第65話 お前はあいつに絶対なれない

 学生喫茶に入った私とルイス。

 手続きは彼が進めてくれて、代金は私が支払った。

 部屋代は前払いで、食事や飲み物は追加注文扱いになり、店を出る際に支払う仕組みになっている。

 私たちは店の人から鍵を貰い、指定された個室に入る。

 個室といっても、木の板一枚隔たれているだけなので、隣の部屋の声は少し聞こえる。

 部屋には机と椅子が置かれていて、壁には荷物や上着をかける場所が用意されていた。


「まずは、これ」


 ルイスは座るなり、バックの中から数枚の紙を取り出した。

 それらを机の上に置く。


「問題が沢山書かれているわ」

「それ、お前が通ってる学校の過去問。一度やってみろよ」

「うっ」

「時間は、そうだなあ……、二時間でいいか?」

「えっ、それだと三時間があっという間に過ぎてしまうじゃない」


 ルイスが用意したのは、ロザリーが通っている学校の入試問題のようだ。

 難関学校なので、過去問題などは図書館などに置いてある。申請すれば印刷することも可能だ。

 制限時間は二時間。

 だが、彼は店の人に”三時間”と言っていた。

 この部屋は三時間しか利用できない。

 残り一時間で勉強のやり方を教えてもらえるわけがないと思った私は、彼に抗議した。


 私の文句に、ルイスはため息をついた。


「今日はお前がどれだけ勉強出来ないか見るだけ。それを見てお前の勉強計画を立てる」

「そうなのね! じゃあ、やるわ」


 ルイスの言い分を理解した私は、目の前の問題に取り掛かる。


 その間、ルイスは喫茶のメニュー表を眺めたり、読書をしていた。



 二時間後。

 私が解いた問題をルイスが採点する。

 彼の赤いペンがなめらかに動く。


「おい、まじかよ……」


 ルイスは採点結果に絶句していた。

 それもそうだ。

 結果は一〇〇点中、二〇点だったから。

 以前の私だったら〇点を取っている自信がある。結果を見て少しは成長したのだと自分を鼓舞する。


「ロザリーだったら満点だろ」

「だから困ってるのよ!!」

「にしても二〇点……、このままだと進級も難しいぞ」

「だから、貴方を頼っているんじゃない!」


 ルイスは私を煽る。

 勿論、これがロザリーだったら満点だ。

 けれど私はその五分の一しか取れない。それが今の私の実力。

 進級が難しいのだって分かってる。

 父にだってそう言われているのだから。

 

「ムキになんなよ。まあ、なんか頼もうぜ」

「……何があるの?」

「腹が減ってんならランチがおすすめ。そうじゃなけりゃ、デザートセットってのがいいな」

「なら、この”おまかせタルトセット”がいいわ」

「じゃあ、注文する」

「ええ。お願い」


 メニュー表を渡され、私はそれを見る。

 部屋代もそうだが、食事代も手頃な値段だ。

 昼食を食べるほど空腹ではなかったので、私はタルトと紅茶を注文した。

 ルイスは日替わりのランチを注文する。

 

 それを私たちは黙って待っていた。

 店員が料理を持ってきて、それを机に並べる。


「ルイスはこの問題、どれくらい解けるの?」

「まあ、八割くらいだな」


 ルイスが食事している姿を見ながら、私は彼の実力を問う。

 八割。

 むろん、合格出来ているラインだ。


「貴方……、どこかの学校には通っているの?」


 合格できる実力があるのなら、ルイスはロザリーと同じ学校を選んだはず。

 けれど、彼はクラスメイトではない。

 孤児院から出てきた子供たちは、学校に通わずすぐに働く子たちが多い。

 彼もその一人なのかと思い、私は尋ねた。


「士官学校。二学年だから実地訓練を受けてるんだ」

「まあ!?」

「それで、クラッセル領を選んだってわけ」


 よくよく聞くと、ルイスは国のエリートが集まる士官学校に通っていた。

 卒業したら騎士や軍人に配属される学校だ。

 騎士は学力の他に馬術、剣術の実技も求められる。

 毎日身体を鍛えているから、逞しい体型なのだと彼の体つきを見て思った。


(クラッセル領を選んだのはロザリーに会うため、よね)


 クラッセル領は父が国王から領地を貰って十三年の開拓したばかりの領地だ。

 お祖父様は各国を放浪することが多かったので、爵位と屋敷はあったものの、領地は国の役人に任せきりだったらしい。

 父の代になってから、子爵貴族として領地開拓を始めたとか。

 

 実地訓練であれば、歴史ある貴族の領地を選んだほうが有利のはず。

 それなのに、ここを選んだのはロザリーと再会するためだろう。


「それは、ロザリーに会うため?」

「ああ。デカくなって、士官学校に入った俺の成長を見せるためにな」

「きっと、ロザリーは驚くと思うわ」

「だといいけど」


 この話を終えるうちに、ルイスは料理を全て平らげていた。

 私はまだ一口しか食べていないのに。


「ロザリーは俺でも敵わなかった。だから、お前はあいつに絶対なれない」

「……」


 ルイスの言う通り、私はロザリーになれない。

 仕草や言動を真似することは出来ても、”賢いロザリー”にはなれない。

 彼に指摘され、私の気分は落ち込んだ。


「ならなくていいんだ」

「えっ」

「周りの奴は変化に驚くかもしれねえけど、それが普通だから」

「普通……」


 ルイスはすぐに私を励ますことをいう。


「だからお前は五〇点にすることだけを考えろ。周りになんと言われようと進級すればいいんだ」

「分かった。赤点を回避することだけ、考えるわ」

「お前、難しく考え過ぎなんだよ」


 突き放したと思えば、私が欲しい言葉をすぐにかけてくれる。

 ルイスは口は悪いが、根は優しい少年なのだ。

 彼のことが少し理解できた私は、彼を見てふふっと微笑んだ。


「で、次はいつにするんだ?」

「来週は学校の友達と遊ぶ予定があるから、再来週の同じ時間でいいかしら?」

「この成績だと色々準備しねえといけないだろうしな……。二週間後の朝十時、同じ場所で待ってる」

「ルイス、これからもよろしくね」

「ば、バカッ! 俺はタダ飯を食べるためにだなあ」


 嫌々だったのに、最後には次の予定を取り付けてくれる。

 その後も私とルイスはこの学生喫茶で共に時間を過ごしてゆく。

 この時間が私にとって大切な時間になる。

 

 

 

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