第37話 ブチギレ461
〜九条商会 幹部 鳴石〜
東京ドームダンジョンの奥。モンスターを駆逐し、安全を確保した一室。石造りの
「う……っ。私、は……」
魔族の女が目を覚ます。6人がかりの
「目が覚めたか」
「くっ! 貴様!!」
女が暴れる。しかし、手錠で拘束された手足は、彼女の言うことを聞かず、地面へ倒れ込んだ。女が魔法を使おうと全身から魔力を溢れさせるが、それも赤い光と共に一瞬にして霧散してしまう。
「無駄だ。
「クソ……ッ」
女が悔しそうに顔を歪めた。
腕時計を見る。ちょうどいい。そろそろ461が現れてもおかしくない時間だな。
「お前達、何が目的だ?」
「魔族からの人類の解放。それが我らの使命だ」
「解放……だと?」
「貴様らの影響で人類の尊厳はズタズタだ。何がダンジョン探索だ。我らをモルモットにしやがって」
女の腹に蹴りを入れる。
「うぐっ……! わ、私は……」
「関係無いとでも? 魔族共は皆同じだ。ダンジョン管理局もあの忌まわしい魔王軍と同じ。全員粛正せねばならない」
何度も蹴りを入れる。蹴る度に女が苦しむ声を上げる。その度に私の胸がすく思いがした。
……この12年間、屈辱の日々だった。
魔族共が現れるまで全てが上手くいっていた。馬鹿共から金を集め、その中からほんの少しを身を守る為に使い、後は投資に。金が金を呼び、そろそろ上がりが見える頃だった。
それを……。
コイツらが全てぶち壊した。魔族共の魔王軍に戦争に負けたせいで……ビジネスも、金もっ!! コイツらのせいで……っ!!
「な、鳴石さん……その辺に……」
「あぁ!? いいんだよ! 461が来た時交渉するにはなぁ!!」
思わず声を荒げてしまうが構いはしない。痛め付けておいた方が461も従いやすいだろう。どうせまともな勧誘に応じなかった男だ。この女を我らが飼い、ヤツを操る。まずは主導権がこちらにあると思わせなければな。
それに、魔族をブン殴る機会ってのもそうそう無いしな。
「なぜあの探索者はお前を慕っている? 魔族は俺達を利用することしか考えてないだろ?」
「わ、私は……そんなこと、思ってない。私の同僚達だって……誰も」
「嘘を吐くな!」
女の頬を叩く。
「う"……っ!?」
女は一瞬苦痛に顔を歪めたが、唇を噛み締めて俺を睨み付けた。
何だよその目は? ふざけやがって。
「お前らは
何度も女の頬を張り倒す。
「うっ……く……」
女は鋭い目をしていたが、その目尻には涙が溜まっているのが分かった。
あぁ……早くこうすれば良かった。九条様の命令を守ってコソコソと動くのはもうやめだ。これからは魔族共を1人ずつ始末してやる。
「鳴石さん……本当に、そろそろ……」
後は最後の仕上げか。
滝田から剣を取り上げ、その刃先を女の顔へ突き付ける。
「461が従わなかったら殺す。覚悟しておけよ」
「わ、私を殺しても、意味なんて、無い」
言葉では強がっているが、女の目が怯えているのが分かる。ははっ。スカした魔族でも死ぬのは怖いみたいだな。
ま、どうせお前は461を動かす為の駒だ。二度とシャバの空気を吸うことはないだろうが。
……と。これくらいでいいか。流石にこれ以上は交渉に支障が出る。あくまで461が焦る程度に。自分の感情はコントロールしなければ。俺もまだまだ未熟だな。
その時。
「ギアアアアアァァァァッ!?」
声。獣のような叫び声。しかし、確認する間もなく鎮まり返ってしまう。周囲を見渡すが薄暗い闘技場には妙な変化は無い。
「な、鳴石さん? 今の声……モンスターですかね?」
モンスター? ここに来るまであらかた排除して来たはずだ。今更現れるなんてはずが……。
「ふ……ふふっ」
魔族の女が笑う。この状況での不敵な笑みに気味の悪さを覚えてしまう。
「お、お前達は……何か勘違いしているぞ……ヨロイ君はダンジョン以外に
「なんだと? お前……何を言って……」
「ぎいっ!?」
また声が聞こえる。これは……警備している部下の声、か?
今度は反対の位置。目を凝らすが、薄暗い闘技場の中では何が起こっているのかよく分からない。
「
剣を滝田へ突き返す。滝田の顔から恐怖心を感じたが、睨みつけると観念したように武器を構えた。
「わ、分かりました」
滝田が剣を構えて闘技場を進む。ちょうど中央までやって来た所で、石造りの客席から何かが飛び出した。
音もなく走るアレは……なんだ?
薄暗い中音もなく走る男の影。その輪郭がハッキリ写った瞬間、それが目的の鎧の男だと分かった。
アレは!?
「461だ!! 狙ってるぞ!!」
「え? 今何て……がぁ!?」
461が部下に飛び掛かり滝田の顔面を殴打する。倒れた滝田にヤツが何かを刺した。
「ぎあ"ァあァア……ア"ッ!!?」
悲鳴。痙攣と共に滝田は動かなくなった。
し、死んだのか? 殺されたのか? ヤツに……。
ゆらりと立ち上がる鎧の男。ヤツは俺を見ると真っ直ぐこちらへと向かって来た。
461がこちらへ歩いて来る。ヤツがショートソードを抜いた瞬間全身が危険信号を放つ。袋から槍を抜いてしまう。
「こ、答えを聞かせて、貰おうか」
答え? 我ら「九条商会」に入るかという答えか? そんな物、この状況を見れば分かるじゃないか。俺は何をバカなことを言っているんだ?
「あぁ。そういやなんかに誘われてたな」
フルヘルムの声から発せられる間の抜けた声。この状況では明らかに場違いな声。俺達人間を人間とも思わないような……。
「答え……まぁ受ける訳無いわな。最初から俺はそう言ってる」
「お、お前は人類の敵と手を取り合うと言うのか? 人類を裏切ると? 魔族だぞ? 人類の敵をお前は」
ヤツは、俺の言葉を手で遮った。
「知らねー」
「な……っ?」
「俺は自分の仲間を助けに来ただけだ。お前の言う事なんて1ミリも分かんねーし、理解する気もない」
コイツ……イカれてるのか? どういう道理で動いているんだ?
「魔族は……魔王軍は我らを支配した悪なんだぞ!!」
「俺からしたら仲間を
「う……ぐっ……この女が殺されても」
「リレイラさんを殺したらお前を殺す」
「な……」
「お前の眼球にナイフぶっ刺してダガーで腹を
「そんなは、ハッタリを……」
「やるぜ、俺は」
男の声が急に低くなる。全身鎧の男が纏うオーラが一気に重くなる。頬に汗が伝い、辺りが緊張感に包まれる。それが、その空気が……その言葉が嘘では無いことをハッキリと告げていた。
コイツ……。
この男の
俺が連絡した時にはもう、覚悟を決めていたとしか思えない。俺達全員を始末する覚悟を。
ダメだ……言葉を交わせても思考回路が違いすぎる。もはや我らと同じ人では無い。魔族に懐柔されているのか?
ならば……ここで倒すしか、無い。
槍を構える。クイーンスパイダー戦で見た限り、コイツは技系スキルを持たない探索者。俺の技で圧倒すればいい。
そうだ。九条様には後で報告すればいい「入れる価値も無い者だった」と。
「うおおおおおお!!!」
全身から魔力を解放し、槍
一息で461の元へと飛び込み、槍を構える。
魔族への屈辱を払う為に魔物を狩り続け、スキルツリーの最奥に存在していた槍スキル奥義。その威力を味わうがいい!
「……」
呆気に取られ、馬鹿のようにこちらを見つめる鎧の男。狙うは無防備な胸部。
貰った。この一撃で終わらせる!
「死ねぇえええええええ!!」
槍先を放つ瞬間、ヤツの声が聞こえた。
「漆黒騎士も使っていた技、自らの魔力を圧縮解放し、推進力に変換する槍系スキル奥義「一迅双封殺」。相手の懐に飛び込み隙の無い二連撃を放つ技だが、その弱点は初撃が上半身しか狙えないこと。加速の代わりに動きを単調にした諸刃の攻撃技。だからこそ、カウンターに」
なんだ? コイツは何を言って──。
「非常に弱い!!!!」
ヤツの声と共に顔面に物凄い衝撃が走った。
「か"あ"ぁっ!?」
スローになる世界。空中に浮かぶ体。唯一思考だけが「なぜ?」を求め彷徨う。虚な意識の中、必死に視線を動かすと461の拳が自分にめり込んでいるのだけは分かった。
「が、ぐ、あ"、ぁぁあああっ!!」
顎の感覚が無い。頬骨に激痛が走る。な、殴られた……のか?
あまりの衝撃で意識が一気に吹き飛ばされそうになるが、何とか意識を繋ぎ止める。空中で体勢を立て直し着地すると、461がブツブツと独り言を言うのが聞こえた。
「技の動作は漆黒騎士と同じ。技系スキルは技名を告げることがスキル発動のトリガー……なら対処もできる」
コイツは何を言っている……? いや! 今は反撃することが先決だ!
大地を蹴り再び技を放つ。足元で圧縮された魔力が弾け、俺を461の元へと吹き飛ばす。
「
「次は連撃技」
片手でショートを構える461。この突きをショートソード如きで受け止められると思うなよ!!!
放つ槍先。鋭利な一撃が461の顔面を貫──。
「戦十連撃は型が決まっている。右
461が体を捻ると、俺の連撃がヤツの紙一重を
な!? 当たらない!?
「次に胴体中心部に2連撃」
461の言った通りの軌道を描く槍先。ヤツの胴体目掛けて離れた槍先が、ヤツのショートソードに軌道を逸らされる。1撃目、2撃目。全てヤツを捉えたと思った矢先、嘘のようにショートソードが邪魔をする。
なぜだ!? ショートソードの剣先を掠めただけだぞ!? この程度でなぜ軌道が!?
だが、止まれない。頭では分かっていても、一度発動してしまった技を止めることができない。
「左半身への3連撃の後、顔面への一撃、そして胴体中央部への最後の一撃」
ブツブツと呟く461。槍を避ける体。そして、461の宣告通り放たれる俺の渾身の一撃。ダメだ。止まれない!?
「お前……リレイラさんを殴ったろ」
感情の無いような言葉、それが聞こえた瞬間、全身から冷や汗が吹き出した。ダメだ。ダメだダメだダメだ!! とま、止まらなければ!!!
俺の一撃を分かっていたかのように
「ぅオラァ!!!」
俺の顔面へ再び走る衝撃。飛び散る血飛沫。頭の中が痛みに埋め尽くされる。
「がは……ぁっ!?」
咄嗟に大地を蹴ってヤツから距離を取る。そ、そうだ。槍の間合いを生かし一方的に攻撃を──。
「死ね」
ヤツがダガーを
マズ……当たる……っ!? 死ぬ……!?
必死に体に命令を出し、全身を右へ。投げ付けられたダガーをなんとか避ける。しかし、空中でバランスを崩した体勢腹元に戻せず、強かに体を地面に打ち付けてしまう。
「リレイラさんのこと蹴り飛ばしたよなぁ!!!」
その瞬間、腹部に鋭い痛みが駆け巡る。狙いすましていたかのように俺の脇腹に鎧の男の蹴りがめり込んだ。
「く"あ"、アアァアあ"あぁっ!?」
腹部が貫かれたかのような痛み。衝撃で息ができない。奥底から言いしれぬ感情が湧きあがる……それをヤツへの怒りで無理矢理
転がりながら再び槍を構え、すぐさま大地を蹴って槍を放つ。
「クソがああああああああ!!!」
鎧の男が手を
バカが!! 素手で止められるものか!!
次の瞬間。
あり得ない魔法名が聞こえた。攻撃力も無いただの探索用魔法を。
「
男の手から眩い光が放たれる。
「な!?」
薄暗い中でのそれは想像以上の輝きを放ち、思わず顔を背けてしまう。攻撃に隙が生まれてしまう。
隙を突いて間合いを詰める鎧の男。顔の見えないフルヘルム。や、やめろ……来るな。
「うおおおおおおあおああああああああ!!!」
「や"め……」
雄叫び。男の拳が
「らぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
地面へと叩き付けられる感触。バギリという大地の割れる音。数秒の後、物凄い痛みが全身を駆け巡る。
「ギィ!? あ"あああぁぁぁあああああぁ!?」
痛い。動けない。死ぬ……殺されるっ!? コイツ……武器を使わないのは俺を
俺を見下ろす男。そのヘルムの奥を想像して悪寒が走った。
コイツはひ、人なのか……!? こ、コイツ自体が魔族なのかも……!?
「た、助け……」
「逃す訳ねぇだろ」
首筋にチクリとした感触が訪れる。視界の端に461が針のような物を持つのが見えた。
なんだ? 何を……。
その直後、全身を電流のような痺れが駆け巡る。
「が、ああああああぁぁぁ!?」
激痛に囚われ、俺は何も考えられなくなった。
―――――――――――
あとがき。
次回。鳴石達を捉え、管理局へと連絡するリレイラ。そんな彼女に管理局は魔法を使うように指示をして……魔族本来の力が分かる回です。鳴石の顛末はこれで終わりではありません。次回もお見逃し無く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます