第7話 鵺にかけられた呪いとは

「で、何を話せばいいんだ?」

 

 はるか蕾生らいおも今日の話題について思い悩んでいた。すると星弥せいやが小さく手を挙げて喋り始める。

 

「あの、わたし聞きたいことがあるんだけど」

 

「なに?」

 

 永は軽く返事をして星弥に注目した。

 

周防すおうくん達は、九百年の間に三十三回も繰り返し転生してるって言ったけど、どうやってるの?」

 

「どうやってる、とは?」

 

「具体的な方法のこと。先週、すずちゃんの今回の転生は、もしかしたらお祖父様がうちの秘術か何かを使ってるかもって言ってたけど、それより前はどうやって転生してたの?」

 

 素朴だがとても重要な質問だと蕾生は思った。何しろ転生しているという事実のみ永から聞かされ、その詳細は未だに教えられていないのだから。

 

「あー、そうだね……うーん、白状すると僕らは好きで転生してる訳じゃない。ぬえに殺されて気づいたら生まれ変わってるんだ。転生に関しては僕らの意思は関係ないと思う」

 

 永が歯切れ悪くそう答えると、星弥は更に食い下がった。

 

「なら、その鵺の呪いって何なの? 何度も転生させること?」

 

「いや、鵺の呪いは転生させることじゃない」

 

「じゃあ、何?」

 

「それは……まだ言えない」

 

 やはり永は口を噤んでしまった。鈴心すずねが現れ、蕾生にも現状の理解が進んできたところだが、永にとってはまだ不十分なのだろう。そしてそれを聞いた星弥は遠慮がちに尋ねる。

 

「──わたしがいるから?」

 

「いや、ライくんにもまだ言えない」

 

 蕾生は黙って二人の会話を聞いていた。一体永は何を恐れているのか、それを知らなくては本当の意味で一緒に運命に立ち向かう、などと偉そうには言えない。それが蕾生にはひどくもどかしい。

 

「どうして?」

 

「それを今ここで言ったら、確実に──日常は消え失せる」

 

 永が躊躇いながら、言葉を選びながら放った言葉に、蕾生も星弥も絶句した。

 

「まだなんの準備もできてないし、情報も揃ってない。軽はずみに口にすれば、僕らは君を巻き込んで即死するだろう」

 

「……」

 

 大袈裟ではない表現に、星弥は微かに震えていた。それくらいの恐ろしい事実を永は抱えている。

 

「今は、そうだな、このまま時を無駄に過ごしていくと、僕ら三人に大きな呪いが降りかかる。こんな表現しかできない。ごめん」

 

 軽口ばかりの永だけれど、それだけ深刻な事情があるのを蕾生に悟らせないためのものであることは、蕾生本人が一番わかっている。

 

ただくんは、それでいいの?」

 

「ああ。気にはなるけど、永がここまで躊躇するからには仕方ないだろ。何度も繰り返してきたからこその判断だと思う」

 

「──そっか。わかった」

 

 当人達が納得しているなら自分がこれ以上詮索することではない、と星弥はそこで引き下がった。

 

「ありがと、ライくん」

 

「ん」

 

 永と蕾生を見て男の子同士の信頼関係っていいなと思う反面、それが崩れた時の危うさも星弥は感じていた。

 永と蕾生がまるでゴールのない綱渡りをしているように思えた。だから星弥は出来る限りの情報を得ようと試みる。

 祖父のためではなく、彼らのためでもない。何かの時に自分が適切な行動をとるためだ。


 

 

「じゃあ、鵺の呪いがふりかかったとして、貴方達を殺すことができたなら、呪いはそこで終わるんじゃない?」

 

「そうだね、それは考えたことがある。僕らは産まれて、鵺に呪い殺されて、また産まれるの繰り返し。君が聞きたいのは、何故それが繰り返されるのか、だね?」

 

「うん。もし鵺が貴方達を転生させ続けているなら、チャンスを与えてることにならない? 呪いって言うからには、必ず解く方法があるはずだよ」

 

 繰り返せば繰り返すだけこちらは要領を得ていく。そうして何度も鵺と対峙してくれば、何らかの抵抗や対策の術は必ず現れる。

 永がそうやってこれまでやってきた数々の事を理解して見せた星弥に、永は素直に賞賛の声を上げた。

 

「さすがに陰陽師の末裔は言うことが違うね。ろくにそっち方面の教育は受けてないんでしょ?」

 

「それでも、わたしの周りはそういう話題でいっぱいだから」

 

 困ったように笑う星弥を、永は初めて「理解者」として認識してもいいかも知れないと思った。少し安堵した所で蕾生が口を開く。

 

「繰り返させることが、目的だとしたら?」

 

「──」

 

「永と鈴心は九百年も苦しんでる。それこそが鵺の目的なんじゃないか? 俺たちを何度も殺すことが。──無間地獄に落とすことがさ」

 

 蕾生の言葉に永はあんぐりと口を開け、星弥も目を見開いて言葉を失っていた。

 

「なんだよ?」

 

「ライくん、どうしちゃったの! 今回はなんでそんなに冴えてるの? 無間地獄なんて難しい言葉まで使って!」

 

「はあ!? いつも間抜けてるみたいに言うな!」

 

 そうやってすぐに茶化す永の心遣いに照れながら、蕾生も慌てて悪態をつく。

 

「僕とリンもその結論にたどり着いたんだよ。鵺は僕らに永遠の苦しみを与えたいんじゃないかって」

 

「お、おう、そうなのか……」

 

「ライくん、えらい! 賢い!」

 

「……そこまで言われるとうざい」

 

「えー!」


 

  

 ──周防すおうはるかという男は本当に読めない、と星弥は思った。

 今大袈裟にはしゃいでいるのは蕾生が言い当てたからなのか、それともわざと騒ぎ立てて誤魔化しているのか。星弥には後者に見えるが考え過ぎなのだろうか。二人が意味もなくはしゃいでいる隙に星弥は考えを巡らせる。

 

 永遠に苦しめたいのなら、何故蕾生だけが記憶を引き継がないのか。

 

 こうして永が試行錯誤しつつ抗っているのに、鵺が同じことを繰り返すのは何故か。

 

 もし鵺が同じ事を繰り返すだけの存在なら、彼らを転生させているのは別の何かである可能性は?



 

 情報が少な過ぎてもはや自分の妄想まで入ってきてしまった時点で星弥は我に返った。ふと携帯電話の画面を見る。

 

「あれ!?」

 

「どうした?」

 

 星弥の声に反応して蕾生が振り返る。

 

「すずちゃんの既読がつかなくなっちゃった」

 

「あちゃー」

 

 同じ様に、それを聞いた永も残念そうな声を上げる。やはり全部上手く行くはずがない、という顔で。

 

「あのやろう、電源切りやがったな」

 

 蕾生が拳を握りしめて怒ると、部屋の外でトトトと軽めの足音が近づいてきた。

 

 次の瞬間、ドアが乱暴に開けられる。そこにいたのは焦った表情をした鈴心だった。

 

「すずちゃん!」

 

「リン!」

 

 鈴心はその姿を認めた途端に顔を明るくさせた星弥と永を無視して、注意深く部屋の外を確かめた後、音もなく部屋に入りドアを閉め鍵をかける。

 それから肩で大きく息をして三人──主に永を見据えた。

 

「……ハル様らしくない失敗ですね」

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