プロポーズみたいな

確かに…

何かお返しを…とは思ってはいたけど…


目の前のドレスを睨む僕。


突然、アルさんから、街へ散歩に行こう!と気軽に言われた。

「いやいや、王子ともあろう人が、そんな簡単に行けませんよね?護衛とか要りますよね?」

「何?俺って、そんな弱そう?」

そういう事では無くって… と、助けを求めて、体調が回復し昨日から仕事に復帰したクロードさんの方を見ると、残念そうな苦笑い。

「いつもの事です…リュカ殿、諦めましょう」

え?いつも?


アルさんは、楽しそうに鼻歌混じりで、着替え始めた。

アルさんの裸は刺激が強いので、僕は素早く後ろを向いた。

「よし!変装出来た。どう?」

言われて振り向くと、アルさんは最後の仕上げに綺麗な髪を束ねているところだった。

余裕のある布地をザックリとカットし、袖口のみを絞ってある所謂いわゆる庶民の服。

腰には太めのベルトを締めて、ズボンも動きやすさ重視の太めな物。色もごく平凡な薄い茶色。

なるほど、一応、街に馴染む格好という訳か。


で、僕の衣装なんだけど…

珍しく恥じらうように、隣で着てくれば良いからと、アルさんから押し付けられた、否、渡されたのは…何故か…淡いブルーのドレス。

なんでだ!!

僕はもう、女装するつもりなど無かったのに。

コンコン「まだかなぁ?手伝おうか?」

アルさんから、催促のノック。

「手伝い不要です、着慣れてますから」

嫌味の一つでも言いたかった。

仕方ない…主の命令には、逆らえないのが従者だ。

渋々着てみると、ドレスはサラリとした身体に沿うストレートな形で、裾の長さが、くるぶしまである。

首元までしっかりとレースがあり、僕の喉仏を隠した。

確かに素敵なデザイン。

姉上とか女性ならば一様に喜びそうな…そして、似合うだろうドレスを…なぜ僕が?納得出来ない。

つけ毛まで用意されていて、まぁ、準備の宜しいことで。

なんか、懐かしい感じの女装。

胸にも一応、綿を詰めたし…

鏡の前には、清廉な感じの女性...いや、中身は男性の、僕が居た。

隣の部屋で待っているアルさんの所へ行くと、一番に声を上げたのは、クロードさん。

「リュカ殿、これはこれは!どこから見ても女性にしか見えませんな!」

だから嬉しく無いって!

「さすがだよ、美しいね」

アルさんまで…勘弁してくれよ、僕にそういう趣味は無い。


「まぁまぁ…むくれてないで行こうよ」と促された。

誰かに見られないように、俯き加減で、足早に城壁の門を目指す。

クロードさんは、休んでた間の仕事が溜まってるので留守番だそうで、護衛も無しの、僕とアルさんだけ…

何かあったらどうするんだろうか…


不安ながらも、ついて行くしかないので、アルさんを追う。

門から出ると、賑やかで活気のある街が広がっていた。

宮殿の周りの城壁とは別に、更に大きな城壁にぐるりと囲まれた城下町。城壁には大小で50近くの塔が付随し、宮殿とこの街を守っている。

僕も自分の住まいからこの町に入るのに、石畳で出来た橋を渡ってアーチ型の門をくぐったのを思い出す。


アルさんは、僕の手を取った

「離れないようにね」

こんな事をしてると普通の恋人みたいに見えるだろう。

アルさん曰く、街に溶け込むには最適な男女の恋人同士設定の仮装だと。

僕の女装は不本意で、非常に気に入らないが…王子の身の安全の為、そして、沢山積もった恩返しの為…と、文句を飲み込んだ。


最初に向かったのは、街の小物屋で、僕の使う手帳とペンを買いたいとアルさんが言う…2つは重要な商売道具だからって。

不要だと言うのに、どれがいい?と聞いてくる、しかも、極上の笑み。

断りきれず、紅茶色のペンを1つ手に取ると、しっくりと馴染むので、重さを確かめるように持っていると

「それは、リュカの髪色に似ていて良いね。それにしよう」

ペンはおろか、サクサクと手帳まで買われてしまった。

手帳は、薄く小さめの物で、布のカバーがしてある。

「これに、リュカが刺繍すれば、素晴らしい一品になるんじゃないかな…もう一つ買おう…これは、イリスの分。リュカ、これにも刺繍お願い出来るかな?」

「それは、もちろん喜んでさせて頂きます」

僕の本来の仕事は、お針子なので、それならば胸を張って引き受けられる。


街を歩いていると、チラチラと視線を感じ、アルさんのオーラから王子だと気付かれたのか?もしくは、僕の女装がバレて、変態だと思われてるのか…一人ドキドキしたが。

それらの視線の理由は、アルさんの容姿が特別に美麗だからだと気付いた。

通り過ぎる女性達が、ぽーっと頬を赤らめ見つめている先は、アルさんだったから。平凡な服を着て仮装している意味が無いほどに、目立っている。

僕は、こんな美しい男の隣に並んでいるのが、段々と恥ずかしくなってきたんだけど。

アルさんは、人々の視線など受け流し、どんどん進んで行く。

どうやら、目的の場所があるみたいだった。


次に足を運んだのは、少し高級そうなたたずまいのパン屋だった。

途端に僕の目が輝いたのだろう。

「リュカは、本当に分かりやすいな」

ものすごく良い香りが漂っている店内。

見た事もないパンがずらりと並んでいる。その中に、僕がアルさんから貰って感激しながら食べた、中から甘いのがジュワッとなるパンがあった。

「もしかして…ここって?」

「そうだよ、俺がリュカに餌付けする為に、晴れた日には、よく足を運んだ店だ」

餌付けって…まぁ、正解だ。

久しぶりにあのパンが食べれるのか…ヨダレが溜まってくる。

「いつか、連れてくって約束が果たせて良かったよ」

アルさんは、僕が言った小さな言葉すら、ちゃんと覚えてくれていた。

あの甘いパンは、パンデピスという名前だそうだ。

パンデピス以外にも数個のパンが紙袋へ入れられ、アルさんは片手に持つと、再び僕の手を握った。

まるでデートしてるみたいだと…思った

「デートだからね?」

心の声が読まれたかと思った。


アルさんは、僕の手を引いて、街の中を巡る…様々な店が並び、豊かなこの街は、王族の力量を物語っていた。

街の一番外側となる城壁の所まで来ると、少し壁伝いに歩く。

壁の一部となっていて、普通なら見過ごしてしまいそうな階段があった。

そこを上がると…小さな塔のテッペン、小部屋みたいになっている所へ着いた。くり抜かれた窓からは街が見渡せ、その反対側には、森が広がる…その向こうには、僕の家もあるだろう…そちらを眺めていた。

「帰りたいかい?」

「あ、いえ…そんな事は」

確かに、少しだけ寂しい時もある。

家族は元気かな…と思う事もある。

でも、今の王宮での仕事には少しだけ自信も持ててきている。

慣れない事が少しづつ出来ていく達成感があった

「もう少ししたら、一度帰って来ていいから」

寂しそうに言われると、はい帰ります!とは言えず

「いえ…今は良いです。王宮での仕事がありますから」と答えた。


アルさんと横に並び、パンを頬張る

「美味そうに食べるよなぁ…相変わらず」

「だって…事実、凄く凄く美味しいです!本当に!」

僕は美味しさを噛み締めながら、食べていると、それを隣で嬉しそうに見てくれていたアルさんの表情が、少し硬くなった。

食べながらで良いから聞いて欲しいと…ポツリポツリとアルさんが話し始めた。


亡くなったセレスティア王女についてだった。王族同士で決めた結婚で、特別反対する気持ちも無く、歳頃になって結婚が決まるのは当たり前で、そんなものかな…と疑問も無く結婚したらしい。

セレスティア王女は、美しいが、とても控え目で大人しい方だったらしく、恋心というより優しい姉が出来たような感覚だったと。

世継ぎを作る事が王族の最重要事項なのは、お互い分かっていたので、義務みたいな性行為は、楽しい訳もなく、妊娠したと分かった時には、任務完了だと2人してホッとしたんだと。

過ごした時間は短かったが、穏やかで、何の問題も無く、それなりに情はあり、お産の最中に亡くなったと聴いた時、とても悲しかった…友人を失ったみたいだったと。

あとは、イリスを遺してくれた事には、とても感謝している。

でも…と

「やはり、感情というのは厄介で…リュカに対して思う、この苦しくて熱くて…甘い気持ち。これは、セレスティアには感じなかった…彼女には、申し訳無い気持ちもあるが、俺はどうしても…リュカと共に居たい」

僕の目を見つめ、まるでプロポーズみたいな事を言われる


「あの…僕は男ですよ?なので子供も産めません、イリス様が居られるので、それは逆に良かったかもしれないですけど…」

「男だって事はもちろん知ってるよ、結構前からね」

アルさんは少し前を思い出したように薄く笑う。

僕は恥ずかしさを抑えながら、彼の手を自分の胸へとグッと押し当てた

「ほら、綿が入ってるだけ…豊かな胸は無く本来は、真っ平らです。貴方を満たす事はこの身体では無理です」

「言っとくけど…俺はリュカに欲情するよ?普通に抱ける」

そうなの?男なのに…どうやって愛し合う行為をするのか、不明だ。


僕は、それでも、とどめの一言を伝える

「僕は、従者としてしか、共には居られません。それに…多分ですけど、そろそろ次のお相手を王から言われたのでは?」

僕の言葉を聞いたアルさんの表情を見て、当たりなんだと思った。

僕は、この時ばかりは働かなくても良い勘が働いてしまった。

知りたくなくても、察してしまった。


急に外に行こうと言うアルさんを見て、僕は少しおかしいな…と実は思ったのだ。

妙に張り切ってるけど、どこか他に考えてる事があるような。

気分転換にしては、街を歩いてる最中に、時々見せる険しい顔が、気になっていた。

このところ、王からの呼び出しも、増えていたし…

近隣諸国との外交に、僕に女装させて連れていくという怪計画、王の許しは得ているとアルさんからは聞いたが、一向にその気配は無く。

そこで、僕はピンと来てしまった。

そんな訳の分からない事をするよりも、普通にアルビー王子とそれ相応の王女を再婚させてしまえば、それって解決するよね…って。

誰でもが解ける簡単な問題。

しかも、王子の誰もが羨む器量の良さは、再婚だろうと、何の問題も無いだろう。



「やっぱり…再婚話が、出てるんですね。それで、まさかなんですけど、それを断って僕と婚姻をするとか血迷った事、考えてないですよね?」

「その血迷った事を真剣に考えてる」

本当に困った人だ。

そして、僕も…その血迷った考えを聞いて、密かに嬉しいと思ってしまった馬鹿だ。


「アルさん…無理です」

「リュカは、俺の事、どう思ってるんだ?好きじゃないのか?」

ここで、好きじゃないとか、適当に流せる程、ここの空気は甘くない。

張り詰めていて、嘘など付こうものなら…勢いでこの場で押し倒されるんじゃないかと。

そのくらい、アルさんの表情は切羽詰まった真剣なものだった。


僕は観念して…本心を吐露する

「ええ…お察しの通り…僕も貴方の事が好きですよ…でも…」

好きなだけではどうにもならない事ってある…

その言葉は、僕の涙と共に消えた。

泣くなんて…こんな時に泣くなんて、すがってるみたいじゃないか…と思いながらも、止まらない。


涙で既に、息も絶え絶えなのに…

アルさんから次々に降らされる口付けと「好きだよ」という言葉に、僕は溺れそうになり、必死にアルさんにしがみついた…

離された時には、唇が腫れてるんじゃないかって位に…ヒリヒリとしていた。



暗くなってから宮殿に帰って来た僕ら。

この暗さならば、泣き腫らした顔を誰にも見られる事も無く。

今日を一生の思い出としよう。

アルさんへの気持ちは胸の奥底深くにじてしまおう…と思った。

僕は、最初から唯の従者だ。元お針子であり、これからは、アルさんを支える右筆官になれるように、更に努力しよう。


部屋まで送ってくれ、その別れ際に、アルさんは言った。


「ありがとう、リュカ。俺は…このまま進むよ」

僕は、これが別れの言葉だと思っていた…

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