第71話★
文化祭当日は学園全体が熱気に包まれていた。
教室のあちらこちらから生徒たちの活気ある声が聞こえてくる。
時刻は八時ちょうど。今は文化祭の最終準備の時間だ。
二年C組も、コスプレ喫茶の開店に向け、最後の仕上げに取り掛かっていた。
俺は昨日大量に買ったフルーツ缶を缶切りで開け、中身をボウルに入れていく。こうすることで、注文から提供までの時間を短縮することができるからだ。その他にも、クラスメートがサンドイッチ用にパンの耳を切り落としたり、サンドイッチの具材を切り分けたりと、下ごしらえに勤しんでいた。
「「「きゃぁぁぁぁぁぁ」」」
俺が十個目の缶詰を開けたところで教室の隅の方から歓声が上がった。
教室の隅にはパーテーションで区切られた空間がある。スタッフが着替えや休憩をするエリアだ。
ちなみに、このエリアは男女で区切られており、男子のエリアは女子の半分以下の面積しかなかったりする。
さっきの歓声もこの区切られたエリアの中から聞こえてきた。
「いや~、これはわたしも想定してなかったわね~」
「ほんと、ほんと。マジでドラマとかに出てそうだもん」
「ちょ、ちょっと、やめてって……」
七海や志藤さんの声も聞こえてきた。
そういえば、彼女たちを含む女子生徒数人が今はスタッフとして着替えている最中だ。男子は既に着替えを済ませており、遼たちは書生さんスタイルのコスプレをしている。もちろん、遼は、「似合っていてかっこいい」と女子からキャーキャー言われていた。
俺は接客ではなく調理担当であったため、コスプレなんかせず、制服にエプロンを着ただけだ。
少しして、七海たちがパーテーションの奥から出てくる。
すると、開店準備をしていた男子生徒がおお~っと歓声を上げた。
接客を行うスタッフは、大正時代の女学生という出で立ちのコスプレをしていた。赤と白を基調とした矢絣模様の着物に青色の女袴を着用し、その足には黒の編み上げブーツを履いている。そして、頭には控えめな色使いながらも女の子らしさを強調する赤リボンが結わえられていた。
「どうよ~。なかなか似合ってるでしょ?」
七海は俺と遼のところまでやってくると、その場でくるっと一回転した。袖や袴の裾がひらひらと舞う。
「うん、とても似合ってる」
俺は正直に思ったことを口に出した。
七海の場合、なんだかお転婆な女学生という感じがする。
「ふふ、ありがとう。遼はどう思う?」
「ああ、とても似合ってると思うぜ。まさに馬子にも衣装だな」
「あ、ひっど~い。そんなこと言うなら、遼がさっき女子に囲まれていた時にデレデレしていたって、ゆーちゃんに言いつけるわよ?」
「ごめんなさい。それは本当にやめてください」
七海がそれを牧原さんに言ったら、遼の人生が終了しそうだ。
遼は冷や汗をかきながら、七海に先ほどの失言を謝っていた。
「って、そんな場合じゃないわ。桂君、わたしたち、とんでもない逸材を見つけてしまったらしいの」
「とんでもない逸材?」
七海の言葉に首を傾げる。
そういえば、さっきから志藤さんの姿が見えない。まだ着替えている最中なのだろうか。
「目を見開いてちゃんと見ててよね」
そう言い残すと、七海は再びパーテーションの奥に入っていった。
そして、
「ほら、観念しなさいって」
「だから、まだ心の準備が……」
恥ずかしがる志藤さんを引っ張り出した。
その瞬間、教室にいた男子生徒全員が息をのんだ。もちろん俺も例外ではない。
志藤さんも他の女子生徒と同じようにコスプレをしていた。しかし、他の人と比べてその可愛さは群を抜いていた。いつもはポニーテールに結んでいるその黒髪をハーフアップにし、結び目にはみんなと同じ赤リボンを結えている。着物、リボン、袴その全てが、あたかも彼女のために作られたかのようで、清楚なイメージが強い彼女の美しさを引き立てていた。
「ほらほら、ちゃんと見てもらいなさいって」
「だから七海、やめ……」
七海が志藤さんの背中を押し、俺たちの前まで連れてくる。
当初は抵抗していた志藤さんも俺たちの前まで来ると静かになった。その顔を終始俯けながら。
「で、どう、桂君? 綾女のコスプレ姿は?」
七海がどや顔をしながら聞いてくる。
遼もにやにや笑いながら、俺の腹を肘で小突いてきた。
「えーっと、すごい似合ってると思う。とても、か、可愛い……」
七海は素直に褒めることが出来たのに、志藤さんの場合は、どうしてかとても照れ臭かった。
志藤さんはどことなく耳を赤くしながら、
「そ、そう……。ありがと」
顔を依然として上げないまま、小さく呟く。
それ以上に俺も志藤さんも言葉を発しようとしない。
この時ばかりは、何を話せばいいかわからなかった。
俺が気まずさに困っていると、
『これより、第四十一回、星華祭を開催いたします。生徒のみなさんは各ブースを開店してください』
文化祭の開始を告げるアナウンスが流れた。
すると、七海がバンッと俺の背中を叩く。
「それじゃ~、みんな~、じゃんじゃん儲けるわよ~」
その声を皮切りに、クラスのみんなは自分たちの仕事に取り掛かり始めるのだった。
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