第53話

 五章


「二年A組、櫻木叶耶は昨年から生徒会に所属し、書記としてその職務を懸命に全うしてきました。また、生徒からの信頼も厚く――――」


 通学時間もピークとなり、校門をたくさんの生徒が通り過ぎていく。そんな中、この場所では俺の声がマイクを通して響き渡っていた。

 テストが終わってから数日後、俺は、朝早くから校門前に立って、選挙演説をしていた。

 隣には、櫻木さんもいる。彼女は、校門を過ぎていく生徒たちに「おはようございます」や「よろしくお願いします」といった声がけを行っていた。

 今なぜ、俺が櫻木さんの応援演説をしているのか。ことの経緯は、昨日の放課後にまでさかのぼる。


          ***


 六時間目の授業が終わり、帰り支度をしていると、ズボンのポケットにしまってあったスマホが突然震えた。

 何だろうと思いながら、スマホを開く。すると、画面にはメッセージを一件受信したとの表示があった。

 メッセージを見るため、アプリを起動する。


『桂くん、これから時間はありますか?』


 メッセージの送り主は、櫻木さんだった。


『大丈夫。どうかした?』


 すばやくスマホを操作して、メッセージを送る。

 櫻木さんからの返信はすぐ返ってきた。


『すみませんが、お話したいことがありますので、生徒会室に来ていただけませんか?』


 生徒会室で話? いったいなんだろうか?


『わかったよ。今から向かうね』


 疑問に思いながらも、特に用事もなかったので、生徒会室に赴くことに決めた。

 

 ガラガラ……


「失礼します」

 生徒会室の扉を開けて中に入る。部屋の中には、会計の細谷先輩、庶務の牧原さん、そして、メッセージを送った張本人、櫻木さんがいた。細谷先輩は書類に目を通していたが、俺が部屋に入ってくると、その手を止めた。

「えーっと、櫻木さんに呼ばれてきたんですけど……」

 とりあえず用件を伝える。

 すると、細谷先輩が「まあ、座って」と着席を促してくれた。

 近くにあったパイプ椅子に座る。すぐに牧原さんが紅茶を淹れてくれた。

 礼を言い、受け取った紅茶を一口すする。

 牧原さんは俺に紅茶を渡した後、俺の右前に座った。生徒会室は長机が長方形に置かれているが、これで右前には牧原さん、左前には櫻木さん、正面には細谷先輩が座っていることになる。

「えーっと、それで俺が呼び出されたのって……」

 櫻木さんとの二人きりの話だと思っていたので、俺は現在の状況に戸惑っていた。そこで、おずおずと尋ねる。


 口を開いたのは正面に座る細谷先輩だった。

「桂くん、明日から星華学園で何が始まるか知っていますか?」

「はい、たしか生徒会長選挙ですよね?」

 そう、生徒会長選挙。私立星華学園の生徒会長は、二学期中間テストが終了した直後に行われる選挙によって決められる。副会長を除いた他の役職も同様だ。選挙期間は一週間あり、この期間において、応援演説やビラ配りなどが解禁される。そして、期間最終日である投票日に会長にふさわしいと思う者を各候補者の中から投票するのだ。

「はい、その通りです。そして、来期の生徒会長として、櫻木さんが今回立候補をしています」

「えっ」

 驚いて、櫻木さんの方を見る。

 櫻木さんは、俺と目が合うと一瞬恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐに真剣な顔に戻り、一度こくっと頷いた。


 細谷先輩は言葉を続ける。

「それで、ここからが本題なのですが、桂くんにはその選挙期間中に、櫻木さんの補佐を務めていただきたいのです」

「えーっと、なんで自分なんですか?」

 よくよく考えてみれば、櫻木さんが生徒会長になることはそんなに不自然なことはない。現生徒会長の鈴本先輩は今三年生でこれからは受験があるし、細谷先輩や副会長も三年生だ。すると、二年生から生徒会長を選ぶことになるのだが、櫻木さんは現在生徒会書記を務めているし、それに他の生徒からの信頼も厚い。まさに生徒会長にふさわしい人物だ。

 しかし、そこでなぜ俺がそんな櫻木さんの補佐をするのかが分からなかった。ほかにも彼女の補佐をするに適した人物がいるはずだ。

「桂くんのおっしゃりたいことは理解しています。なぜ、自分なんかが補佐をするのだろうって思っているようですね」

 俺は細谷先輩の問いに頷く。

「それについては、櫻木さん本人から聞いていただけますか。櫻木さん、お願いします」

「わかりました」

 説明を促された櫻木さんは席から立ち上がった。

 俺は細谷先輩から櫻木さんへと視線を移す。


「えーっと、今回の生徒会長選挙にあたって当初は、鈴本先輩に補佐をお願いしていたんです。でも昨日、突如先輩がマイコプラズマ肺炎になってしまって、しばらくは学園をお休みすることになりました。当然、選挙の補佐をすることなどできません」

「それなら、他の生徒会の人は? ほら、牧原さんや細谷先輩もいるし」

「はい、それも考えました。しかし、細谷先輩は生徒会書記に立候補している一年生の子の補佐をすることになっており、牧原さんも同じく他候補の一年生の補佐をすることになっています。すると、私は今の生徒会メンバーに補佐をお願いすることはできず、生徒会以外の方にお願いしなければならないのです」

 なるほど、たしかに牧原さんや細谷先輩なら、すでに他の生徒の補佐に入っているだろう。彼女たちも櫻木さんほどではないが、学園の生徒たちには顔が広い。

 櫻木さんは言葉を続ける。

「生徒会以外の方で、私のことをよく知ってくれている人物について考えていた時、私は以前、一緒に生徒会の仕事を手伝ってくれていた桂くんのことが思い浮かびました。桂くんなら、私を生徒会長に導いてくれる、そんな予感がしたんです。ですから、今回、桂くんに補佐をお願いしようと思いました。桂くん、お願いします。よければ私の補佐をやってくれませんか?」

 言い終わると、櫻木さんは頭を下げた。


 実を言うと、俺なんかが櫻木さんを補佐しきれるのか自信がない。俺はまだ転校してから間もないのだ。そのため、櫻木さんのこと全てを知っているわけではないし、また、生徒たちに影響力を持っているわけではない。もっと俺よりも適した人はいるだろう。

 しかし、そんなことを口にしてこの申し出を断るつもりはさらさらなかった。

 櫻木さんは、おそらくそんなことを承知の上で俺に補佐をお願いしたのだ。この人なら、大丈夫だと。ここで、自分を卑下すれば、俺を信頼してくれた櫻木さんまで卑下することになる。

 それに、俺は普段から櫻木さんにはお世話になっている。この前だって、中間テストの勉強について教えてもらったばかりだ。


 だから、俺は――――


「わかった。櫻木さんにはいつもお世話になっているし、できる限りのことをさせてもらうね」

 櫻木さんの申し出に対して首肯する。

 その瞬間、櫻木さんの顔がぱぁっと笑顔になる。

「桂くん、ありがとうございます!」

 こうして、俺は明日からの一週間、櫻木さんを生徒会長にするべく、彼女の補佐を務めることになったのだった。

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