メガネの勇者

浴川 九馬

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れには三分以内にやらなければならないことがあった。



 小説の投稿である。



   ◆   ◆



 ここまで書けば賢明なる読者諸兄も事態をお分かりかと思うが、念のため説明しておこう。



 時は2024年2月1日。

 バファつのの芯まで凍みるような冬晴れの日である。


 この日は、とある小説サイトで開かれている、Web小説の世界に新たな潮流を巻き起こすべく設立されたオールジャンルの小説コンテストの応募受付期間最終日であった(上記は検索したら出てきたカクヨムコンの概要である)。

 この2月1日の11時59分までに、応募規定を満たした小説を投稿することで、コンテストへ参加することができる。

 それはバッファローにとっても同様のことであった(全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによるカクヨムコンへの参加は禁じられていない)。


 応募規定のひとつに、文字数がある。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、この文字数条件を満たすためにあと少しの投稿を必要としていた。


 幸い、投稿内容はテキスト状態で完成していた。

 あとは11時59分までにその内容を投稿すれば良いだけである。


 現在時刻は、11時56分。



 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れには三分以内にやらなければならないことがあった。



 小説の投稿である。



   ◆   ◆



 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、仕事をしていた。

 その名を見れば当然ご理解いただけると思うが、全てを破壊しながら突き進む仕事である。これを完遂せずして、小説の投稿を成し遂げることはできない。

 業務時間中の私用によるインターネット利用は、規定により禁止されていた。



「おっ……俺のマイホームが~~~ッ……汚え稼業で稼いだ全金箔のマイホームがぁ~~~ッ!」

「グスッ……ウェ~ン……ママクソ下僕ぅ~~……どこお…………??」

「あはははっ……終わりだ……談合入札で完成の暁には俺に大金が入ってくる予定の意味深でその実無意味なモニュメントが……ちくしょうっ…………!」



 だが、世界には破壊するべきものが多すぎた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは到底、全てを破壊しきれてなどいない。


 選択の時が迫っていた。

 群れ全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れとしての誇りを守るべく、全ての破壊を継続するか。

 小説投稿を行うべく、業務中ながら私用のインターネット利用を行うか。



「次の破壊に向かうぞ」

 群れの最前を行くヘッドは突き進みながら後続のバッファローたちへ告げた。

「俺たちは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ。破壊以外に優先すべきことなどない」


「同感ですねェ~~!」

 ムードメーカーのピエロが、突き進みながら同調する。

「今日の破壊は妥当な破壊ばかりでフラストレーションがたまりますよォ~~! もっと想定された理不尽な破壊を遂行しなければ!!」

 群れの意見はこの2頭の発言により固まったように見えた。


「待ちなァッ!」

 だが、そこに熱血漢のビフテキが待ったをかける。

「確かにィッ、俺たちは全てを破壊しながらァッ! 突き進むバッファローの群れだけどよォッ!!」

「ビフテキ、鉄板の火加減を弱めないか」

「……ッフゥ~~済まねえな。だが、今日は年に一度の締切だぜ? 破壊ってのがそんなに大事かねえ?」


「破壊の大事さを疑うことはいただけないけどねえ」

 群れの母親役、ミルクメイカーが突進しながら色っぽく言った。

「ただ、時にはそれより大事なことがある。そのために、一年に一度、ほんの少しルールをはみ出ることが、何より戒めるべきことだとは思わないわ」


「……は、はいッ……!」

 群れの真ん中よりちょっと後ろあたりにいるメガネが、突進しながら必死に頷く。

「一年に一度……一年に一度、この時のために、ぼくは小説を書いてきたんです! あと三分以内に小説を投稿しなければ……それが無駄に!」



「小説の投稿、か……」

 小声で漏らすヘッド。

 彼は妻と子供二人を持ち、郊外に一軒家を建てる真人間の生活を営んでいたので、文芸に対し一切の理解はない。

 また妻子がいるので、規則を破ることもできなかった。


 だが仲間の情熱に応じ、ほんの少しの妥協案を提案することができる。


「……昼休みを早める許可を取りに行こう」

「!! ヘッド……!」

「俺たちの上司は毎日のように入れ替わるが、本社の事務所で新聞を読みながらヒマそうにしていることは変わらない。直談判と行こうじゃないか」


「で、ですがヘッド!」

 ピエロは慌てた様子でひねりのある跳躍をする。

「我々の事務所は本社ビルの3階のスミにあります! そこまでの経路には数えきれないほどのワナと障害が……」

「聞いたことないねえ。……あんたが仕掛けたのかい?」

 ミルクメイカーが問えば、ピエロは可愛く笑って自分のツノをこんと叩く。

「すみませェン! 退社する上司を確実に惨殺するのがワタシの趣味でして~~ッ……!」

「だ、だからぼくらの上司は毎日入れ替わっていたんですね! 伏線回収だ……!」


 群れから笑いが起こる。こういったお茶目さがピエロのムードメーカーたるゆえんである。


「気にするなよ、ピエロ」

 ヘッドもまた笑いながら、突進を緩めることはない。

 その行く先は、すでに本社ビルへと向かっていた。

「どれだけワナがあろうと気にすることはない。だって、俺たちはなんだ?」


「ってらァ! オレたちはァッ!!」

 熱した鉄皿の上で、ビフテキが叫ぶ。

「……『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』だッッ! 熱ッィイイ!!」

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