第37話 悪魔

「それじゃあ始めるぞ」


 意識を集中して、媒体となる魔石を作り始める。

 周囲から魔素を集めて固めていく作業だ。


「思ったよりでっかくなっちゃったな」


 最終的に出来上がったのは僕の身長ほどもある魔石。


「あとはこれにこの魔石を統合すればっと……」


 先ほどビリーさんから貰った魔石を近づけて一体化させる。

 無事に呪いを移すことには成功した。


「後は待っていればこれに呪いが集まってくるはずだ」


「それってどのくらいかかるの?」


「うーん、そんなにかからないと思うけど……あ、ほら、色が段々変わってきたぞ」


 見ていると、少しずつ色が濃くなってきている。

 動画で見たビリーさんが拾った時みたいな色だ。


「なんか変な感じがする……」


「ああ……こうして見ると、凄い嫌な魔力だ……」


 集まってきたことでわかる。これは本当に悪意の塊だ……


「人の悪意を増長させる効果……だな……気を引き締めてないと僕だって飲まれてしまいそうだ。雛香も気をつけろよ」


「うん……」


 雛香も普段とは違って真剣な顔をしている。

 しばらく待っていると、さらに魔石が濃くなっていく。

 最初の白い色から完全に黒になろうというその時だった……


ピシッ


「あっ! ヒビが!」


 巨大魔石にヒビが入った。

 そこから黒い煙のようなものが吹き出してくる。


「雛香来るぞ!」


 僕らは距離を取って構える。


ピキピキッ……バリン!


 魔石が崩壊して、煙が一気に吹き出す。

 その煙は段々と形作っていく。


「こうなったか……」


 その姿は、頭に山羊のような角を持ち、身体は紫色、その背中からはコウモリの羽が生えている。端的に言って悪魔のような姿だった。


「これが呪い……」


 流石の雛香も引いて……


「本物の悪魔と戦えるなんて!」


 満面の笑みとか……引く……いや、今は頼もしいと思っておこう。

 悪魔はキョロキョロと周りを見回し、僕らの方を見て……


「……ッ」


 ニヤリと笑った。


「雛香避けろ!」


 悪魔が雛香の方に手を向けると同時に、そこから紫色の魔弾が飛び出す。


「……っ!」


 雛香が横に飛んでそれを避ける。素晴らしい反射神経だ。


「って僕も言ってる場合じゃないな!」


 僕の方にも魔弾を飛ばしてきている。

 僕も対抗して、それを防ぐためのバリアを展開する。

 魔弾はそれに当たると、弾けて消えていった。


「ふぅ……良かったこれなら防げるのか」


 基本的にこのダンジョン空間の中では僕はなんでもできると言っても良い。

 ただし、それは、他に魔力を操れる相手がいない場合だ。


 今回の場合は、相手は魔素を操れるため僕と相手との魔素の取り合いになる。

 だから、油断をすれば僕だってやられる可能性がある。

 今も相手の力を削ごうとしているけど、拮抗している状態。


 つまりあいつを倒すためには、僕以外の要素が必要。


「というわけで、雛香頼んだぞ!」


「任せて! えりゃぁああ!」


 雛香は雄叫びをあげて、悪魔へ斬りかかる。

 しかし、悪魔はそれを上に避けた。

 ジャンプ? いや、違う。


「飛んで避けた!? ずるい!」


 悪魔はその翼を動かし空へ飛んで攻撃を回避したのだ。


「雛香だって飛べるだろ! 追うぞ!」


「あ、そうだった!」


 飛べるようにしておいたのが役に立つなんてな。

 僕らは悪魔と同じように浮き上がり、同じ高度まで来る。


「雛香! 援護するから突っ込め!」


「うん! 行くよ!」


 雛香が再び悪魔に迫る。

 悪魔も雛香の動きに合わせて魔弾を放とうとするけど、


「加速させるぞ!」


 僕は雛香に風の援護を与える。これで雛香の動きは速くなる。


「おおっ! 凄い速い!」


 急に速くなった雛香だったが、すぐにその動きに適応して迫ってきた魔弾を避けて突っ込む。


「えりゃぁあああ!」


 そのまま近接して、悪魔に袈裟斬りを放った。


「……っ!」


 悪魔も避けることができずにもろに剣戟を受けて身を引いた。


「ナイス! けど……」


 身を引いた悪魔に周囲の魔素が集まっていく。

 それを吸収した悪魔には先程の傷がなくなっていた。


「えっ! ずるくない!? 回復したんだけど!?」


 まぁこうなるよなぁ……


「あれどうやって倒したらいいの!?」


 周囲には無限に魔素がある、つまり無限に回復していく……わけではない。


「あいつの元になっている魔力は減ってるから、攻撃していけば倒せるはずだ……いつか」


「いつかっていつ!?」


 んなもんわからん……が結構大変そうなことはわかる。


「それより油断するなよ! なにかしてくるぞ」


 回復したはずの悪魔がさらに魔素を集めている。

 集めた魔素は悪魔の手に集まり、


「……っ!」


 それを空へ向けて解放した。

 紫色の煙が空へと放たれる。


「何あれ!」


「多分何かしらの精神魔法だ!」


 具体的な内容はわからないけど、絶対よくないことに違いな……


「うっ……」


 身震いがする……眼の前にいるあの悪魔を見ると震えが止まらない。

 すぐにでもここから逃げ出したくてたまらない。


「お兄ちゃん!?」


「!?」


 雛香の声を聞いた瞬間、僕は我に返る。


「大丈夫……だけど、わかったぞ。やっぱり悪魔の魔法はこちらの精神に作用するやつだ」


 一瞬だけ恐怖が僕を襲った。


「相手は負の感情を増幅させるぞ! 意識をしっかり保てよ!」


 これは思っていたよりもやっかいな相手だぞ。


 予想した通り、戦いはかなりやっかいなことになった。


「ぶ、分身!?」


 悪魔が魔素を集めたと思ったら、その姿が2つに増える。


「雛香幻影だ! 本体は1つだけだ!」


 分身して見えたように見えたけど、それはただの幻影にすぎない。

 ただし、見ただけではどちらが本体かわからない。


「うーん、こっち!」


 雛香が片方に攻撃をするけれど、それは空を切る。


「はずれ……やばっ!」


 そんな隙をついて、悪魔はこちらに魔弾を発射してきた。


「バリア!」


 ギリギリのところで僕はバリアを展開してなんとか防ぐことに成功した。

 さっきからずっとこういう展開が続いている。


 悪魔は僕よりも雛香の方が脅威と見たのか、雛香に積極的に攻撃をしかけてくる。

 それでも、僕の方は放置されているわけではなく、時折思い出したように精神攻撃をしかけてくる。

 そのたびに、恐怖に感情を支配されて動けなくなってしまう。


 そうなると雛香にかかった支援がなくなるわけだけど、それでもなんとか戦えているのは雛香に対して何故か精神攻撃が効かないという理由からだった。

 理由はわからないが、そのおかげで僕が動けなくなったときでも雛香は自分の力で自身の身を守ることができているわけだ。


 悪魔から感じる魔力も少しずつだけど減ってきている。

 このままいけばいつか倒せる。そう思っていた。


「くそっ! また精神攻撃か!」


 悪魔が僕に精神攻撃を仕掛けてきて僕は動けなくなってしまう。

 その間は悪魔と雛香との戦闘になるというのがいつもの流れだったのだが……


「えっ……お兄ちゃん! 危ない!」


「……は?」


 歪む視界の中、こちらに向かってくる悪魔とその後ろで悲壮な表情をしている雛香を見て。


「ぐっ!」


 僕は大きな衝撃を受けて戦場から弾き飛ばされて気を失ったのだった。

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