第4話 聖女って呼ばないでくださる?
「はいはい、きちんと並んでちょうだい! ピシッと並ばないと、誰も治療してさしあげなくてよ!」
鋭い声で恫喝すると、大のオトナも鼻たれ小僧も緊張感のある顔つきになって、みんな整然と並び始めた。
ここは、北の領地にある唯一の大聖堂――王都のそれに比べると、はっきり言ってしょぼい教会レベルなのだけれど、皆がそう呼んでいるのだから大聖堂なのだろう。
わたくしは、ここで毎日怪我人や病人の治療をすることになった。
なぜ、治療をしているのかって?
それは、ラミエル様がわたくしに異能を与えてくれたからよ。
あの女狐が聖女の役割をせずに王宮で遊び惚けているのを、ラミエル様はよく思っていないらしいわ。
……まぁ、それはそうよね。
神に与えられた力なんだから、真面目にやれって言いたくなるでしょうよ。
だって、わたくしが見たって態度が変わり過ぎだもの。
モテない地味な女がいきなりチヤホヤされると、ろくなことは起こらないわね。
そんなところに、このわたくしが現れてよかったわね……ラミエル様!
わたくしは何事もパーフェクトにやる女よ。
女狐ごときに対抗心を燃やすわけではないけれど、この寒い場所で貧困ばかりか傷病に苦しむ人々は、わたくしが見てもかわいそうだわ。
あの日、ラミエル様が助けてくださらなかったら、わたくしも死んでいたはずだもの。
あの時の絶望感に比べたら、少しくらい疲れるのなんてへっちゃらよ!
両手を患者に翳すとパアッと光が出て、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
これがなかなかの面白さだわ!
「わー、ありがとうございますっ、聖女様っ」
うふふ、喜ばれればいやな気はしないわ。
そりゃあ、そうでしょう?
「お礼がしたいのなら、新鮮な果実かおいしいお菓子を持ってきてくださる? わたくし、忙しくてティータイムもまだなのよ」
「失礼いたしました、聖女様! 次に大聖堂に来るときにはお持ちします!」
「聖女様って言うのはやめてくださる? わたくしのことはアリシア様とお呼びなさい」
「わ、わかりました! アリシア様!」
最後の男の子が去って行った後、緊張感が途切れてため息が出る。
がんばって治療したから、空腹感が込み上げてきた。
そんなわたくしに、誰かが声をかけてきた。
「アリシア嬢、がんばっているようだな」
振り向くと、金髪碧眼の美青年がわたくしの背後に立っている。
そう……ラミエル様だ。相変わらず気配をさせずに近づいてくるが、びっくりするからやめてほしい。
この領地でのラミエル様は、フェルバース子爵という偽名を使っている。
いかにも青年貴族といった装いは、王都の流行を取り入れたもの。襟と袖口に刺繍が施されたダークグレーのテイルコートの中に黒の胴衣、白のドレスシャツという出で立ちだ。
長身で意外にも胸板が厚いから、体のラインを拾う胴衣がよく似合っている。
「まぁ、フェルバース子爵様! 婚約者の応援にいらっしゃいましたの?」
からかって尋ねると、ラミエル様は頬を赤らめた。
「だ、誰が婚約者だ……? 俺はただ、お前の働きぶりを確認しに来ただけだ」
「真面目にやっておりますわ。この近辺の傷病人は一人残らず治療しました。明日、自力で起き上がれない人々のところにいったら終了ですわ」
そこに、笑みを湛えた神父が近づいてきた。
「フェルバース子爵様、お疲れ様です」
「神父様、ごきげんよう。いかがですか、皆の様子は?」
「子爵様がご紹介くださったアリシア様のお陰で、苦しんでいた信徒たちが元気になりました! 体調が戻って仕事を始める者も出始めて……アリシア様は、神が遣わした聖女様でございます」
手放しの誉め言葉に、わたくしは苦笑した。
聖女と呼ばれることには違和感しかない。
なぜなら、あの至上最悪の女狐を思い出してしまうからだ。
「聖女だなんて、大それたことを! わたくしは、皆さんが喜んでくださるだけで満足ですから、これまでと同じように名前でお呼びください」
「なんと心清らかな……! アリシア様こそ、真の聖女様でございます。神が彼女を地上にお遣わしになったことを感謝いたします!」
神父はわたくしに向かって手を組み、ブツブツと祈りの文言を唱える。
「やはり、予想以上の働きを見せているようだな。北の領地の住民への施しだけではもったいない。他の場所でも治癒の能力を発揮してもらおうじゃないか」
そう言われて、わたくしは心密かに思った。
――この人は、根気を試しているのね、と。
あの女狐との比較なら、わたくしのほうがマトモに決まっている。
そうよ……わたくしだって、慈善活動くらいしていたわ!
リアナに比べたら教会のバザーに割く時間が少なかったけれど、それは社交界の華と呼ばれていたから仕方がないわよ。
舞踏会のドレスの新調や、それに合わせるアクセサリーの選定、ダンスやピアノや乗馬のレッスン……本当にわたくしのようなお嬢様の毎日はなかなかのスケジュールだわ。
それにカーライル殿下の婚約者になってからは、定期的に王宮に赴いて妃教育を受けなければならなかったの。
礼儀作法の先生がとても厳格で、おかしなプレッシャーをかけられていたわたくし。
その間に、リアナ・レビオットは殿下に色目を使っていたのね……まったく、許しがたいわ!
時間の余裕があれば、わたくしのほうがたくさん人を治すことができるはず。
そして、その暁には見目麗しいラミエル様と――。
「わかりましたわ、フェルバース子爵様」
わたくしは、微笑みながら彼にこう言った。
「しかし、女一人で見知らぬ土地に行くのは不安でございます。子爵様がわたくしの護衛としてご同行いただけますでしょうか?」
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