行動力と深い口付け
式典が終わり、夢でも見ているのでは無いかと思っていると、アルさんが煌びやかな姿のままで、僕の方へとやってきた。
タキシードにローブを羽織る姿がまた、王子様然としていて、それはそれは…異次元級のカッコ良さ。
そんな彼に手を引かれ、連れて行かれる先は…そう、目の前に
光を反射する程に真っ白な王宮は、外から見ただけでも圧倒的な存在感。
至る所に彫刻が施され、ステンドグラスが嵌る窓は、ガラス窓ですら珍しいこの時代には、特に貴重であろう、見た事も無い色付きのガラスの美しさに、立ち止まってしまった程。
そんな僕を急かす事無く、待ってくれ、ゆっくりと、王宮の宮殿の中へ…
侍女の方々が規律正しくお辞儀をして整列する前を通り抜け、階段を上がった。
濃い赤色の絨毯が敷き詰められた上を歩くと、ここは、完全におとぎ話の世界だった。
現実からかけ離れた、僕の生活していた場所からは、天地の差。
壁には絵画が所々に飾られ、燭台が金色に輝き、蝋の跡など一切無く、毎日手入れされている事が分かる。
そして、ゆっくりと奥へと進む。
多分、アルさんのプライベートな居室になるのでは無いかと思われる、重厚な扉の前に立った。
アルさんが、入室する事に臆する僕を促しながら、部屋の扉を開ける。
「ごめんリュカ、勝手に決めて。あと、身分を隠してて…」
放たれた謝罪の言葉に、僕は言いたかった事を吐き出す。
「そうだよ!本当に…驚くなんて言葉を100回言っても終わらない位に驚いたんだから!というか、アルさん!何考えてるの?僕に右筆官なんて出来ないからね!絶対に無理だよ…」
途端に…哀しげな顔をするアルさん。
そんな顔をされてしまうと、僕も弱ってしまう。
「でも、助けてくれて…それは、本当にありがとう」
御礼だけは、きちんと言わなくてはならなかったから。
あの戸惑う民衆の視線を浴びる中、たった一人で戦うしか無かった僕を助けてくれたのは、他の誰でもなくアルさんだ。そして、お世話になった人達にも感謝しかない。
でもね…と僕は話を始めた。
父からの書状がもう届くはずだから…と。
嘘だけど…突然の縁談話、それをお受けする為、なんとか帰してくれるように懇願する…そういう計画だった事も、今度こそ全て話をした。
僕はお別れを覚悟していたと伝える…。
「うん、リュカ…書状は貰って読んだよ。だから、君の家まで行ったんだ。リュカが性別を偽っていた事も知ったが…それでも、俺の臣下に欲しい。と言いにね」
は?僕の家に?嘘だろ?アルさんが?
空いた口が塞がらない僕に、彼は続ける。
「だから、ちゃんと御家族の許可は貰ってきたんだよ…お父上からの伝言は、リュカ、大出世だな!頑張れ!…だよ」
思い出し笑いなのか、クスクスと愉快そうに笑いながら。
なので、書状は、そのまま返却して来たと…言われた。
最初は、何の罠か幻かと疑った父も、アルさんの話、僕の王宮での暮らしぶりを聞いて、分かった上での御指名だと理解してくれたと。
息子さんの働きっぷりは大層な物だったし、この件は王宮にも非があるので、痛み分けという事で無罪放免だから…とアルさんが言うと父上は、すかさず「どうぞどうぞ、愚息ですが、どこまでもお好きに、こき使ってください」と言ったらしい。
父上なら、まぁ…言いそうだ。
万事解決!とか、思ってるんだろうなぁ。
しかも、王子自ら出向いて言うなんて…アリなのか?かなり度を超えている。
「王族の地位を悪徳利用している」
「おっと、さすが手厳しいねぇ。それほどに、リュカを手放したくなかっただけなんだけどな」
結構頑張ったんだよ?なんて言ってくるあたりが、また…憎めない。
帰ったところで、父上からは、何で帰って来たんだ…勿体無い云々、とグチグチと言われる事が容易に想像できた。そこは、損得勘定の商人だから。
溜息を付くしかない…諦めた僕は、幾つかの条件を出した。
まずは、この宮殿内には住まない。変わらず、今までの部屋から出廷する事。
そして、いきなりの右筆官などは到底無理だから、下っ端から始めさせて欲しいと。
皆の反感など買いたく無いし、僕は結構…あちらの居住区が好きなのだ、サーアやハンナさん、エマさん、僕の為に声を上げてくれた皆んなにも御礼を言いたいし。
あとは、普通に男性用の服を用意して欲しいと。
最後の願いだけ…が何故だか少しゴネられた。
「それがなぁ…ドレスが似合うのはもちろんなんだけど…他にもお願いしたい事があるんだ」
アルさんが言うには、第一王子は、とても温厚だが、人見知りで外交に向いていないらしく、外交面では、アルさんが引き受ける事となっているのだと。
しかし、アルさんは、結婚していないので、外交時に同伴する女性は必要だが、誰を同伴したとしても、色々と面倒なので…出来れば、僕に女性の格好で付いてきて欲しいと。
それを含めての僕を右筆官御指名だったらしい。
いやいや、そもそも、そんな外交相手の国を騙くらかすような事して大丈夫なのか?
聞けば、王の了解も得ているなんて言うから、信じられない。こういう所が大胆というか、適当というか…我が国は。
「結婚すればいいじゃん…また」
僕は、少しむくれたように言う、何が腹が立ったのかは、自分でもちょっと分からなかったけど。
「酷いなぁ、好きな人から結婚すれば良いなんて、そんな事言われて傷付いた…俺もう…立ち直れない」
顔を伏せながらも、こちらを見上げてくる美しい顔が憎い
「いくら世の中を知らない僕だって、アルさんが結婚してた事くらいは知ってるから…その…お亡くなりになられた王女様の事も」
そう、第二王子のアルビー王子は、17歳の時、西隣の国ブラレスラバ王国のセレスティア王女と国交調和の為に、ご結婚された…が、その王女は、第一子の出産時にお産が上手くいかずに、そのまま帰らぬ人になられたと。
だから、確か…3歳になる王女が居るはずだ。
「子持ちの王子だからって言っても、アルさん顔は良いし、王子だから…結婚くらいできるでしょ?」
「リュカぁぁぁ…お前、大概だな…」
僕の事を好きだと言ってくれたところで、それこそ、王子様と僕で、身分的にも性別的にも恋なんて成り立つ訳ないのに…分かってるよね。
「だって…絶対無理だよ?アルさんは王子で僕は平民。それだけでも十分に障害あるけど。僕は男なんだよ?僕とアルさんに未来なんて無いよ?」
「俺は全く諦めてないよ。迷惑かけるかもしれない…って言ったの覚えてる?それは、こういう事だから、もう心は決めてある」
真剣で一途な瞳の彼と、戸惑うしかない僕。
「リュカ…何度でも言うけど、好きだ。ごめん、離れるとか…絶対無理」
こんな美麗なる王子から真正面から、こんな台詞を言われたら、女子なら、メロメロになりそうな言葉。
もし僕が女なら、百歩譲って…妾にでもして貰ったかもしれないけど…残念だけど、無理だよ。
僕からの返事も言葉も無い事に
アルさんは、険しい表情のまま、僕の手をグッと引くと、思い切り抱きしめた。
ぼどいてくれそうに無い熱い胸の中
「アルさん…ごめん、僕は」
想いには応えれないよ…と、言いかけるが、そんな言葉なんて、聞きたく無いとばかりに、言葉の途中で唇は塞がれ、言葉は消される。
そのまま強引な口付けが落とされる。
息継ぎするのも難しい程に、何処までも深くなる口付け、逃してくれない。
そして、僕にとって初めての深い口付けは、身体中の
膝がガクリと崩れ落ちそうになり、抱えられると、やっと僕の唇は解放して貰えた。
「ちょっ…アルさん!駄目です!もう、無理です!」
ガクガクする膝を抑え、なんとか彼の身体を押すと、やっと抗議の声を上げれた。
僕は…これ以上好きになりたくないんだよ。
それなのに…アルさんは、僕の感情なんてお構い無しに行動に出るみたいだと分かる。
ある意味、行動力のある男。
さすがは王子様。
「ごめん、我慢の限界だったから」
アルさんは、少しだけ悪びれる様子を見せたが…もう一度…と唇を近付けてくる。
結構押しの強いタイプだったんだと、今分かったけど、だから何だ?
押しに弱い僕が負けるだけじゃないか!
「ちょ、待って…って!誰か見てるっ!」
そう、僕は視線を感じたのだ。
ノックも無く扉が開いた気がしたから、目端で捉えたのだ、小さな子供を。
「ん?あー、紹介しようと思ってたんだ…おいで、イリス」
こんな大人二人が押し問答してるとこへ、何の遊びなの?とでも言いたげに、小さな可愛らしい女の子が…ちょこちょこって感じで歩いてくる。
ぺこりってお辞儀してくれるのが、愛らしかった。
「リュカ、娘のイリスだ。イリス、こちらはリュカ…こんな格好してるけど、男だよ?怖くない男も居るだろ?」
こんな紹介の仕方ってあるかよ?
僕は、まさに…激動と驚愕の1日を過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます