第43話 不可能な試験

 次の試験、一年生最後の実技試験を一人で挑むこと。

 それがリリアンから提案された条件。

 マリアンヌが大切にしていた耳飾りを”クズ石で造られた安物”と言われ、カッとなってしまった。リリアンが提示した条件を何も考えず、反射的に受け入れてしまったが、果たしてそれで良かったのだろうか。


「リリアンには呆れてしまうわ……」

「あいつが婚約者とか、チャールズに同情しちまうぜ」


 私とリリアンのやり取りを見ていたマリーンとグレンは、互いにため息をついていた。


「二人とも、面倒ごとに巻き込んでごめんなさい」

「いいのよ。リリアンがマリアンヌに突っかかるのは、もはや日常だから」

「……」


 せっかくの昼食なのに、場の空気を悪くしてしまった。

 そのことについてマリーンとグレンに謝ると、マリーンがフォローしてくれた。

 マリーンの言う通り、私とリリアンのやり取りは、クラスでは日常と化している。

 リリアンが実家に帰っていた、彼女のいない二か月前が恋しい。


「考えても仕方ねえって。試験の内容が出てから対策しようぜ」

「そ、そうね。グレンの言う通りだわ」


 最後の実技試験の内容はまだ分からない。

 不安なのが、リリアンが提示した条件が、実技試験でどう不利になるかということだ。

 内容が明かされない限り、対策のしようがない。

 実技試験内容が発表されるのは、一般科目の試験が終わってから、二週間後になるだろう。


「けど、次も俺が一位になるからな!」


 グレンは上位でいることにこだわっている。

 ピアノの演奏技術も高く、私では到底かなわない相手だ。


「ええ。私も順位を上げられるように頑張るわ!」


 頭では一位になれないと分かっているものの、前向きで明るいマリアンヌだったらきっとこう言う。


「早く、ご飯たべに行こうぜ! 腹減った~」


 不穏な話題はグレンの一言をきっかけに、昼食のランチの話へ変わった。

 その後、私たちは食堂で食事をし、午後の授業へ戻る。

 


 リリアンから条件を提示されてから二週間が経った。

 その間、リリアンは大人しかった。私の物を盗ることもなく、壊すこともしない。それに嫌味すらない。互いに存在を無視し合っている。

 余計なトラブルがなかったおかげで、私は一般科目の試験勉強に集中できた。

 結果は、学年で一位。リリアンより優秀な成績をおさめた。

 けれど、私の結果にリリアンが悔しがる様子は全くなかった。彼女より上の順位をとったものなら、激怒して私に突っかかってくると思ったのに。


「今日、課題が発表されるな」

「ええ」


 普通科の生徒はこれで一年間の授業が終了した。

 総合成績が出て、進級できるものは帰省、危ういものは補講と二つに分かれる。

 マリーンは二学年への進級が確定したので、明日にも荷物をまとめて実家へ帰るとか。

 音楽科の私とグレンは、これから実技試験の内容を聞く。試験は一週間後に行われ、そこで合否が、二学年に進級できるかが決まる。


 私とグレンは、共に第一音楽室へ向かっていた。

 音楽室は十部屋あり、私たちが向かっている場所は、主にヴァイオリンの練習で使われる部屋だ。


「また、決められた課題曲を弾くのかな?」


 移動中、グレンが試験内容についてぼやく。

 三度の実技試験は、先生から与えられた課題曲を弾くものだった。

 評価は純粋に課題曲に対する理解、表現と演奏技術の三点で、後日、審査員からの評論が届く。


「う~ん」


 いつもとは違う試験内容な気がする。そう思った私は、腕を組み、考え込んだ。


「一学年最後の試験だもの。これまでのものとは違う気がするわ」

「だよな」


 雑談している間に、第一音楽室へ着いた。

 そこに入ると、七人の同級生がいた。私とグレンで九人集まったことになる。


「……リリアンがいねえな。ま、あいつのことだから、時間ギリギリに来るだろ」


 最後の一人はリリアンだ。彼女は集合時間ギリギリにやってくる。

 私とグレンが第一音楽室に入った時点で、集合時間まで十分前。あと五分経ったらやってくるに違いない。


 案の定、五分後、リリアンが現れた。


「マリアンヌ、わたくしとした約束、覚えていますわよね?」


 入ってくるなり、リリアンは私に挑発的な態度で接してくる。彼女の耳元には、赤い薔薇を模した耳飾りが付いていた。視線が耳元へ向かうよう黒髪をかき上げた仕草も、わざとらしくて、腹立たしい。


「覚えていますわ」

「なら結構」


 リリアンとの会話はそこで途切れた。

 それから少し経って、先生が音楽室に入ってきた。前回の実技試験で監督をしていた。クラッセル子爵の後輩だとか。


「音楽科、一学年……、揃ったな」


 先生は目視で全員いることを確認する。


「これが二学年へ進級するための一学年最後の実技試験だ。先に言っておくが、お前たちの腕前次第では全員不合格になる可能性がある。実際、誰も進級できなかった年があるぞ。だから、心してかかるように」


 試験の内容を説明する前に、先生が忠告をするなんて。

 全員不合格になる実技試験、一体どんなものなのだろう。


「次の、試験内容は……、課題曲を二人一組で弾く”合奏”だ」

「えっ……」


 先生が告げた試験内容に私は絶句した。

 

 

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