第24話★

 そこはいかにも魔法使いの隠れ家といった感じの部屋だった。右手の棚には所狭しと辞書よりも分厚い本――魔導書――が並べられており、左手の棚には魔導薬の調合に使うのであろう、色とりどりの薬品が置かれていた。中央には大きなアンティークデスクと革張りの椅子がある。部屋の所々には、結界を張るための魔法陣が描かれていた。


「す、すごい……」

 志藤さんから感嘆の声が漏れる。魔導師でない一般人がこんな部屋を見れば驚くのも無理はない。

「ふふ、すごいでしょ? 小さい頃のこうくんもね、私の部屋が大好きだったのよ。目をキラキラとさせてすごく可愛くて……」

「ちょっと、母さんっ」

 いつの間にか過去の話が暴露されそうになっていた。

「あら、綾女ちゃんにこうくんの過去を知ってもらうぐらいはいいじゃない?」

「い、いや、普通に恥ずかしいから。それよりも、早く志藤さんに魔導を見せてあげて?」

「もう、こうくんったらせっかちね。はいはい、わかったわ」

 

 すると、母さんは部屋の中央に立った。

「志藤さんはこっちに来て」

「え、ええ」

 その正面に俺と志藤さんが並ぶ。

「それじゃあこうくん、念のため入口の扉を閉めてくれる?」

「ああ、わかった」

 俺は母さんに言われた通り、入り口の扉を閉める。扉が開いていると、この部屋に張られている結界が正常に稼働しないからだ。


「綾女ちゃん、まずはこれから始まることをよく見ていてね」

「は、はいっ」

 緊張した面持ちの彼女に対し、母さんは一度にっこりとほほ笑んだ。

 そして、すっと息を吸うと、


「―――【接続コネクト】」


 直後、母さんの体は青く輝く光の粒子に覆われた。

 俺の時と粒子の色が違う。どうやらこの色は、魔導師によって個人差があるらしい。


「《反魂香はんごうこう漂う丑三うしみつ時。数多あまた霊魂れいこん相集あいつどう。》」


 目を瞑りながら、母さんが言葉を紡いでいく。すると、


 きゃはははは―――――――――

 うふふふふ――――――――――

 あはははは――――――――――


 あの気味の悪い笑い声が部屋中に木霊し始めた。

 同時に母さんの周りで黒い瘴気が渦巻く。


「こ、これって……」

 志藤さんもこれから母さんが何をしようとしているのか察したのだろう。


「《渦巻く怨嗟えんさ、鳴り響く哀哭あいこく。》」


 その間にも、母さんは詠唱を続ける。

 瘴気は既に部屋いっぱいに広がっていた。


 きゃはははは―――――――――

 うふふふふ――――――――――

 あはははは――――――――――


 それに伴い、あの笑い声も大きくなる。そして、


「《これより死者たちの宴が始まる―――》」


 母さんが最後の言葉を放った。


 ばあっ

 ひゃあっ

 あーー


 同時に、部屋中に顕現する幽霊たち。志藤さんが教室で呼び出したのよりもさらに多い。

 しかし、それにもかかわらず、あの時のような気味の悪さは感じなかった。充満したこの瘴気もただの見掛け倒しのようだ。

 母さんが完全に魔導を制御できている証拠だった。


「さて、こうくんがさっき話してたことから推測するに、綾女ちゃんが教室で使った魔導はこれかなって思ってやってみたんだけど、どうかしら?」

 母さんは正面にいる俺たちを見据える。


「そ、そんな……」

 志藤さんは、周囲の光景に圧倒されていた。

 彼女の話によれば、魔導を暴走させていたときのことをよく覚えていないようだった。つまり、彼女は今、初めて魔導を目にしたことになる。このように目を奪われるのも無理はない。


 それにしても……


 俺は視線を志藤さんから母さんへと移した。

 母さんは志藤さんの魔導を実際に見ていたわけではない。それにもかかわらず、いとも簡単に先ほどの話から魔導を再現してみせた。こんな芸当は、魔導に関する知識はもちろんのこと、技術も秀でていなければならないはずだ。

 本当に、さすがとしか言いようがない。

 

 母さんは、幽霊たちを部屋中に顕現させたまま説明を始める。

「綾女ちゃん、あなたが今見ている超常現象は、魔導っていうの。普通の人は魔法と言うことが多いわね。現代でも魔法を使う人がいるってこと自体は綾女ちゃんも聞いたことがあるんじゃない?」

「は、はい、ニュースで聞いたことありますし、歴史の授業でも習ったことがあります」

「うん。そして、魔導を使える者は魔導師と呼ばれるわ。私たち、桂の一族は代々魔導師の家系なの。そして、今、私が使ったのが、綾女ちゃんが教室で使ったものと同じものよ」

「こ、これを私が……」

「ええ。さて、綾女ちゃんが教室でこの魔導を使ったとき、どのように感じた?」

「す、すみません。私、その時のことをよく覚えていなくて……」

 志藤さんは俯く。


「その状態が魔導の暴走ね。自分自身の魔力に呑まれてしまっている状態。魔導の力量が不足していたり、感情的になりすぎたりすると引き起こしてしまうわ」

 志藤さんはじっと母さんを見つめていた。

「綾女ちゃん、魔導の暴走はとても危険な状態なの。放っておくと、今度は被害者を出しかねないわ」

 志藤さんの瞳が揺れた。以前、友達を傷つけてしまったことを思い出したのだろう。


「だからね、綾女ちゃんは毎日じゃなくてもいいから、うちにいらっしゃい。綾女ちゃんが魔導を制御できるようになるよう教えてあげるわ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ。私なら綾女ちゃんに教えられる程度には魔導を使い慣れてるし、それにこの部屋なら誰にも見られることもないからね。魔導の制御ができるようになれば、また前みたいに普通に暮らせるわ」

 母さんはそう言うと、優しく微笑む。

 すると、志藤さんががばっと頭を下げた。

「それでは、これからよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそこれからよろしくね」

 

 こうして、母さんによる志藤さんの魔導制御の指導が決まったのだった。

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