を放ってしまう。


 前述したとおりキューピッドの矢は恋をしている人にしか効かない。しかも告白寸前のドキドキしている人間にしか。そしてこれも前述したとおりしくじれば相手の命が無くなる。


 恋をしていない人間にとっては普通の矢と同じなのだ。


 恋矢の放った矢はまっすぐ高峰に向かって飛ぶ。まずい! と思っても間に合わず、胸元に命中してしまった。


「わーーー! やばい! どうしようどうしよう! 大丈夫!?」


「……………」


「息してないよーーーー!」


 高峰が恋をしているのかどうか恋矢は知らない。もしかしたら好きな人がいないのかもしれない。そうなったら人殺しである。


 恋矢は駆け寄って高峰を抱き起した。頬をぺちぺち叩いてどうにか起きてくれないかと声をかける。しかし、キューピッドの矢は恋をしている人間にしか効かないのだ。


「高峰! 高峰!」


 どうしたら良い? 心臓マッサージ? 人工呼吸? 何をしたら息を吹き返すのだろう?


 動転した頭でアレコレ考える恋矢。


 高峰の体はグッタリしていて重い。命がそこに無い事は誰の目にも明らかだった。これから冷めていくのだろう。


「………………ん」


 ところが、高峰の口元がかすかに動いた。


「え、高峰!? 気が付いたのか!?」


「……ん、恋矢……くん?」


「良かった、気が付いたんだね」


 ぼんやりと目を開ける高峰。どうやら意識はあるようだ。


 死んでいなくて良かった。


 恋矢は安心して頬を緩めた。心臓に命中したように見えたが、急所は外れていたのだろう。「大丈夫かい。頭を打ってない? もし体に変な所があったらすぐに言うんだよ」と介抱していると、ふと、矢がどこにもない事に気づいた。


 恋をしていない人間にとっては普通の矢である。カップルが成立するときは体に吸い込まれて行くが、成立しない場合は刺さったままになるはずである。


「……うん。恋矢くん」


「なに?」


「………だいすき」


「……へ?」


「恋矢くん、大好き!」


「へぇえ!?」


 高峰が急に抱き着いてきた。瞳はハートが浮かんでいるようにキラキラ濡れて、声音ははちきれんばかりの気持ちを伝えるかのよう。頬が赤いのは夕陽のせいだけではなかった。


「大好きだよ恋矢くん!」


 高峰は、あと二年しか生きられない恋矢を好きになってしまったのだ。

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