世界冒険者協会・本部

 世界冒険者協会は、世界各地に発生したダンジョンに対処するために生まれた。


 加盟国は80か国以上にも及び、ダンジョンの攻略をサポートするだけでなく、ダンジョン発生以降の世界経済をけん引する原動力ともなっている。


 そんな世界冒険者協会の本部は、地上にはない。


 ではどこにあるかというと、海上にある。正確には海上に浮かんでいる。


 全長1033メートル、最大幅361メートルにもなるオリンポス級海上要塞、その一番艦オリンポスだ。


〈ダンジョンコア〉を利用した魔力動力機関を持ち、推進器には多数の〈マジックアイテム〉を併用し、その効率と安全性を高めている。


 まるで小さな島が動いているような規模で、内部には食糧生産工場まで抱えているのだから、人工的な島といっても過言ではない。


 何故このような海上要塞が建造されたかというと、「『ダンジョンブレイク』によって地上で活動できなくなった際の最後の拠点」としてである。


 ダンジョンにつながる〈門〉は地上でしか確認されておらず、そうすると安全なのは空中か海上かということになる。そこで海上が選ばれたというわけだ。


 ただし、後に水棲のモンスターの存在が確認されたため、現在では海上の安全性は絶対ではない。


 その海上要塞オリンポスの内部に、世界冒険者協会の本部はある。


「日本支部からの報告は読んだかね?」


「もちろんです。むしろ、読まないという選択肢はないかと」


「それはそうだ」


 壮年の男性の問いかけに、老年の男性が答えた。


「冒険者の手配はどうなっている?」


「つつがなく。トップ層ともなると情報にも聡いものです。こちらの提案に飛びついてきました」


「まあ当然か。私も現役時代に同じような提案があったら、一にも二にもなく了承しただろう」


 彼らが話しているのは、冒険者協会日本支部からもたらされた、1つの報告について。


「試練型ダンジョンでケモミミが生えた、か」


「付随事項として戦闘力の向上に触れられているのは、お国柄でしょうか。どう考えてもこちらの方が優先度が高いように思えます」


「それだけ余裕があるということだ。良いことじゃないか」


「日本人は本当に言いたいことを隠したがりますから、本音は別にあるのかと想像してしまいます」


「ははは、君枝にそれは当てはまらないな」


 壮年の男性は、日本支部・関東局の局長である長谷川君枝と面識があるようで、彼女の性格について言及した。


「その君枝女史が直接こちらへ来るのですか」


「それと後藤理恵だな。彼女たちがどうなっているのか、今から楽しみだな」


「それはもう」


 長谷川君枝と後藤理恵がオリンポスに来るのは、先に提出した報告書についての説明が目的だ。世界冒険者協会内にも、ケモミミが生えたという報告について疑う声がないわけでもない。


 これについては無理からぬことだろう。普通に考えて、人間にケモミミは生えない。


 ただ、ある団体の登場以降、この『普通』というのがどういうものなのか、世界冒険者協会の職員たちは何度も自問自答することになったのだが。


「『マヨヒガ』か……」


 しみじみと壮年の男性がつぶやいた。彼の脳裏に去来するのは、先の『ダンジョンコラプス』の際のマヨヒガの活躍。あの半分、いや、10分の1の力でもあれば、変えられた歴史もあっただろう。


 ダンジョンが発生した当初から活動していた男は、長谷川君枝の心中を想像してみた。彼女もまた、男と同じように最初期から活動している。


 少し想像してみて、全てを笑い飛ばして前へ進むだろう彼女の姿が容易に浮かんだ。それが羨ましくもある。


「ふっ」


「どうしたのですか?」


「いや。私の心にも、まだ熱がくすぶっているのだと実感してね」


「ご参加されるのは良いとして、その後の試練型ダンジョンへは遠慮してくださいよ」


 はっきりとした疑いの目を向けられた男は、心外だと言いたげな表情だ。


「そこまではしない。自由にできる時間も限られているしな。彼らからの情報が集まり次第、効率的なプランを作成し、実行する」


「実行するのは確定なのですね」


「なに、悪いことではないだろう? 世界冒険者協会のトップがケモミミを生やす。実に効果的な広報じゃないか」


 この男、世界冒険者協会のトップたる会長、エリック・カーギスその人だった。


「多分に私情が挟まれているような気もしますが、効果的なのは同意しましょう」


 そしてこちらの老年の男性は、エリックの右腕とも言われる、アーサー・ミルズだ。アーサーとエリックは同年代のはずだが、見た目はエリックの方が若々しい。これは長谷川君枝と同じようなものだ。


 アーサーは戦闘は苦手で、主に後方でエリックを支えてきた。最近は生産系スキルを熱心に学んでおり、世界冒険者協会にも生産課のようなものを作ろうと奮闘している。


「アーサー、君もケモミミを生やしたらどうだ?」


「私がですか? 老人にケモミミは似合わないでしょう」


「ふっ、そんなことはないと思うがな」


「私のことは良いのです。もし本当にケモミミを生やされるのでしたら、しっかりと会議の上、了承を取ってくださいね」


「わかっているさ」


 ニヤリと笑ったエリックに、アーサーは思わずため息を吐いた。やると言ったらやる。それがエリックだと、長い付き合いから理解している。


「ところで、私に生えるとしたら、何のケモミミになるだろうな」


「人によって違うようです。ランダムではないんですか?」


「私としては、ぜひ狐耳が生えて欲しい。だって玉藻の前と同じだぞ?」


 世界冒険者協会のトップ、エリック・カーギスは、自他ともに認める玉藻の前推しだ。


「はぁ……」


 アーサーは再度深いため息を吐いた。


 ちなみにアーサーはキムンカムイ推しである。

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