アポカリプスを越えて トラブル続きの降下作戦
和泉茉樹
第1話 降下
クリスティンには三分以内にやらなければならないことがあった。
やりきれなければ、だいぶ困ったことになる。
降下ポッドのシステムの中枢の一つ、降下管制システムが大気圏外からの降下中、高度一万メートルを最後に唐突にクラッシュし、リセットを余儀なくされていた。静止軌道上の観測衛星とのデータリンクさえ切れている。
つまり今、クリスティンの収まった降下ポッドは自由落下している。
行き着くところは重力の底、偉大な大地だ。
現在の高度はおおよそ七千メートル。いざという時には緊急の処置で着地できる設計だが、他の降下ポッドとの連携が取れていなかったりすれば、最悪、空中で衝突もありうる。
可能な限り素早くシステムを操作して仲間の降下ポッドの位置を把握しようする。パネルに表示荒れると言ってもARパネルで、ヘルメットの機能と分厚いグローブの指先の端子の合わせ技だ。
通信が、繋がらない。減速が足りないせいでノイズが酷く通信が確立できない。舌打ちしながらシステムの現状を再確認。再起動は順調に進んでいるが、進行は現時点では七十五パーセント。さっさと終われと思いながら、高度計をチェック。すでに五千メール。
まずいかも……。
スーツの下で自分が汗をかいているのを感じる。冷や汗か、脂汗か。
指のグローグを虚空に忙しなく動かし、降下作戦をサポートする予定の早期警戒機とのチャンネルを選択する。こちらならまだ通信のつながる余地があるかもしれない。
「ヴァーツラフ、聞こえますか。こちら、降下中のバタフライ・スリー。聞こえますか、ヴァーツラフ」
早期警戒機のコードを呼びかけるが、クリスティンからすれば虚空に声を向けているようにしか思えない。
それでも数回を繰り返すと、耳元で不意にノイズが起こった。
通信が唐突につながる。
『こちら、ヴァーツラフ。バタフライ・スリー。そちらは予定座標を大幅に逸脱している』
いきなりこれだ。しかし最悪というほどではない。
「こちら、バタフライ・スリー。システムに不具合が生じている。すまないが、こちらの正確な座標と高度をそちらで計測してもらえないだろうか」
相手は少し黙ったが、すぐに返事をした。
『了解した。システムは何が生きている? 数値をここで教えたほうがいいか? それともデータリンクが可能か?』
「システムを再起動している最中です。口頭で教えてください。再起動が完了すれば、データリンクも可能なはずです」
答えながら私は高度を見ている。減速しているとはいえ、すでに高度は三千メートルを割っていると表示されている。それが事実なら、もう大地は目と鼻の先だ。
『オーケー、バタフライ・スリー。きみの座標を高度は……』
告げられた内容を両手のグローブの指先を使ってメモしておく。それはヘルメットの機能でAR画像として目の前に表示される。座標は想定と離れすぎていて、これでは任務に最初から参加するのは不可能だ。高度に関しては降下ポッドの認識と誤差はない。どうやら高度計は生きていたらしい。ちなみに通信機は降下ポッドのシステムの中でも独立した構造だ。
「ありがとう、ヴァーツラフ」
『無事を祈る、バタフライ・スリー』
まったく、優しいこと。
降下ポッドのシステムが再起動した。全てのシステムが立ち上がり、降下ポッドの中のなけなしのモニターが本来の機能を取り戻す。
『バタフライ・スリー、聞こえるか、バタフライ・スリー、おい、クリスティン』
いきなり通信が繋がったので、飛び上がるほど驚いたけど、降下ポッドの中にそんな広さはない。緊急チャンネルの呼びかけに素早く答える。
「こちら、バタフライ・スリーです。隊長、すみません、機材のトラブルで合流はできそうもありません」
答えながらも視線は高度計を見ている。すでに二千メートルと割っている。今は観測衛星とのデータリンクが回復したので、正確だと確信できる。
「こちらは単独で降下して、回収を待ちます」
『技術部に文句を言っておく。死ぬなよ』
了解です、と答えて通信を切るのとほぼ同時に目の前に開傘するか確認する表示が出た。
素早くグローブの指先で操作して、落下傘を開く。
ぐっと不自然な衝撃があり、降下ポッド内のシートに自分を固定しているベルトが体に少しだけ食い込む。技術の発展というのは凄まじいもので、こんな場面でもストレスは最小限になっている。
グラグラと降下ポッドが揺れているが、私はモニターの映像を注視していた。
補正が最大限に働き、降下地点の映像がほぼ正確に高い解像度で映されていた。
降下する座標は機械に任せればほぼ正確に、かなりの精度で選択できる。
問題はそこがどういう地形かだ。岩場なのか、砂漠なのか、野原なのか、木立なのか。その程度ならまだいいが、最悪なのは湿地や沼地の場合だ。降下ポッドは最低限の装備しか搭載せず、軽量化も図られているがかなり重い。沼に沈むことも十分にありうる。
システムにも地形や地質の認識はできるが、システムがどう判断しようと瞬間移動はできない。結局、どこかしらへ降りないといけないのだ。
モニターを見る限り、下に見えるのは岩場ではないし、木が生えているようではない。しかし下草のようなものは見える。びっしりと生えている。
いきなり特大の悲劇にはぶつからないとわかり、少し安心しながら降下ポッドの揺れが小さくなっていき、やがてはそれもなくなるのを私は体感覚で把握した。もちろん、システムもそう認識している。降下の最終フェーズということ。
高度は千をとっくに割って、あっという間に数百メートルになった。
システムが自動で姿勢制御を始める。小さな羽が展開され、小型の推進器も起動した。
降下ポッドがわずかに傾き、私は自分が仰向けになっているのがわかった。そのまま滑るように降下ポッドが移動し、目の前に投影された表示が着地までのカウントダウンを始める。
至れり尽くせりだ。
と思ったが、カウントダウンが二秒のところで唐突に衝撃が加わり、降下ポッドが持ち上がった。私がほぼ直立したような姿勢で止まってしまった。目の前では「降下完了」の表示がある。
どうも解釈が私とシステムでは違うようだった。
ともかく、私は降下ポッドを開放することにした。
しかし、開かない。エラーが表示されている。またトラブルだ。
私は指先を複雑に押し当てて、緊急時の開放プロセスを実行した。微かな振動と共に頭上のパネルがスライドしたことで、日の光が差し込んでくる。体を固定していたベルトは全て外れていた。
自由になった手足で、筒状の降下ポットの中を這い上がる。こんな時のために内部にさりげなく凹凸があるのは、備えあれば憂いなし、という事かもしれない。
這いあがった先でヘルメットのバイザー越しに周囲を確認し、その光景に私は少し、言葉を失ってしまった。
周囲にはびっしりと低木が生えている。下草ではなかったのだ。おおよそ一種類だが、地面を埋めている光景はどう見てもまともではない。降下ポッドが正規の開放手順を踏めなかったのも、その低木が降下ポッドの茂みに突き刺さり、そのまま絡みついているからだ。
茨のように見えるが、誰も名前なんてつけていないだろう。
地面に降りることもできないので、私は降下ポッドの上に座ったまま、スーツに固定されている救難ビーコンを起動した。
これが我々の故郷かと思うと、変な気がした。
人類発祥の地。
地球。
西暦で言えば、二三〇二年だが、もはや誰も西暦など使わない。
今は、解放歴二十年。
私たち宇宙を旅した人類が、変質した地球へ帰還し、この星を解放してから二十年。
しかしまだ何も解決していなかった。
(続く)
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