第34話★

 俺は自分の種目である障害物競走―――ちなみに順位は四人中二着とまあまあの結果だった―――が終わると、飲み物を新しく買おうと自販機に向かって歩いていた。

 もう少しでグラウンドの出口に着こうとしたとき、生徒会本部があるテント付近を通りかかる。

 そこでは、櫻木さんが実行委員であろう生徒数人になにやら指示を飛ばしていた。

 彼女とはあの倉庫で閉じ込められた一件以来、よく話す間柄になっていた。連絡先も交換しているため、学園の外でも、他愛もないことでメッセージを送り合うこともある。

 彼女も俺たちと同じ白グループだ。


「あっ、桂くんっ!」

 櫻木さんが俺を見つけて手を振る。

 俺は、生徒会本部のテントに少し立ち寄ることにした。

「生徒会の仕事お疲れさま」

「ふふ、ありがとうございます。それよりも、桂くんこそ、先ほどはお疲れさまでした。さっきの競技に出ていましたよね?」

「あはは、見てたんだ。二着だったけどね」

 見られていたとは知らず、つい頬をかく。

「二着でもすごいです。それに、惜しかったですよ?」

「ありがとう。そういえば、櫻木さんは何か出るの?」

 今までの競技には櫻木さんは出ていなかった。

 すると、彼女は気まずそうな表情を浮かべる。

「えーっと、……二人三脚です」

「えっ⁈」

 あのカップルばかりが出ている二人三脚に櫻木さんも出ているとは思ってもみなかった。

 もしかして、櫻木さんって誰かと付き合っているのかな……?

 俺が考えていることを櫻木さんは感じ取ったのか、

「ち、違うんですよっ⁈ その、私が二人三脚に出ることになったのは、こ、断り切れなくてっ」

 両手を振りながら、慌てて弁明する。


「うん。叶耶ちゃん、うちのクラスの男子生徒全員に土下座されて頼まれてたよ」

 彼女があたふたとしていると、後ろから牧原さんが顔を出した。

「友愛ちゃんっ、そんな事言わなくていいです! は、恥ずかしいですっ」

「クラスの男子全員が土下座……」

 二、三十人の男子全員が櫻木さんに向かって土下座をしている様子を思い浮かべる。かなりシュールな光景だ。

 ふと気がつくと、櫻木さんの顔が赤くなっていることが分かった。


「え、本当のことなんだ……」

 櫻木さんが俯く。

 さすがに男子全員というのは牧原さんの誇張表現だと思っていた。いや、櫻木さんならあり得る話かもしれない。

「だ、だから誰かとお付き合いをしているとかではなくて……」

「大丈夫、大丈夫、なんとなく経緯は分かったから」

「そ、そうですか……。それならいいです」

 櫻木さんはほっと息をつく。

「叶耶ちゃん、あの須藤くんとペアなんだからもう少し喜んだらいいのに」

 須藤くんとは、櫻木さんと同じクラスの男子生徒だ。バスケ部のエースで、二年生では王子様ともてはやされている工藤くんと同じくらいモテている。

「だから友愛ちゃんっ⁈」

 慌てる櫻木さんを見て、牧原さんはクスクスと笑う。この二人は本当に仲がいい。

「友愛ちゃんこそ、大道寺くんと一緒に二人三脚に出るじゃないですかっ⁈」

「~~っっ⁈」

 その瞬間、牧原さんの顔がボッと赤くなった。

 牧原さんは、縮こまり、ウゥっと唸っている。

「あはは。それじゃあ、牧原さんも櫻木さんも二人三脚を頑張って」

 そうして、俺はそろそろテントを後にしようとした。

 すると、


「さ、櫻木さんっ、大変だっ」


 生徒会本部のテントに一人の男子生徒がやってきた。かなり走ってきたのか、息をぜぇぜぇと切らしている。

「ど、どうかしたんですか?」

 櫻木さんがその男子生徒のもとに駆け寄る。その後、櫻木さんとその男子生徒は何やら真剣そうに話していた。

 少しして、櫻木さんが戻ってくる。その表情はどことなく困っているように見えた。


「櫻木さん、なにかあったの?」

「はい、困ったことになりました。須藤君がさきほどの騎馬戦で足を捻ってしまったみたいなんです」

 そういえば先ほどの騎馬戦は混戦となっており、その際に騎馬の一人がこけていた。おそらくそのこけたのが須藤君だったのだろう。

 足を怪我していては二人三脚で走ることはできない。

「あ、でも、たしか二人三脚は同じグループの人ならパートナーを交代すれば出られたはず。櫻木さん、今から他のパートナーを探せば間に合うかも」

「競技の要綱にもそう書いてありましたね。たしかに今なら間に合うかもしれません」

 そして、櫻木さんが代わりの人を探すため、自分のテントに戻ろうとすると、


「あ、それなら私、いい考えがあるよ」

 牧原さんが手を挙げた。

「叶耶ちゃん、ちょっとこっちに来て?」

「え? あ、わかりました」

 櫻木さんは言われるがまま牧原さんの口元に耳を近づける。

 牧原さんはちらっと俺の方に視線を向けた後、ごにょごにょと櫻木さんに耳打ちをした。

 直後、櫻木さんの耳が一気に朱色に染まる。


「どうかした?」

「い、いえ。その、なんでもありません……」

 話が終わると、櫻木さんはもとの位置に戻ってきた。その顔はまだ赤くしたままだ。

「とりあえず、櫻木さんの新しいパートナーを探そうか」

 牧原さんが櫻木さんに何を離したのかは気になるが、今は須藤君の代わりを見つける方が優先事項だ。

 とはいえ、櫻木さんの相手とあればおそらくすぐに代わりの人が見つかるだろうが。

 俺は白グループのテントへと足を向ける。

 しかし、いきなり体操服が引っ張られたように感じた。

「ん?」

 振り返ると、櫻木さんが俺の体操服の裾を掴んでいた。

「さ、櫻木さん?」

「す、すみません……。ちょっと、桂くんにお願いしたいことがあって……」

「ん?」

「えーっと……」

 櫻木さんはなにやらもじもじしている。

 そして、ついには意を決したようにこちらを見上げ―――、


「わ、私と一緒に二人三脚に出てくれませんかっ?」


 声を震わしながらそう切り出した。

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