第23話 俺の願いと出来ること
棺の上に乗っていたメルルは割れた棺を避けながら棺の乗っていた台に座るコフィンと視線を合わせる。
意識が朦朧としているコフィンの身体の中にあるものを導いているのか、歌は終盤へ向かっているようだ。
コフィンを見下ろすようにしてメルルは最後まで歌い続ける。
「大好き……っ」
コフィンの愛おしさであふれる呟きは、心から幸せなのだと感じられた。
歌に導かれて、その愛おしさがコフィンの胸からあふれる。
オレンジ色の大きな光がコフィンの身体から生まれた。
光はメルルの前まで飛んで行って空中に浮かぶ。
「これは……コフィンの力の塊ですね。メルルさんならできると信じていましたよ」
どうやらこの死神は他人任せだったようだ。
いや、メルルにしかできないと信じていた、という表情をしている。死神ってのは怖いな。
「さてテオさん、こちらに触れて願ってください。これだけの力があれば貴方の願いはすぐに叶います」
「分かった」
心の中でデスをバカにした俺も、この光に触れる意味がある人間なのだ。
やっと俺にもやるべきことが見つかった。少し興奮しているかもしれないな。
デスの言う通りにオレンジ色の光に手を伸ばす。
メルルが俺の傍に寄ってくれて、すぐに触れることができた。
「天使病になった人間を元通りにしてくれ!」
叶えたい願いを光に向けて放つ。
光は俺の願いを叶えるために四方へ飛んで行った。
オレンジ色の光は部屋から無くなって、静かな病室に戻る。
「ッ!」
いてもたってもいられなくて、俺は部屋を飛び出していた。後ろから聞こえる慌てる声を聞いている余裕なんてない。
だって願ったんだ。
願いが叶っているか確かめにいく権利が俺にはある。
全力で走って、息を切らしながら天使病になった人間が拘束されている部屋へ入ると、そこにいた人間は正気を取り戻していて何が起きているのか不思議そうにしていた。
「願いは、叶うんだ……」
そのことが何より嬉しくて、俺は柄にもなく泣きそうだ。
「テオ……」
「テオさんはすごいね」
後ろから聞こえた声に振り向けば、泣きそうになっているエレナと感心したような表情のラズがいた。
俺が何も言わずに部屋を出て行ったから追いかけに来てくれたのだろう。
「俺だけじゃない。みんなが頑張ったからだろ」
俺の声に嬉しそうに頷くエレナとラズを見ていると感情がこみあげてくる。
ああ本当に、柄にもなく泣きそうだ。
でも泣いている姿を見せたくない。
だって今は、笑うべき時だって決まってるんだ。
これから先のやるべきことが1つ見つかった。だから俺はまた頑張れる。
「戻ろう。コフィンとメルルが心配だ」
「うん」
「メルルのいうこと聞いてあげてもいいかもね」
当然のように隣を歩くエレナと、照れながら呟いたラズに挟まれて俺たちは病室へ戻る。
ゆっくり、だけど急ぎたくなる気持ちと混ざりながら、それぞれの歩幅で歩いていく。
病室の入り口付近についた俺たちは思わず立ち止まる。
部屋の中の様子に目を奪われたからだ。
棺の割れた破片が床に散らばっていて、その上にある台でコフィンはメルルに抱き着いていた。
いや、倒れたのだろうか。メルルは包み込むようにコフィンの頭を撫でている。
「メルルちゃんいつの間にそんな魔法覚えたの?」
「コフィンちゃんばっかりいいところを見せるのはズルいからですよ~」
「あはっ、コフィンすっごくビックリしたっ!」
「当然です~。コフィンちゃんに驚いてもらえるように頑張ったんですからね~」
メルルとコフィンは力が抜けたように笑い合う。
どちらが子供なのか分からないくらいにお互いを撫であっている。
恐らくどちらも力を振り絞ったのだろう。
お互いが支えになっているから座れている。俺にはそう見える。
「だから、また魔法にかかってくださいね~」
「リリィちゃんにまた会えるの?」
「コフィンちゃんが夢を抱き続ける限りは会えますよ~」
「あはっ! ありがとうっメルルちゃんっ!」
コフィンは力いっぱいメルルを抱きしめた。少し驚いた素振りを見せながらも、メルルはコフィンの背中に手を回して抱き返す。
メルルとコフィンだからこそ、夢が叶ったんだと見ていて実感する。
この和やかな空間は見ているだけで癒される。
だから俺は病室に入らなくていいだろう。
「人間たちの天使病が治ったのですね」
デスが病室の入り口にいる俺の前に来て微笑んだ。
こいつは人の心が読めるのだろうか、と不思議に思っていると声に出して笑われた。
「テオさんは感情が態度にでるんですよ」
「ラズにも言われた」
そんなに態度に出るのだろうか。いや嬉しいのは事実だが、今までそんな風に言われたことはなかった。死神たちが特殊なんだということにしておこう。
「まだ改善は必要ですが、天使病を治す方法は見つかりました。コフィンが倒れないような体制を作るところから始めましょうか」
「それでいいと思う。ただ……俺が生きている間に全ての天使病を治せる自信がない。悪魔と人間は同じ時間を生きてはいないんだ」
「そうですね……」
俺の言葉にデスは顎に手を当てて考え始めた。
改善点も課題もまだまだある。まだ始まったばかりだから当然だ。
最初だから山ほどある課題をひとつずつでも対処していくのは骨が折れそうだ。
「……ラズ?」
俺の隣に立っていたラズは部屋の中へと歩いて行った。棺の破片を踏みながら台の前で止まるとメルルに視線を送る。
メルルはラズに気付いて顔を向けて視線を合わせていた。
「メルル……
メルルは目を丸くしてラズを見つめている。逸らされないラズの瞳を見つめ続けたあと、目を細めて口角を上げた。
「ラズちゃんにお歌が歌えますかね~?」
「歌えるまで練習するよ。ぼくがやりたいことを見つけたんだ」
ラズの言葉にメルルの口角はどんどん上がって行って、満面の笑みを浮かべてラズの前に手を差し出した。小指だけを上げたメルルの手をラズはじっと見つめる。
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