第75話 幼き支配者
〜鑑定士 伊達〜
ダンジョン管理局員とあの461とかいう探索者を見送り、一度自宅に戻った後、店に戻る。
まだ時間は9時を過ぎた所……ブロードウェイの店舗は開店が遅い。どこもかしこもシャッターがしまった商業地区は、ダンジョンそのものみたいだ。
「あ、ここはダンジョンだったか。俺は何を言ってんだよ」
とは言っても亜沙山一家には感謝だな。こんな商売、できる所なんて他に無いからな。
その恩に背いている訳だが……私の夢の為だ。許してくれ、
自分の店の扉を開けると、薄暗い店の中で武史がソファーに寝そべっていた。
「おい。何くつろいでんだよ」
「朝早かったんやからええやないか。ふぁ〜」
武史が大きく伸びをする。そして、懐から「指輪」を取り出すと俺に投げてよこした。
「ほれ、頼まれてた物や」
「おっと……っ!? もっと丁重に扱えよ」
机のライトを付けて指輪をかざす。異世界文字が彫られた金色の指輪がキラリと光る。最初にアスカルオを回収に向かった時手に入れた品。だが、その直後にあのクソヘビに食われてしまった指輪を。
「なぁそれなんや? 特別報酬くれるっつーから回収したが、気になるで」
「お前は知らなくてもいいことだ。ほら、次のシフトは12時だろ? 一度宿に戻ってろ」
「ちぇっ。せっかく血塗れになってまで蛇の腹掻っ捌いたのによ〜。人使いの荒いオッサンやで」
ブツブツ文句を言いながら武史が店を後にする。うるさいヤツだ。何でいちいち詮索して来るんだ全く。
だが……。
武史が出た後、ドアの鍵を閉め、窓のブラインドを下ろす。誰にも見られていないかを確認して再び指輪へと目を向けた。
「上手く行ったぞ……っ!!」
歪みに現れたアイテムは、あのアスカルオという剣だけじゃなかった。この指輪も同時に現れていたのだ。そして、こちらこそ
「
既に鑑定は行っていたが、念の為もう一度発動する。脳内に浮かび上がる指輪の記憶。制作者がこの指輪の名前と効果を第三者へ話す様子……間違い無い。あのクソヘビに食われてしまった指輪だ。
支配者の指輪。
3回だけ、
異世界では使用されることなくこの世界に流れ着いた一品。ふふ。これを売れば俺は大金持ちだ!
思わず叫び出しそうになるのを堪える。危ない危ない。亜沙山一家の耳に入ったら大変なことになるからな。
一階で配送業務をしている樽井に口を滑らせた時は焦ったよな。あの時は指輪を失って悔しかったから仕方ないが。
だがこうやって戻って来てくれた。あの聖剣も身代わりとしてよく働いてくれたなぁ……レアなアイテムが2つ流れ着くのは珍しい。だからこそ
「運は私に向いてるぞ。これを売ったら引退して地方で悠々時的に暮らそう。女を囲って夢のハーレム生活だ」
「うわぁ……ひっでー夢」
急に声がして指輪を隠す。おかしい。確かに鍵をかけたはずなのに何で……。
恐る恐る振り返ると、そこには女が立っていた。肩まで伸びた髪のどこかで見覚えのある女が。
ソイツはニヤニヤ笑いながら何かをポンポンと投げていた。よく見ると、それはドアノブだった。そのまま目線を扉の方へ送ると……どうやったのか、ドアノブがあった場所にポッカリと穴が空いていた。
「な……な……っ!? 誰だお前は……!?」
「
女は答える代わりに、ニタリと笑って魔法名を告げた。身体強化魔法……その魔法名で見覚えのあった理由が分かった。
コイツ……服装は違うがジークリードの……!?
「お前……ミナ──」
「よっ」
言いかけた瞬間、物凄い勢いで顔面を殴られる。突然のことで視界がグルグルと回る。アイテムが飾ってあった棚、そのガラスが割れる音と背中の衝撃で、自分が吹き飛ばされたことが分かった。
「がはっ……!?」
ボタリボタリと落ちる赤い液体。痺れる口先を手で拭うと、生暖かいものと一緒に私の歯が数本、手のひらにボトリと落ちた。
「う、あ、あああ゛ぁぁあぁ!!! わ、私の歯がああああ」
「うっざ〜ガキかよ」
女に腹を蹴られる。体が宙に浮いて息が止まる。急激な吐き気に襲われるが、それもまた痛みによってかき消されてしまう。
「おごぉ……っ!?」
「お前も探索者なら戦ったらぁ? これじゃあ弱すぎてイジメみたいじゃん」
「だ、誰か……強盗だ……誰か……」
背後から聞こえる女の声を無視して地面を這いずる。入り口まで行けば誰かいるかもしれない。そうすれば……。
「逃げんなってぇ」
もうちょっと……誰かいれば、ここは亜沙山一家の縄張りだ……ヤツらの耳に入れば助けて貰える。
「だから逃げんなってオッサン」
バキリという音、それと同時に走る激痛。思わず目を閉じてしまう。しかし一向に痛みが引かない。目を開けると、そこには踏み付けたスニーカーと……あらぬ方向に折れ曲がった右腕があった。
「わ、私の……腕……がはぁっ!?」
再び殴り付けられ、胸ぐらを掴まれる。私を覗き込む瞳。人を人とも思わぬ目。それを見た瞬間、全身がガクガクと震えた。
こ、殺される……っ!
「
「し、知らない……っ!? お、お前ジークリードの相棒の
「……ウザ」
女が顔を歪めた直後、顔面に衝撃が走った。無防備な鼻に拳がめり込む。グチャリと嫌な音がして、目から涙が出た。
「あが、が、がぁ……」
「……指輪。分かるだろ? 渡せ」
「い、嫌だ。これは私の」
「あっそ」
「あ゛ああああああああ──っ!?」
鈍い音が聞こえる。強化された女の手は、私の左腕を簡単に折ってしまった。
「あ、う、ぅぅう……」
痛い痛い痛いぃ……なぜ、なぜ私がこんな目に……せっかく運が向いて来たと思ったのに……。
「上から殺しはするなって言われてるからさぁ。代わりに何発目で根を上げるか見てやろっか」
「や、やめ゛てくれ……」
「やめる訳ないじゃん?」
ミナセがニタニタと笑う。それを見た瞬間私は悟ってしまった。決して逃してはくれないのだと……。
……。
…。
◇◇◇
〜亜沙山一家 三代目総長
「ふぅ。流石に管理局の相手は疲れますね」
式島が入れてくれたお茶を飲む。少しぬるめに入れてくれたお茶。式島が私のことを気遣って温度調整してくれたんだろう。
いつも強力なアイテムが出現すると緊張する。この土地は母様が何より愛されていた地。それを父が馬鹿なことをした為に一度奪われたのだ。その為に九条商会などに良いようにされるなど……母様はそのことを最後まで嘆かれていた。
私達にとって何より大事なのはこの地を守り、受け継ぐこと。それが我らが存在したという唯一の証。
故に、我らにとって魔族へ刃向かうという道は無い。強力なアイテムなどいらない。下手に保有して反逆を疑われるなど勘弁して欲しい。すぐに引き渡し、この緊張感から早く解放されたいくらいだ。
一部の者から反感を買っているのは知っているが……。
「アイテムよりも土地が大事……そんなに変かな」
大人は贅沢だ。ダンジョン出現前の様相を残すこの地は、以前を知らない私にとって何にも変え難い宝なんだ。それを簡単に手放すなんて……できない。この地は我ら一族そのもの。私そのものなのだから。みんなそれを分かっていない。大切な物は何もかも失ってから気付くんだ。そうなったらもう遅い。
どれだけ後悔しようが、恨もうが決して戻って来ない。大切な物は、必死にしがみ付いてでも守らなければ。
「お嬢……爺は分かっておりますよ。お嬢の気持ちを」
「式島。ありがとう」
嘆いていても仕方ない。私は運がいい。こんな子供について来てくれる理解者もいるのだから。
「これで肩の荷が降りました。次のレアアイテムが流れ着くのは数ヶ月はかかるでしょう」
「では、お嬢も少し休暇を取られてはどうですか?」
「いえ、私は──」
そう言いかけた時、突然扉が開いた。
「る、ルリア嬢ちゃん!! 伊達のオッサンが!!」
飛び込んで来たのは伊達の雇った探索者、武史だった。
必死に状況を説明する武史。しかし慌てた彼の口からでは状況が理解できず、結局伊達の店へ向かった。店へ入るとそこには、ボロボロになった伊達が倒れていた。悲惨な状態。両腕は折られ、顔も……言葉にするのもおぞましい。一体だれが?
考えても仕方ない。まずは病院へ。
◇◇◇
「高濃度回復薬と回復魔法を使用しましたが……完全には治癒できませんでした。意識もまだ……」
「そう……ですか……」
「入院期間中は回復魔法を定期的に使用しましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
医者はコクリと頷くと病室を出て行った。扉が閉まったのを確認して式島が口を開く。
「それで、犯人らしき影は無かったんだな?」
「ああ。オレが店に行ったときには、誰も……」
「ちっ。我らのシマで好き勝手やってくれる」
式島は壁を叩きながら呟いた。
「店のアイテムはどれも盗まれた形跡はありませんでした。なぜ伊達さんは狙われたの……?」
「あ」
突然、武史が何かを思い出したような声を上げる。なんだ? 何か心当たりがあるのだろうか?
「いや、でもなぁ……伊達のオッサンには……」
ブツブツ何かを呟く武史。その様子に嫌な予感がする。口止めされていた? だとすると……。
「言いなさい」
「う〜ん……」
「早く」
「まぁ、こんな状況やしな。伊達のオッサンにアイテム回収を依頼されたんや」
「アイテム回収? アスカルオではなく?」
「あぁ、指輪やったで。異世界文字みたいなのが彫ってあったわ」
異世界文字の指輪?
聞けば、伊達は武史にアイテムの効果や名称を伏せていたようだった。
異世界文字の刻まれた、秘密裏に回収したアイテム……伊達め。私にレアアイテムの存在を黙っていたな。となると、考え難いが、今回は2つのレアアイテムが流れ着いたということ……襲撃者はその指輪を狙ったのか。
「貴方は何も知らなかったのですね?」
「知らないって何がや?」
能天気な顔……これは本当に知らないな。伊達に利用されたか。まぁいい。
その時。伊達が呻き声を上げた。
「う"、あ"ぁぁ……やめろ……っ!?」
「おい伊達のオッサン!! 大丈夫か!?」
ベッドに乗り出す武史。それをどかし、伊達の顔を覗き込む。
「伊達。私を騙したこと、今は不問に致しましょう。誰にやられたのです?」
「ミ、ナセ……ジークリードの、相棒……」
焦点の合わない目で、伊達がボソボソと声を上げる。呻き声混じりのうわ言のような言葉。だが、その襲撃者の名前だけはハッキリと分かった。
ミナセ? その名は聞いたことがある。確かダンジョン配信者だったはずだ……461とヤツは先日パーティを組んでいた。今回の件も繋がっているのか?
……。
いや、461達にその素振りは無かった。通じていたのなら、わざわざ私への面会など面倒な段取りはしないだろう。直接ダンジョンに潜って奪うはず。
今回はミナセの独断か。
「式島。ミナセの目撃情報を集めなさい。ヤツがどこへ行ったのか、住処も全て」
「はい。お任せ下さい」
「武史。今から貴方の雇い主は私です」
「え? ま、まぁええで。オッサンも倒れてもうたしな。けど、どうするんやこれから?」
「決まっています。ミナセを見つけ出し、オトシマエを取らせます」
「お、オトシマエ……?」
武史の頬に一筋の汗が流れる。引かれているのか? だが、それよりも私はこの地を穢されたことが我慢ならない。犯人は私の逆鱗に触れた。
私の土地で強盗だと? 舐めた真似をしてくれたなミナセ。
お前には後悔させてやる。ウチのシマに手を出したことをな。
―――――――――――
あとがき。
次回、ジークの元へ帰ったミナセ。しかしその様子が……。
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