第2話 もうじきなかったことになる
「そなた……、おお、エレノアではないか」
私が一歩前へ出ると、ブルーノから名を呼ばれる。
彼が私の名前を憶えているのは、お気に入りのメイドである証だ。
「私がオリバーさまの遺品整理をいたします」
「あ、ああ……。頼んだ」
オリバーの遺品を整理すると立候補すると、ブルーノは承諾してくれた。
言葉に詰まっていたのは、『他の者にやらせればいいのに』と心の中で思っていたからだろう。
「終わったら俺に報告に来るんだぞ、エレノア」
「かしこまりました」
分かりきったことを言う。
私はそんな考えを顔に出さず、服の裾を持ってブルーノに一礼した。
そして、新しい仕事に入るため彼を横切り、階段を上る。
「ちょっと! 窓ふきは!?」
「エレノアには俺が新しい仕事を与えた。彼女がやっていた仕事は貴様が一人でやればいいだろ」
後ろで先輩が私を呼び留めている。
だけど、私はそれを無視して、オリバーの私室へと向かう。
後ろでブルーノが先輩に新しい命令を出しているのが聞こえる。
これで私は先輩に嫌われただろう。
だけど、そんなのどうでもいい。
だって、この出来事はもうじき”なかったこと”になるのだから。
☆
二階へ上ってすぐの扉を開ける。
廊下が見え、左右とつきあたりにそれぞれ一室ずつある。
三室はソルテラ一家の私室で、左がスティナ、右がブルーノ、つきあたりがオリバーとなっている。
オリバーの部屋は代々ソルテラ伯爵が利用する部屋で、当主以外、誰も入ってはいけないことになっている。掃除にも、お茶を持っていくのも禁じられている。それは親族にも該当するようで、二人も入ったことがないらしい。
私はオリバーが利用していた部屋の前で立ち止まる。
当主以外、入室を禁じられた部屋。今回はブルーノが”遺品整理”という仕事を私に与えてくれた。
私はためらうことなく、ドアノブに手を伸ばし、部屋に入った。
物が散らかっておらず整頓された部屋だが、部屋の主が出兵し一週間ほど無人だったため、埃っぽいにおいが立ち込める。
「さて……、と」
私は、壁に掛けられている肖像画の額縁を外した。
描かれた人物が誰であるかなんて、今はどうでもいい。。
「よいしょっと」
肖像がをその場に置き、私はかけてあった壁に全体重をかけた。
私の身体は壁にもたれかかることはなく、すり抜ける。
その先に、もう一室あるのだ。隠し部屋である。
この裏の壁は、見た目上ただの壁に見えるが、隠し部屋の入口なのだ。
隠し部屋は、本と沢山の小瓶、筆記用具そして青白く光る水晶玉がある。
小瓶にはキラキラした砂や色のついた液体が入っている。
ぱっと見た感じ、魔法を研究している場所だろうか。
「はあ」
私は隠し部屋に入った突端、ため息をついた。
突然、隠し部屋が現れたのに驚かず、落胆するなどありえない反応だと自分でも思う。
「”また”、ここに来ちゃった」
私は水晶玉を両手で持ち上げながら、独り言を呟いた。
『僕は初代ソルテラ伯爵。この水晶を手にする者よ――』
「これを見つけるのも”八回目”ね」
水晶を手にすると頭の中に男性の声が流れる。
だけど、私はこの展開をもう知っている。
『私の血筋を絶やさぬため、【時戻り】をしてほしい。さあ、”いつ”に戻す?』
この水晶はある条件が起こると、青白く光り、時間を戻すことができる魔法道具。
私はこの魔法道具を八回、利用している。
青白く光る条件は、”ソルテラの血筋が途絶える”こと。
「オリバーさま。次こそは、あなたをお救いします」
八度、繰り返しても私は一度もオリバーを救えていない。
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