閑話 リレイラさんは抱きしめたい。

 ガントレットを外し、中へ念入りに消臭スプレーをかけてから人型の鎧がけに装着していく。次に肩、胸部アーマー、腰、脚……全ての鎧にスプレーしてかけて行く。


 最後にヘルムを外そうとして、無意識に手が止まった。


 ……別にいいか。知り合いだぞ? 何を気にしてんだよ俺は。


 躊躇ためらいを振り払ってヘルムを外す。他の装備と同じように鎧がけに被せた。


 鎧を外すと、自分の姿が鏡に映った。体にフィットするスポーツ用ウェアを来た自分を。鎧の下に着るインナーは速乾性もあって動きやすい。


 鎧の関節部から内部にかけては飛竜の皮が繋ぎ合わせてある。防御に関してはこれがかなり有効に働くから、インナーは快適性と動きやすさを重視すればいい。そう思ってこれを愛用している。


 脱衣所に行き、スポーツウェアを脱いでシャワーを浴びる。


 一日中鎧を着ているから全身を洗う時は念入りに。頭皮から足の裏まで……臭いとか言われると傷付くし。


 体を拭いてTシャツにショートパンツのラフな格好に着替えて部屋に行くと、俺のジャージを着たリレイラさんが膝を抱えて丸まっていた。彼女には大きすぎたせいか、少し服が着崩れているように見えて、顔を背けてしまう。


「あ……顔……」


 リレイラさんが俺の顔を見つめる。


「見ないで下さい。今でも……顔見られるの慣れてないんで」


「す、すまない。でも、すごく……」


 リレイラさんが目を逸らせながらポツリと呟いた。


「格好良くなったよ?」


 容姿を褒められて顔が熱くなる。リレイラさんも、妙に熱っぽい表情をしていた。その瞬間、彼女を意識してしまう。


「そ、その……」


 リレイラさんが俺の手を取る。鎧越しじゃない、柔らかい手の感触。それが俺の頭をクラクラさせた。


「ヨロイ君なら……あの、私は……」


 少しだけリレイラさんの手が震えてる。今日のことを思い出したのか? 冷静さを取り戻そうと必死に思考をめぐらせる。おい俺、部屋に2人きりで相手は弱ってて……とかダメだろ。


「ヨロイ君?」


 ダメだ。今まで女っ気無かったせいで急に頭がボヤッとする……こんな時にリレイラさんに手出したりしたら最低だろ、俺。


「とにかく、今日は寝ましょう。リレイラさんがベッド使って下さい」


「う、うん……」


 リレイラさんにベッドを譲って絨毯じゅうたんの上に横になった。


 冷静になれ、冷静に。リレイラさんは恩人だ。俺は軽い陽キャ達とは違う……っ! 考えも無しに恩人に手を出したりなんかしない。


 リレイラさんに背を向けて目を閉じる。すると徐々に落ち着きを取り戻して来た。しかし今度は先ほどの彼女の泣き顔が脳裏に浮かぶ。浮き足立っていた気持ちが一気に沈んで行く。



 ……。



 リレイラさん、ずっと溜め込んでいたんだな。長寿の魔族とはいえ……12年。リレイラさんは故郷を離れて自分に向けられた人々の視線をずっと受け止めていたのか。


 俺はずっと、12年前のリレイラさん……俺を鍛えてくれた時のリレイラさんのイメージを持ってたけど、辛かっただろうな。たった1人で、さっき言ってたような悩みを抱えて。



 眠れない。俺は、どうしてあげたらいいんだ? 俺に何かできることは……。



 考えていると急に、背中に柔らかい感触が伝わった。



「り、リレイラ……さん? 大丈夫ですか?」


 彼女が俺の背中に体を寄せている。だけど返事が無い。心配になって降り向こうとしたら、彼女の手が俺の腰に回った。


「ごめん……こうして、寝てもいい? 私……こうしてたい」


 リレイラさんの香りがする。花のような香り。不思議だ。さっきはあんなに焦ってたのに、今こうして抱きしめられてるのに、安心する。いつもの俺に戻った感じがする。



「……いいですよ」


「君は優しいな……」


「優しいのはリレイラさんですよ」


「そう、かな?」


「今日の奴らに魔法をかける時、リレイラさん震えてましたよね?」


「……」


 返事が無い。代わりに彼女の手の力が少し強まった気がする。


「本当は嫌だったんじゃないかなってそう思うんです。普段のリレイラさんだったら、あんなことしたくないんじゃないかなって」


「うん……嫌だった……それに……ヨロイ君にそれを見られるのも……」


 いつもと違う話し方。強まる力。不安を取って上げたくて、俺も普段と同じ話し方をした。


「見てないから」


「え?」


「魔法を発動する所は、見てないから」


「……」


 あの時、リレイラさんが俺に離れるように言って、あの震える手を見て……なんとなくだけど、見られたくないのだと感じた。さっきも気にしていた。



 彼女を安心させたい。ここに居ていいんだと感じて貰いたい。



 俺はあの頃よりも大人になっただろ。リレイラさんを安心させるのは俺の役目じゃないのか?


「悪いのは全部俺だ。あの時、無理矢理にでも送って行けば、リレイラさんが辛い思いをすることも無かった」


「そんなこと」


「そんなことだよ。だからリレイラ・・・・はもう気にすることじゃない」


 リレイラさんが顔を当てていのが分かった。今、リレイラさんはどんな顔をしているんだろうか?


 分からない。分からないけど……俺は、彼女の手を握った。



「気にしなくていい」



「うん」



「みんな、リレイラのことが好きだから」




「ヨロイ君……ありがとう」



 彼女の手が、俺の手を握り返す。リレイラさんの温もりを感じていると、人と触れ合うことなんてほとんど無かったから……体温を感じると安心するんだな。


 

 徐々に眠くなって来る。



「そろそろ寝ます。体キツかったらベッド使って下さいね」


「うん。おやすみ。ヨロイ君」



 意識が遠のく。


 あったかい。


 安心する。


 もう……起きてられない。




「ヨロイ君。……き」




 眠りに落ちる寸前、リレイラさんが何かを呟いた気がした。




―――――――――――

 あとがき。


 次回新章です。高難易度である渋谷ダンジョンを攻略する為、461さんとアイルはある人物に協力依頼を……?

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