同居人は魔法使い 3


 食事を終えた後、夜の外は更に気温が低いと予想し、自分の部屋から上着を羽織る。リビングの大きな窓に向かうと、既に降魔さんが待っていた。

 降魔さんが窓を開けると、風が悲鳴を上げながらこちらに向かってくる。冷たさを我慢しながら、降魔さんの後ろに座る。


 その瞬間、ふわりと腰が浮かぶのを覚えた。降魔さんは慣れた手つきで箒を操る。風に逆らいながら空を飛んでゆく。


「うぅ……寒い」

「夜風が気持ちいねェ」

「まだ冬だけど」


 あともう一枚上着を着たいくらい、思ったよりも気温が下がり、風も酷く冷たい。肌に触れると傷口に消毒液が染み渡るみたいに、刺激が増す。


 それに比べて降魔さんは、外に吹く風に当たって気持ちよさそうにしている。降魔さんの白髪が風に乗って靡く。サラサラと髪が流れ、あまりの綺麗さに思わず見惚れてしまった。


「もしかしてボクに惚れちゃった?」

「ウザイ」


 図星だから余計に鬱陶しく思う。分かってるなら聞くな。だんだんと遠ざかる街並みを見下ろしながら俺は降魔さんの視線を避ける。

 大分の高さまで飛んだ所で、降魔さんはどこからか四角い何かを取り出す。


「そう言えばこれ」

「って俺のスケッチブック!! いつの間にそんなものを……」

「魔法使いにかかればお茶の子さいさいだよ」


 綺麗にウィンクする降魔さんに正直イラつく。その分、その言葉に俺は目を見開いた。


 自室の机に置いてきたのに、遠方でも物を操作することが出来るのか。そんなこと考えてなかった。


「それで、俺の絵で何するんだよ」

「これをねェ……」


 何やら絵を見ながらブツブツ呟く降魔さん。俺は首を傾げるつつ、その謎行動を見ている。


 降魔さんが口を閉ざすと、紙の中のイラストが揺らぎ始める。俺が描いた夜空が徐々に飛び出し、中の星や月も、魔法使いも現実の空へと流れる。


 俺はその光景に感銘を受ける。


「わぁ……」


 すげー……。

 イラストが飛び出してるんだけど。


 魔法なんて降魔さんがしょっちゅう出すから慣れてるけど、空想が具現化する時の魔法はいつ見ても言葉が出ないくらい、口が開きっぱなしになる。

 

 夜空に夢中になっていると、突然降魔さんが口を開いた。 


「ヨミくん。想像力は誰にも奪われちゃダメだよ」

「どうしたの急に」

「魔法も想像する事が重要なんだけれど、魔法界は人間界こことは違って発達具合が桁違いなんだ。だから、魔法で何でも出来上がっちゃうから、想像力が何処かつまらない、ありきたりなものばっかり」


「所謂ナンセンスってやつさ」降魔さんは呆れたように言う。その想像力と何か関係があるのか。


 黙って聞いていると、「でもね」と降魔さんの声が柔らかくなる。


「ここはね、ボクが思ったよりも驚きと未知で溢れているんだ。魔法が使えないのは魔法使いとして不便だけど、その分、人間から生み出される想像力は魔法に劣らないくらい輝きがあるんだ」


「勿論、それを教えてくれたのは紛れもない君さ」降魔さんの蛍色の瞳が俺を捕える。宝石のような目で見られ、俺は焦りと共に降魔さんを二度見する。


「変なこと言うなよ」

「変じゃないよ。ヨミくんの描く世界観は誰かを魅了するものなんだから。ボクがその魅了された人物だからね」

「それは……どうも」


 あまりにもベタ褒めされるため、俺は思わず目を逸らす。降魔さんはクスクスと笑った。


「やっぱり、ヨミくんとお喋りするのは楽しいや。会話をする度に、新たな体験を見せてくれる」

「そりゃどーも」


 アンタが偶に変なことを言うせいでもあるんだからな。しかも、今の会話に楽しい要素一つもなかった気がするんだが。


 やっぱり、この人の感性を一ミリも理解できねえ!!


「なぁ、降魔さんはどうして人間界ここに来たの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る